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君とトラウマ 1

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初めてそれを見た時の衝撃は、きっと忘れることがない。

確か小学四年生の頃。
自分から話しかけてくることも無く、話しかけられても淡白な受け答えしかしない転校生。初めこそクラスみんなの興味の的だったが、いつの間にか転校生に話しかける人はいなくなっていた。寡黙な転校生と仲良くなれるほどコミュニケーション能力に優れた者はいなかったのだ。
俺は、無口で無表情、年不相応な雰囲気を持った転校生が気になっていた。恋愛的な好意ではなくて、思わず目で追ってしまうような興味として。
先生がすぐにまた転校すると言っているのを聞いて、いついなくなるかわからない不安を感じていたことをよく覚えている。
なんの授業中だったかはもう忘れてしまった。いつもと変わらない授業だったような気がする。
静かな教室で暇をしていたときに聞こえた、吐息を飲むような小さな声と、ぴちゃぴちゃと響く水の音。それらは確実に隣の席からだった。
手を止めて、思わず隣を見ると、そこには身体を縮こませてあそこを握り、椅子と床を濡らす転校生がいた。
衝撃を受けた。
あの大人びている転校生が我慢できなくておもらし。
驚きが大きかった反面、可愛いとも思ってしまった。
いつも通りなにも言わないが、顔を赤くして静かに涙を流すその姿に見入っていた。その光景は今でも目に焼き付いている。



……そんなこともあったな、と思いを馳せる。懐かしい夢をみた。今は長期休暇。かなりゆっくりと寝てしまった。満足半分、反省しながらリビングに出る。

「おはよ、千景。今日も起きるの早いね」
「別に……一応作ったんですけど、ご飯食べますか?」
「うん、ありがとう」

キッチンに立っているのは千景、あの時の転校生。
幸いにも、俺はかなり恵まれた部類の人間だ。高校生ながら、欲しいものは大抵手に入る。
だから千景を探し出して同居するにもそう苦労はしなかった。俺のちょっとした執着心の結果。
決して誘拐や監禁ではなくて一応はお互いに合意済みのつもりだ。
千景は親戚の家をたらい回しになりながら生活していたらしい。あまり良い扱いをされていなかったようなので、それならいっそ……と俺の家に呼ぶことにした。

以前の家では家事を全て押し付けられていたようで、俺はお願いしていないのに家事をしてくれる。

「いただきます」
「どうぞ」

食卓に出されたご飯を食べ始める。時間的には朝ごはんとも昼ごはんともわからないが美味しい。ベーコンに目玉焼きというメニューで見れば朝食寄りだ。
ふと、千景の目の下の隈が気になった。なんとなく眠そうというか、元気もなさげに見える。

「千景、疲れてない?」
「別に平気です。俺のことなんて気にしなくていいので」
「そっか、しんどかったら無理しないで言ってね」

かなり冷たく一蹴されてしまった。相変わらずと言えばそうだが悲しくもある。

思えば千景はこの家に来てまだ3日なのだ。まだ緊張で眠れないのかもしれない。そもそも俺が一方的に覚えていただけで、仲が良かったわけではない。関わっていたのだって数年前のほんの数ヶ月なのだから当然だろう。

ご飯を食べ終えて、食器を食洗機に入れた。
今日は特に予定がない。千景と仲を深めるためにどこか外出しようかと思っていたが、体調が悪そうなので誘うのはやめておくことにする。

「ごちそうさま、ありがとう。俺は部屋に戻るからなんかあったら呼んでね」
「うん」

声をかけて部屋に戻ったのはいいけどやることが無い。
こんなことならリビングに留まって、千景と何かしらのふれあいを図った方が良いのかもしれない。しかしそうしたところで千景の本心が読めない。一昨日と昨日、それなりに一緒にいたはずだが、警戒されているようで心を許してくれる素振りがないのだ。
年齢だって同じなのにずっと敬語のまま。いや、一日目よりは崩れてきたが、ベースが敬語なのは変わらない。
千景が家にきてからずっと一緒にいようとしていた。今日は距離を取ることにしよう。

机に座って、ノートパソコンを開く。
千景の荷物はかなり少なく、ボストンバッグひとつ分しか無かった。家具はこちらで用意したからよかったのだが、今の千景の持ち物は必要最低限すぎる。もう少しくらい何かあってもいいだろう。なにより、俺が何かを買い与えたいのだ。
とはいえ衣類は好みが別れる。こんど千景の体調がいいときに一緒に買いに行った方がいい。
なにかいいものはないかと探してみたが、生活に必要なものは揃っている。これといって買うべきものはなかった。
結局なにも買わずにノートパソコンを閉じる。なにか必要になった時にまた買えばいい。

どことなく口寂しさを感じ、なにか食べたくなった。お菓子はキッチンに置いてある。立ち上がるのは億劫だが食欲には抗えず仕方なく部屋を出る。

リビングに出ると、千景がソファにもたれかかって寝ているのが目に付いた。自分の部屋には戻っていなかったらしい。
眠っている千景に近づいてみると、微かに震えていることに気がついた。それに、小さく呻き声をあげている。
魘されているのを見過ごすのは可哀想で、起こしてやることにした。
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