上 下
30 / 32

勇者エアル

しおりを挟む
「俺はマデルデ王国第一王子、カインだ」

 国の英雄を自称する者に、その場を代表して、最も地位の高いカインが進み出た。

「エアル、と名乗ったな。まず真っ先に確認させてもらいたい。――ハルトはどうした」

 敵意とも言える感情を向けられて、それでもエアルは凪いだ表情のまま答えた。

「安心してくれ。今は少し、眠ってもらっているだけだ」
「無事なのか」
「無事だとも。彼は僕にとっても大切な存在だからね。ただ、同時に表に出ることはできない。説明不足になってしまったことは、すまないが謝っておいてくれ」

 ひとまずはハルトの無事を確認して、小さく息を吐く。
 それが真実であるかどうかは確かめようがないが、少なくとも、この人物から敵意や悪意は感じなかった。

「ハルトは、勇者エアルの生まれ変わりなのだと聞いている。生まれ変わったからには、エアルという人間はもう存在しないのではないのか。今はどういう状態なんだ」
「なんて言えばいいのかな……。色々、運が良かったんだ。ハルトは僕に繋がる欠片をいくつか手にしていた。この場所は、僕の魂の記憶に深く根付いている。そして今は、死者が現世に近くなる季節だ。僕が出てくるなら、今しかないと思った。多くが味方する今なら、僕は最大限力を発揮できる」
「力? 何をするつもりだ」
「うん。僕はね」

 一呼吸置いて、エアルは全員を見渡した。

「ダリアンのかけた呪いを解くために出てきたんだ」

 皆が息を呑む。あれほど苦労した最大の問題を、突如現れた人物が解決できるなど。
 いち早く我に返ったカインが、大きな声を上げた。

「できるのか!?」
「できるとも。僕は勇者で、ダリアンの魔法もよく知っている」

 懐かしむような声色で、エアルは申し訳なさそうに目を伏せた。

「ダリアンが迷惑をかけたね。僕との約束が……こんな形で、彼を縛るとは思っていなかったんだ。今更何を言っても、言い訳にしかならないけれど。せめて歪めてしまったものを、元に戻そう」

 エアルが湖に手をかざす。すると、湖の底に巨大な魔法陣が出現し、湖が光り輝いた。
 エアルが手を持ち上げた動作に合わせて、湖の水が持ち上がる。それは空まで打ち上がったかと思うと、花火のように弾けて、雫となって広範囲に降り注いだ。マベルデ王国全土を、覆うほど。
 天気雨は、あっという間にエアルたちの全身を濡らした。

「この浄化の雨が、マベルデの呪いを解く。もう心配しなくていい」
「っけど、魔王がまた呪いをかけたら」
「そうならないように、僕がよく言っておくよ。もうじき彼もここに来るだろう」

 遠くを見るような目をしたエアルに、皆が構える。
 その様子を見て、エアルは苦笑した。

「君たちは早めにこの場から離れた方がいい。彼と鉢合わせない方がいいだろう」
「ハルトを置いていけるか!」
「ハルトはきちんと送り届けるよ。だから……お願いだ」

 少しだけ言葉を詰まらせて、エアルは言った。

「二人にして、くれないか」

 その表情に。
 誰も、否とは言えなかった。

 

「エアル!!」

 降り続く雨の中。現れるなり、姿を確認するまでもなく、ダリアンはそう叫んだ。

「やぁ、ダリアン。久しぶりだね」

 穏やかに細められたアクアマリンの瞳を見ると、ダリアンはエアルの体を勢いよく抱きしめた。

「ダリアン、加減してくれ。これはハルトの体なんだから」
「うるさい……っ! これでも折らないようにぎりぎりで耐えている」
「骨が軋んでる音がするんだけどなぁ」

 くすくすと笑う声が耳に近くて、ダリアンは奥歯を噛みしめた。
 そうでないと泣いてしまいそうだった。

「どうして……、どうして、お前が」
「説明は省くけど、ハルトのおかげかな。彼は本当によく頑張ってくれた」
「ハルトが?」
「ああ。だから、あまりいじめないでやってくれ。純粋な子なんだ」
「いじめてなどいない。甘やかす、と言っているのに、向こうが拒否するんだ」
「君の愛情表現は独特だから」

 笑われて、ダリアンは不満そうに眉を寄せた。
 顔を見なくても、その様子がわかるのだろう。エアルはますます笑みを深めた。
 
「ダリアン。僕を見つけてくれて、ありがとう。君が僕を忘れないでいてくれたことは、本当に嬉しい」
「当たり前だ。俺がエアルを忘れるものか」
「うん。それがわかっていたのに、僕は君を縛るような約束をしてしまった。また君に会える奇跡を、夢見てしまった。それがどういうことか、わかっていなかったんだ。ごめんよ」
「俺は自分の意志でエアルを探した。そこに後悔など一つもない」
「君がそう言ってくれたとしても、やっぱり僕は、あんな約束をすべきじゃなかった。人は死んだらそこまでだ。生まれ変わったら、僕は僕じゃない。僕の業を、他の誰かに背負わせるなんてことは、しちゃいけなかったんだ」
「エアル……」

 エアルがダリアンの胸を押す。名残惜しむように、ダリアンがそっと体を離した。

「僕は完全に存在を消す。これ以上は、ハルトの負担になる」
「エアル……ッ!」
「勇者エアルは死んだ。だからダリアン、もう僕の影を探すのはやめろ。それでも君がハルトを想うなら、彼の幸福を考えろ。手に入れることが全てじゃない。彼を笑顔にするために、できることを考えるんだ。君にはそれができるはずだろう。僕のために国を造り、人間と魔族の橋渡しをしてきた君なら。ダリアン、君の本質は、とても優しい」

 真剣な目で訴えるエアルに、ダリアンはくしゃりと顔を歪めた。

「それは、エアルがいたからだ。お前が俺を変えた」
「変わったのなら、大丈夫だ。僕がいなくても、僕との思い出までは消えない。僕が君に何かを残せたのなら、それを誇りに思うよ」

 エアルは腕を伸ばして、ダリアンの頬を両手で包んだ。

「君と生きられて、僕は本当に幸せだった。愛しているよ、ダリアン。……さよならだ」

 ダリアンは泣くのを堪えるように息を詰めて、それでも、精いっぱいの笑顔を作った。

「エアルと出会って、俺は初めて世界に色があることを知った。……愛している。この先誰と生きることになっても、その気持ちは変わらない」

 視線が絡んで、二人の顔が近づく。
 呼吸がかかるほどの距離で、エアルが小さく笑った。

「この体はハルトのものだから、少し気まずいな」
「なに、この歳で初めてということもないだろう。気にはしないさ」
「そうだといいけど」

 冗談めかして言いながら、エアルが瞳を閉じる。

 浄化の雨が降り止むまで。二人は魂に刻み込むように、触れ合っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。

猫宮乾
BL
 異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

神は眷属からの溺愛に気付かない

グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】 「聖女様が降臨されたぞ!!」  から始まる異世界生活。  夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。  ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。  彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。    そして、必死に生き残って3年。  人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。  今更ながら、人肌が恋しくなってきた。  よし!眷属を作ろう!!    この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。    神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。  ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。    のんびりとした物語です。    現在二章更新中。 現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...