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本編

セントラル-5

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「お待たせしました」

 奏澄から話を聞くために、メイズ、ライアー、マリーの三人は既に会議室に集まっていた。
 何からどう説明すれば良いのか。悩みながらも、奏澄はなるべく事実だけを詳細に伝えた。何が必要な情報となるかわからないからだ。
 話を聞き終えた三人の様子は、三者三様だった。メイズは考え込むようにし、ライアーは青ざめ、マリーは感心した風情だった。
 震えながら、ライアーが口を開く。

「なぁ、まさかとは思うけどさ。その地下で撃ってきたのって……オリヴィア総督?」
「どなた?」
「セントラルのトップだよトップ! って、ああ、そうか、カスミは知らないよな」
「トップって……え、でも、若い女性だったけど」
「若いって言っても、メイズさんと同じくらいだよな、確か」

 ライアーがマリーに話を振ると、マリーも思い出すようにしながら答えた。

「さぁ、正確な年齢は知らないけど。でもま、総督やるには若いでしょ」
「よっぽど凄い人なの?」

 奏澄からすれば、軍人は皆怖い。しかし自分が相対あいたいした人物がそれほどの権力者ならば、奏澄が感じた底知れぬ恐怖は真っ当なものなのかもしれない。
 セントラルの事情に疎い奏澄に、ライアーが説明を加えた。

「超がつくほど有能な人だよ。今のセントラルが軍事国家なのは、あの人の功績だしね。元は宗教国家だったけど、先代国王から様変わりして、軍事方向に舵を切りだしてさ。今の形に落ちついたのは、現国王がオリヴィアを総督に就けてからだな。今じゃ国王より総督の方が実権を持ってるくらいだ。武器もここ十年でかなり変わった」
「本当に凄い人だったんだ……。あれ、でも追ってきた人たちが持ってた銃って、メイズのより古いよね?」
「一般兵はね。軍の制式装備にしちゃうと、払い下げとかであっという間に民間にも流通するから。制限してるんじゃなかったかな? 今は戦争もしてないし、クーデターの方が怖いんだろ。佐官以上はライフルも使えた気がするけど」
「そうだったんだ」

 ということは、あの追手の中に佐官以上がいた場合、ライフルで狙撃された可能性があったということだ。階級が下だったのか、使用許可が間に合わなかったのか、事情は定かではないが、対抗できないような装備で来られなくて良かったと、今更ながらに肝を冷やす。

「能力を差し引いても、あの人は特別なんだよ。さっき宗教国家だったって言ったろ。えーと、カスミは白の海域の成り立ちって知ってる?」
「図書館の本でちょっとだけ。神様や天使が住んでたんでしょ」
「そうそう。んで、オリヴィア総督はその『神の血』を引いてるってわけ」
「え!?」

 素直に目を丸くする奏澄に、マリーが苦笑混じりで付け足した。

「そういう『言い伝え』って話ね。セントラル王家は元は神の一族で、代々受け継がれる白銀の髪と金の瞳がその証なんだって。で、オリヴィア総督は元々王家の人間なのさ」
「なんだかすごい話だね」
「あの見た目は目立つからなー。軍服に白い長髪なんて、他にそうはいないだろ」
「瞳の色は見た?」
「暗かったから、そこまでは」

 はっきりと見たわけではないが、言われてみればそうだったような気もしてくる。
 王家が神の子孫である、というのは珍しくない。日本の天皇とて、今でこそ象徴とされているが、元は天照大御神あまてらすおおみかみの末裔という根拠のもと崇められていたのだ。
 それ故奏澄の感覚としても珍しくはないが、それよりも気になることがあった。

「神の血を引く一族がいるなら、悪魔の血を引く一族っていうのもいるの?」

 それは単純な興味だった。白の海域の話を読んだ時に、黒の海域の話も読んだので、話ついでの雑談のようなものだった。
 しかし、奏澄がそう聞いた途端、何故かその場は静まり返り、ライアーとマリーが窺うようにメイズに視線をやった。
 聞いてはいけないことだったのだろうか、と奏澄が焦りだした頃、メイズが重たそうに口を開いた。

「いるには、いる」
「そ、そうなん、だ」
「だがお前には縁の無い話だ。気にするな」
「うん……わかった」

 何故か、深くは聞けなかった。

「それにしても、あのオリヴィア総督相手に、一人で逃げ切ったんでしょ? なかなかやるじゃん! 見直したよ」

 場の空気を変えるように明るく言って、マリーが奏澄の肩を抱いた。ほっとして、それに乗る。

「マリーのくれた閃光弾のおかげだよ、ありがとう」
「正直ただの気休めにしかならないと思ってたけど、役に立ったなら何より」

 奏澄が一人で行動するにあたり、マリーが殺傷能力の無いトリッキーなアイテムをいくつか授けていた。使うことになるとは思わなかったが、備えておいて良かったと心から安堵した。

「その場にいたのが本当にオリヴィアなら、カスミの見たものはかなり機密性の高いものなんだろう」
「問答無用で撃ってくるくらいだしねぇ」
「で、そのやばい本ってのが、これか」

 机に置かれた一冊の本を、その場の皆が眺める。

「まさか持ってきちゃうとは」
「ご、ごめんなさい」
「責めてないよ、驚いてるだけ」
「でも……そのせいで、セントラルと敵対することになっちゃったし。みんなにも、迷惑かけることになる」

 本を持ち出したことを、後悔はしていない。例え止められたとしても、同じようにしただろう。
 それでも、旅の危険度が増したことは否めない。だから、これはけじめだ。

「思ってたより、大変なことになっちゃったかもしれないけど。みんなのおかげで、無事でいられたの。本当にありがとう。できればこれからも、力を貸してほしい。お願いします」

 自分の事情に巻き込むことになると、最初からわかっていた。だから今更、そこに遠慮はしない。でも、ちゃんとお願いをしたい。人を頼ることを、当たり前だと思いたくはないから。

 頭を下げる奏澄に、マリーはからからと笑った。

「何言ってんの! 危険なんて最初から承知の上さ。あたしらだって、得があるからここにいるんだしね。セントラルに睨まれるのが怖くて、商人なんかやってらんないよ」
「そうそう。コイツだって持ち出し禁止品持ってきてるからな。人のこと言えないぜ」
「ライアー! それは黙っときな!」

 ライアーを小突いたマリーは、奏澄に向き直った。

「それに、あたしあんたのこと結構好きだよ。びびりなお嬢ちゃんかと思ってたけど、なかなか度胸も根性もあるし、何より人を大事にするからね。あんたの船なら、暫く付き合うのも悪くないと思ってる」
「マリー……」

 思わず目が潤む。こんな風に、正面から好きだと言ってもらえるなど、思ってもみなかった。

「オレも元々カスミに惚れて付いてきたんだしね。このくらいで抜けたりなんかしないさ」
「ライアー……あんた」
「ち、違う違う! そういう意味じゃなくて! あれだ、人として!?」
「うん、わかってる。ありがとう、ライアー」
「そうすぐ納得されちゃうのもなんだかな~」

 彼らが仲間で、良かった。そして、何よりも。
 奏澄がメイズに目を向けると、目だけで返してくる。良かったな、と言っている気がした。
 それに、奏澄は満面の笑みで返した。

「話がまとまったところで。船長、この先どうする?」
「あ、えっと……このコンパスが指してる先に、行ってみようかなって思うんだけど」
「無の海域を指してるかもって? そう単純なもんかねぇ」
「だが、現状手掛かりはそれしかないな。この本の中身を解読する必要がありそうだが、俺の知識ではどうにも」
「オレも暗号は専門外~」

 この場の面子では、誰も本の中身を理解できなかった。読み解くためには、必要な知識があるのだろう。

「今指してる方角は……緑の海域の方か」
「特に危険のある海域でもないしね。とりあえず行ってみる分にはいいんじゃない?」
「そうだな。カスミ」

 メイズに呼ばれ、コンパスが嵌められたペンダントを手渡される。

「これはお前が持っていろ」
「うん……わかった」

 唯一の手掛かり。絶対に、失くすわけにも壊すわけにもいかない。肌身離さず持っていよう、と奏澄はその場でペンダントを首から下げ、人から見えないようにコンパスの部分を服の中に入れた。
 かつて、そこには違うものがあった。それを懐かしく思いながら、ペンダントを指でそっと撫でた。今日からはこれが、奏澄を導くものだ。
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