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6日目①
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初日のお茶会を乗り切り、見合い二日目。
この日は、お忍びで町へ視察に向かうことになっていた。お忍びといっても、エリオットもソフィアも王族というわけではない。ただ、あまりにも貴族感丸出しだと気を遣われてしまう、ということで、なるべく地味な格好で出かけることにした。視察というのも、エリオットがエラマの町を見てみたいと言っただけであって、実際はそう大層なものでもない。
従者をぞろぞろ連れていたら目立つので、アニーはノアを、エリオットも護衛を一人連れるだけにとどめた。
「のどかな町ですね」
「基本産業は農業ですから。ダグラス伯爵領と比べると、平凡で面白味がないかもしれませんわね」
「いえ、そんなことはないです。穏やかで良い町だ」
そう言って周囲を見渡すエリオットに、ちらちらと視線を送る者がある。主に、若い女性。無理もない、とアニーは小さく溜息を吐いた。いくら地味な格好をしたからといって、エリオットの容姿は人目を引く。それは仕方のないことだ。そして、ソフィアにも同じことが言える。
アニーは今まで屋敷から出ることがなかったので、接したのはソフィアに慣れている者たちだけだ。しかし、こうして町に下りてみると、周囲の者の反応で改めてソフィアの美しさを実感する。初めて感じる視線に、アニーは身じろぎした。それが自分に向けられたものだとわかっても、優越感など微塵もなかった。やはり他人の体だからだろうか。
「見てください、ソフィア嬢。綺麗ですよ」
エリオットが手招きしたのは、細工物の露店だった。庶民から見れば高価だが、エリオットからすれば安物だろう。そんなに目を引くものでもあったのだろうか、と側に寄って品揃えを見る。
確かに美品が並んでいるが、エリオットのどこか浮かれたような様子は、おそらく雰囲気に流されてのことだろう。伯爵家ともなれば、宝石商の方から厳選した品を売り込んでくる。こんな風に、あてもなく町を歩いて品物を見ること自体が珍しいのかもしれない。
子どものように目を輝かせる横顔にくすりと笑みを零しつつ細工物を眺めていると、一つの髪飾りが目についた。
「可愛い」
ぽそり、と零れたそれを、エリオットは耳ざとく拾ったようだった。
「どれですか?」
「えっ? えぇと」
ちらり、とアニーはそれに目をやった。
ころりとした形の可愛い、白い鈴蘭の髪飾り。アニーの好みでは、それはとても魅力的だった。でも、ソフィアなら。
「この、赤いバラ。とても綺麗だと思って」
「ああ、確かに」
アニーは、すぐ近くに並んでいた深紅のバラの髪飾りを指さした。ソフィアなら。華やかで、鮮やかな色のものが似合う。
「店主、これをいただけるだろうか」
迷わず店主に声をかけたエリオットに、アニーは驚いた。反射的に断ろうとして、言葉を飲み込む。ここで遠慮するのは、可愛げのない振る舞いだ。令嬢なら、男性からの贈り物の一つや二つ、笑顔で受け取るものだろう。
金銭を払って店主から髪飾りを受け取ったエリオットが、はにかんでアニーに問いかける。
「よろしければ、私がおつけしても?」
「……ええ、もちろん」
エリオットが、優しい手つきでアニーの髪にそれを飾った。
「うん。よく似合う」
嬉しそうに微笑むエリオットに、アニーは精一杯の笑顔で返した。
ソフィアのブロンドの髪に、赤いバラの髪飾りはよく映えることだろう。アニーには、決して似合わないけれど。
一行は露店を離れようと歩き出したが、ノアが露店の前で立ち止まっていた。それに気づいたアニーが声をかける。
「ノア?」
はっとしたように顔を上げ、ノアはすぐにアニーの近くへと戻ってきた。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
表情からは何も窺えない。何もないと言うのならそうなのだろう、とアニーはそれ以上気にしなかった。
暫く周辺を散策していると、昼時になり人が賑わいだした。
「お腹はすきませんか? そろそろ食事にしましょう」
エリオットの提案で、近場の大衆食堂で昼食をとることにした。従者の二人は主人と同じテーブルにつくのは、ということで、二人ずつに分かれて入った。テーブルは別だが、お互いが視認できる位置に座る。
エリオットは物珍しい顔でメニューを眺めている。アニーは慣れているので、もうエリオットの好みを聞いてさくさく注文してしまいたかったが、そういうわけにはいかない。おとなしくエスコートされなくては。
注文を決め、エリオットがウェイターを呼ぼうとするが、なかなか気づいてもらえない。それもそうだ。これだけ店内がざわついていれば、小さな声など気づかれない。
「エリオット様。この賑わいですから、もっと大きな声でお呼びになりませんと、聞こえませんわよ」
「そ、それもそうだな」
こほん、と一つ咳払いして、エリオットは大きな声でウェイターを呼んだ。
「すまない! オーダーを頼めるだろうか!」
「あいよー! にいちゃんちっと待ってくれな!」
応答があったことに、そして「にいちゃん」などというフランクな呼ばれ方をしたことに、エリオットは目を瞬かせて、嬉しそうに笑った。
こういう感情を素直に出すところは、とても可愛いと思う。アニーもつられて笑った。
ややあって注文を聞きにきたウェイターに無事に注文を通し、料理が運ばれるまでの間、エリオットは興味深そうに食堂内を見ていた。
「そんなに珍しいですか? 領地内の店に行かれたことは?」
「ええ。なるべく領民の声は聞きたいので、町には何度か下りているのですが……皆私の顔を知っていますからね。こういった雰囲気には、あまり」
「そうなのですね」
「ソフィア嬢は、あまり動じていませんね。もしかして慣れていらっしゃる?」
エリオットの問いかけに、アニーはどきりとした。ソフィアが大衆食堂に訪れていたとは思えない。いや、もしかしたら従業員と良い仲だった可能性は捨てきれないが。しかし初めてだ、というのも嘘臭い。
「こっそり、一度か二度訪れたことが。お父様には内緒ですよ」
そう言って、アニーは人差し指を口元に立てた。その仕草に、エリオットは心得たように頷いた。
暫くすると、注文した料理が運ばれてきた。しかし、一品覚えのない小皿が置かれている。
「こちら、他の方のものでは?」
間違いではないかと念のため尋ねると、ウェイターの男は照れくさそうに笑った。
「おねえさんべっぴんだから、サービスだよ。よかったらまた来てくれな」
なるほど、とアニーは納得した。アニーは一度も経験がないが、見たことなら何度もある。美人は、こうして色々得をするものだ。断るのも無粋だろう、とアニーは笑顔で礼を告げた。
料理に手をつけようとしたところで、そういえば従者二人はちゃんと食べているのだろうか、と思って視線をやると、ちょうど料理が運ばれてきたところだった。しかし、ノアの分の皿を見て、アニーは顔を顰めた。
「ねえ、ちょっと」
立ち上がって料理を運んだウェイターを捕まえて、アニーは詰め寄った。
「あの料理、ずいぶん少なくないかしら?」
ノアが注文したと思われる料理は、アニーも食べたことがある。しかし、一人前の分量はあの倍はあったはずだ。ノアがわざわざ半量を頼んだとは思えない。
「さ、さぁ……どうだったかな」
ウェイターの目線が泳いだ。そのことにアニーが目を吊り上げると、そっと後ろから肩を引かれた。
「ソフィア様。おやめください」
「ノア!」
見上げると、ノアが困った様子で立っていた。
「だって、おかしいわよ! ちゃんと納得のいく理由を答えてもらわなくちゃ、お金は払わないわよ」
「か、勘弁してくれよぉ! オーナーがナダロア嫌いなんだよ! おれに言われてもどうにもできねぇよ」
「だったらオーナーを」
「ソフィア様」
強い口調で引きとめられて、アニーは唸りながらも身を引いた。
「……ごめんなさい。席に戻るわ」
席についたアニーを見届けて、ノアも席に戻った。ぶすっとした様子のアニーに、エリオットはおそるおそる声をかけた。
「どうか、したんですか?」
「この店のオーナーはダメね。個人的な感情で代金分のサービスを提供できないなんて。店をやる資格がないわ」
敬語も忘れて恨み言を吐くアニーに、エリオットは戸惑ったように返した。
「何か、気分を害されるようなことをされたのでしたら、もう出ますか?」
「まさか! 頼んだものはきちんといただくわ。食材を無駄にするのは重罪ですもの」
ぷりぷりと怒りながらも、アニーは料理を口に運んだ。味は悪くないのに。もうこの店には来ないだろう。終始不機嫌なまま、それでも全ての料理をきちんと食べきって、正規の代金を支払い、一行は店を出た。
この日は、お忍びで町へ視察に向かうことになっていた。お忍びといっても、エリオットもソフィアも王族というわけではない。ただ、あまりにも貴族感丸出しだと気を遣われてしまう、ということで、なるべく地味な格好で出かけることにした。視察というのも、エリオットがエラマの町を見てみたいと言っただけであって、実際はそう大層なものでもない。
従者をぞろぞろ連れていたら目立つので、アニーはノアを、エリオットも護衛を一人連れるだけにとどめた。
「のどかな町ですね」
「基本産業は農業ですから。ダグラス伯爵領と比べると、平凡で面白味がないかもしれませんわね」
「いえ、そんなことはないです。穏やかで良い町だ」
そう言って周囲を見渡すエリオットに、ちらちらと視線を送る者がある。主に、若い女性。無理もない、とアニーは小さく溜息を吐いた。いくら地味な格好をしたからといって、エリオットの容姿は人目を引く。それは仕方のないことだ。そして、ソフィアにも同じことが言える。
アニーは今まで屋敷から出ることがなかったので、接したのはソフィアに慣れている者たちだけだ。しかし、こうして町に下りてみると、周囲の者の反応で改めてソフィアの美しさを実感する。初めて感じる視線に、アニーは身じろぎした。それが自分に向けられたものだとわかっても、優越感など微塵もなかった。やはり他人の体だからだろうか。
「見てください、ソフィア嬢。綺麗ですよ」
エリオットが手招きしたのは、細工物の露店だった。庶民から見れば高価だが、エリオットからすれば安物だろう。そんなに目を引くものでもあったのだろうか、と側に寄って品揃えを見る。
確かに美品が並んでいるが、エリオットのどこか浮かれたような様子は、おそらく雰囲気に流されてのことだろう。伯爵家ともなれば、宝石商の方から厳選した品を売り込んでくる。こんな風に、あてもなく町を歩いて品物を見ること自体が珍しいのかもしれない。
子どものように目を輝かせる横顔にくすりと笑みを零しつつ細工物を眺めていると、一つの髪飾りが目についた。
「可愛い」
ぽそり、と零れたそれを、エリオットは耳ざとく拾ったようだった。
「どれですか?」
「えっ? えぇと」
ちらり、とアニーはそれに目をやった。
ころりとした形の可愛い、白い鈴蘭の髪飾り。アニーの好みでは、それはとても魅力的だった。でも、ソフィアなら。
「この、赤いバラ。とても綺麗だと思って」
「ああ、確かに」
アニーは、すぐ近くに並んでいた深紅のバラの髪飾りを指さした。ソフィアなら。華やかで、鮮やかな色のものが似合う。
「店主、これをいただけるだろうか」
迷わず店主に声をかけたエリオットに、アニーは驚いた。反射的に断ろうとして、言葉を飲み込む。ここで遠慮するのは、可愛げのない振る舞いだ。令嬢なら、男性からの贈り物の一つや二つ、笑顔で受け取るものだろう。
金銭を払って店主から髪飾りを受け取ったエリオットが、はにかんでアニーに問いかける。
「よろしければ、私がおつけしても?」
「……ええ、もちろん」
エリオットが、優しい手つきでアニーの髪にそれを飾った。
「うん。よく似合う」
嬉しそうに微笑むエリオットに、アニーは精一杯の笑顔で返した。
ソフィアのブロンドの髪に、赤いバラの髪飾りはよく映えることだろう。アニーには、決して似合わないけれど。
一行は露店を離れようと歩き出したが、ノアが露店の前で立ち止まっていた。それに気づいたアニーが声をかける。
「ノア?」
はっとしたように顔を上げ、ノアはすぐにアニーの近くへと戻ってきた。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
表情からは何も窺えない。何もないと言うのならそうなのだろう、とアニーはそれ以上気にしなかった。
暫く周辺を散策していると、昼時になり人が賑わいだした。
「お腹はすきませんか? そろそろ食事にしましょう」
エリオットの提案で、近場の大衆食堂で昼食をとることにした。従者の二人は主人と同じテーブルにつくのは、ということで、二人ずつに分かれて入った。テーブルは別だが、お互いが視認できる位置に座る。
エリオットは物珍しい顔でメニューを眺めている。アニーは慣れているので、もうエリオットの好みを聞いてさくさく注文してしまいたかったが、そういうわけにはいかない。おとなしくエスコートされなくては。
注文を決め、エリオットがウェイターを呼ぼうとするが、なかなか気づいてもらえない。それもそうだ。これだけ店内がざわついていれば、小さな声など気づかれない。
「エリオット様。この賑わいですから、もっと大きな声でお呼びになりませんと、聞こえませんわよ」
「そ、それもそうだな」
こほん、と一つ咳払いして、エリオットは大きな声でウェイターを呼んだ。
「すまない! オーダーを頼めるだろうか!」
「あいよー! にいちゃんちっと待ってくれな!」
応答があったことに、そして「にいちゃん」などというフランクな呼ばれ方をしたことに、エリオットは目を瞬かせて、嬉しそうに笑った。
こういう感情を素直に出すところは、とても可愛いと思う。アニーもつられて笑った。
ややあって注文を聞きにきたウェイターに無事に注文を通し、料理が運ばれるまでの間、エリオットは興味深そうに食堂内を見ていた。
「そんなに珍しいですか? 領地内の店に行かれたことは?」
「ええ。なるべく領民の声は聞きたいので、町には何度か下りているのですが……皆私の顔を知っていますからね。こういった雰囲気には、あまり」
「そうなのですね」
「ソフィア嬢は、あまり動じていませんね。もしかして慣れていらっしゃる?」
エリオットの問いかけに、アニーはどきりとした。ソフィアが大衆食堂に訪れていたとは思えない。いや、もしかしたら従業員と良い仲だった可能性は捨てきれないが。しかし初めてだ、というのも嘘臭い。
「こっそり、一度か二度訪れたことが。お父様には内緒ですよ」
そう言って、アニーは人差し指を口元に立てた。その仕草に、エリオットは心得たように頷いた。
暫くすると、注文した料理が運ばれてきた。しかし、一品覚えのない小皿が置かれている。
「こちら、他の方のものでは?」
間違いではないかと念のため尋ねると、ウェイターの男は照れくさそうに笑った。
「おねえさんべっぴんだから、サービスだよ。よかったらまた来てくれな」
なるほど、とアニーは納得した。アニーは一度も経験がないが、見たことなら何度もある。美人は、こうして色々得をするものだ。断るのも無粋だろう、とアニーは笑顔で礼を告げた。
料理に手をつけようとしたところで、そういえば従者二人はちゃんと食べているのだろうか、と思って視線をやると、ちょうど料理が運ばれてきたところだった。しかし、ノアの分の皿を見て、アニーは顔を顰めた。
「ねえ、ちょっと」
立ち上がって料理を運んだウェイターを捕まえて、アニーは詰め寄った。
「あの料理、ずいぶん少なくないかしら?」
ノアが注文したと思われる料理は、アニーも食べたことがある。しかし、一人前の分量はあの倍はあったはずだ。ノアがわざわざ半量を頼んだとは思えない。
「さ、さぁ……どうだったかな」
ウェイターの目線が泳いだ。そのことにアニーが目を吊り上げると、そっと後ろから肩を引かれた。
「ソフィア様。おやめください」
「ノア!」
見上げると、ノアが困った様子で立っていた。
「だって、おかしいわよ! ちゃんと納得のいく理由を答えてもらわなくちゃ、お金は払わないわよ」
「か、勘弁してくれよぉ! オーナーがナダロア嫌いなんだよ! おれに言われてもどうにもできねぇよ」
「だったらオーナーを」
「ソフィア様」
強い口調で引きとめられて、アニーは唸りながらも身を引いた。
「……ごめんなさい。席に戻るわ」
席についたアニーを見届けて、ノアも席に戻った。ぶすっとした様子のアニーに、エリオットはおそるおそる声をかけた。
「どうか、したんですか?」
「この店のオーナーはダメね。個人的な感情で代金分のサービスを提供できないなんて。店をやる資格がないわ」
敬語も忘れて恨み言を吐くアニーに、エリオットは戸惑ったように返した。
「何か、気分を害されるようなことをされたのでしたら、もう出ますか?」
「まさか! 頼んだものはきちんといただくわ。食材を無駄にするのは重罪ですもの」
ぷりぷりと怒りながらも、アニーは料理を口に運んだ。味は悪くないのに。もうこの店には来ないだろう。終始不機嫌なまま、それでも全ての料理をきちんと食べきって、正規の代金を支払い、一行は店を出た。
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