小スカ短編集(没作品供養)

青宮あんず

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君とトラウマ 2

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「ちかげー?大丈夫?」
「ん、ぅ……ごめ、なさい……っひ」

声をかけてみたが起きる様子はなく、怯えた様子で身動ぎしただけだ。悪い夢を見ているのだろう。
これは起こした方がいい。見ているのも可哀想だ。
身体を揺すって声をかけようと、千景の肩に触れる。

そのとき、千景が大きく悲鳴をあげた。

「やぁ、っ、やだっ……あ、ぅ、うぅ、っ」

俺が触れたところから逃げるように身体を捩り、ぎゅっと身体を丸めた。そして、もぞもぞと動く太ももの付け根がじわじわと濡れていく。

「え……おねしょ、だよな……?」

現在進行形で床を濡らしていくそれは確実に千景の身体から出ている。それも、ズボンの股のところから。
誰がどう見ても、確実におねしょだ。

「う、ぅ……ごめ…なさい、ごめ、ん、なさっ……や、ぁ」

閉じられたままの目から涙が溢れている。
千景がこの家に来て初めて表情を変えるのを見たな、なんて呑気にも思ってしまった。ずっと表情を変えず、笑うこともしなかったのだ。
いや、今はそれどころじゃない。早く起こさないと。

「千景、起きようね~。ちかげ~?」

なるべく優しく声をかける。申し訳なく思いつつも、つい控えめに揺すってしまった。

「っ、は……ぁ、ごめんなさい、寝てました……」

ようやく目を覚ましたようで、息を飲みながらも夢であったことに一瞬安堵したようだった。しかし俺の顔を見た途端、怯えたように顔を歪めてしまった。
どうやら、自分がおねしょしてしまったことにはまだ気づいていないらしい。

「いやいや、寝てもいいんだよ。でも服が濡れちゃったみたいだから着替えよう」
「ぇ、あ、っ……なんで、や、ぁ、ごめんなさぃ、っひ」

俺が声をかけたことで事態に気付き、パニックになってしまった。ぼろぼろと涙を零して悲鳴に近い言葉をもらす。

「大丈夫、謝らなくていいよ。俺が片付けるから、千景はお風呂行こうね。立てる?」
「きたな、から、じぶんでやる……たてる……」

背中をさすって落ち着かせようと試みる。少しは落ち着いたようで、身体の震えは小さくなっていた。
立てる、とは言っていたが力が入らないようで、焦って立ち上がろうとするのを繰り返している。

「汚くないよ。だから片付けはまかせて。……ちょっとごめんね」
「ぇ……あっ、」

俺の言葉に驚いたらしい千景を気にせず、足を揃えさせて持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこ。

「歩ける、おれ、歩ける……っひ、ぅ。重い、から」
「いいからいいから。むしろ心配なくらい軽いんだけど?」

暴れるのは危険だとわかっているのか、腕の中で暴れずに降ろすように説得しようとする千景。静かに涙を流している。
リビングから風呂場なんてたいした距離じゃないし、なにより千景は軽い。
確かに細身だとは思っていたが思っていたよりもはるかに軽かった。おかげで簡単に持ち上げることが出来た。
目的の風呂場前に千景を降ろす。

「ごめんなさい、おれ、こんな……」
「気にしなくていいって。誰だって失敗はあるよ」

また謝った千景を心配させないように、そっと頭を撫でた。初めはビクッと怯えるように反応した千景だったが、すぐに受け入れてくれた。

風呂場に千景を残して自分はリビングに戻る。
千景が濡らしたところはフローリングだったので片付けが楽だ。拭くだけで終わらせることが出来た。
着替えは持っていかなかったから、今のうちに用意しておいてあげようと俺の服を適当に選ぶ。千景の服は千景の部屋にあるので勝手に入るのは気が引けるし、俺の方が身体がでかいから確実に千景は着られる。

千景に用意した服を持って風呂場へ向かう。
脱衣場の扉を開けると千景がもう風呂から出ていた。確かに身体を流すだけならそんなに時間はかからない。
タオルで身体を拭いている千景の身体には、痛々しい傷がついていた。痣や切り傷、古いものが多いが新しく見えるものもある。

「……あぁ、ごめん。着替え持ってきた。俺ので悪いけど……」
「は、ぃ。ごめんなさい……」

先程よりはよっぽど落ち着いているが、明らかに落ち込んでいる。まぁ、そりゃ当然だろうけど。
なんとか元気を出してほしいし、落ち込んでいる姿は気の毒だ。

「それを着たらリビングにおいで。お話しよう。あんまり落ち込まないでほしいんだ」
「わ、かり、ました」

カウンセリングとかそんな大したことはできないけど、慰めるとか甘やかすとかなら俺にもできる。やるだけやってみて、千景が嫌がっていたらやめればいい。
涙目で俯いてしまったが、それは落ち込んでいるからだと解釈し俺はリビングに戻った。

キッチンで適当にお茶を入れる。お菓子として用意していたクッキーもテーブルに出す。
そういえばお菓子が食べたくてリビングに来たのだと思い出した。
俺はお菓子なら駄菓子が好きだったりするが、千景はどうなのだろうか。好みを聞いて買い置きしておこう。

微かな音を立てて、リビングのドアが開いた。
そこに立っているのはもちろん千景。思っていたよりも遅かったし、顔色が悪い。

「やっぱり顔色悪いよ。大丈夫?ほら、そこに座って」
「あ、の、すみませんでした……部屋、汚して、片付けさせて、しかも服も……ほんとに、ごめん、なさぃ……」
「何度も言うけど、気にしなくていいんだよ。俺が好きでやったことだから」

また謝られる。そして泣き出してしまった。
千景がこんなになるなんて、精神的に弱っているのかもしれない。まぁ、3日分しか千景のことを知らないけど。

「っぐす、あと一日だけ、待ってもらえませんか……?服は新しいの買って返すので……」
「えっと、なにを待てばいいのかな?服はそのままあげるよ。あんまり着てないしさ」
「……おねしょ……したら、追い出される、って」
「いやいや、まさか。追い出さないよ。誰がそんな……」

もちろん、俺がそんなことを言ったことは無い。
失敗は誰にでもあるし、そもそも千景がおねしょをするなんて思ってもみなかった。
「追い出す」じゃなくて「追い出される」と言ってることから以前の義家族にでも言われたのだろうか。そういえば、親戚をたらい回しにされて厄介者あつかいだったのだ。だとしたら、あの傷跡も酷い言葉も……なんて、嫌に納得してしまった。

「ここに来る前に、おばさんが……戻ってこないでって。おれ、もう行く場所ない……」

力が抜けたように、部屋の前ででしゃがみこんでしまった。
今日、時折聞こえてくる外れた敬語が本来の千景なのだろう。そのままでいいのに、俺に気を使っているのだ。

立ち上がって俺も千景の前にしゃがむ。

「ねぇ、千景。俺、追い出したりしないよ。むしろ、もっと仲良くなりたいし、頼ってほしいって思ってるんだ」
「……おれ、無能だから、迷惑になる」
「いやいや、料理上手じゃん。他にも家事とか沢山してくれてるし。迷惑になるわけない」

「役に立たない」なんて、誰が言ったんだ。お世辞抜きで千景の料理は美味しいし、気遣いもできる。
俺は家にいてほしいと説得しているつもりではあるが、千景はまだ納得できないようだ。何が気がかりなのだろう。

「心配なこと、ある?あるなら教えてほしい。」
「……今日みたいに、おねしょ、する……あと、トイレ、近くて……」
「あー……たまに、おもらしもしちゃう……とか?」
「……汚い、おれ、汚いから」

千景は膝に顔を埋め、頷きながらそう言った。

正直なところ本人には言えないが、俺はそういうのを見るのが好きだ。もちろん、「そういうの」というのはおもらしやおねしょのこと。小学生の時に見た千景のおもらしがきっかけだった。だから千景が未だにそういう失敗をすると知ったところで可愛いとしか思わない。

「さっきも言ったけどさ、汚いとは思わないよ。もし次にやっちゃっても片付ければいい。俺は千景に家にいてほしいんだ。だめかな?」

そっと触れてから、頭を撫でてる。
するとゆっくりと顔を上げた。羞恥からか顔は赤く、涙目になっている。

「……俺、ここしか居場所ない」

そう言う千景の顔は、目元が赤い。
どうやら、このまま家にいてくれるらしい。

「ふふ、ありがとう。ほら、早く中に入ろう。身体冷えちゃうよ」

手を取って立ち上がらせる。緊張のせいもあるのだろう、千景の指先は冷えきっていた。エアコンをつけて、こたつのスイッチを入れた。
先程入れたお茶もきっと冷えてしまっただろう。

「あぁ、眠いなら寝てもいいからね。目の下のくますごいし……」
「えっと、さっき寝たから大丈夫、です。怖い夢、もう見たくないし、おねしょ、したくないので……」
「気にしなくていいのに。あと、敬語もいらない」
「ぁ、わかりま……わかった……」
「あのさ、寝ないようにしてた?」
「……だって、おねしょしちゃう……」

お茶を入れ直しながらこたつの千景と会話をする。千景は遠慮していたので、半ば強引にこたつに入れた。
話しているうちにふと気がついたことを言ってみたが、千景の方を見てみると気まずそうにしていた。図星だったらしい。

「先に言ってくれれば良かったのに。そしたら防水シーツとか用意するよ」
「……だって、おねしょ癖バレたら捨てられるって思って……」
「じゃあこれから用意しよう。ちゃんと寝て欲しいからね。あと、俺が千景を捨てることはないよ」
「ぁ、ありがとう……」
「ふふ、初めてありがとうが聞けた」

今まで千景はことある事に謝罪するだけだった。そもそもほとんど喋らなかったが。

「え…ごめんなさいっ、感謝してなかったわけじゃなくて……」
「責めてるわけじゃないよ。ありがとうの代わりがごめんなさいだったの、知ってるから」
「そ、っか……」
「うん。そろそろ落ち着いた?」
「ん……」

目は合わせようとしないが、そっと身体を寄せてくれている。どうやら本当に心を許してくれたらしい。

今夜からは安心して眠ってほしい。今からネットでおねしょ対策用品を注文したら夜には届くだろう。
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