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186、とんかつと女王様

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「新しいお客さんもいるようだし、今日は何にするんだ? カズヤ」

「そうだな、どうしようかな?」

 俺はとりあえず皆に尋ねる。

「なあ、皆は何を食べたいんだ?」

 セレスリーナはコホンと咳ばらいをすると、身を乗り出して俺に言う。

「わたくしは断然とんかつです! パトリシアとリンダからいつも自慢話をきかされるんですもの、今日こそ自分で食べてみないと気が済みませんわ」

「はは、そっか。まずはセレスリーナはとんかつ定食だな、後はどうだ?」

 今度はシルヴィアが聞くまでもないと言った様子で答える。

「私はカレーライスよ! もう、さっきからカレーの事しか考えられないんだから」

 最後の客が食べたのか確かにカレーの匂いがほのかに辺りを漂っている。
 森エルフの姫のお腹がくぅと鳴る。

「もう! このお店が悪いんだわ。あのカレーの味、一度食べたら忘れられないもの!」

「了解、シルヴィアはカレーだな」

 クリスティーナとアンジェリカは、すました顔でコホンと咳ばらいをすると俺に言う。

「勇者様、私はミックスフライを。かじるととろっと溢れ出るクリームコロッケの美味しさが絶品ですもの!」

「カズヤ! 私も!」

「はいよ、二人はミックスでいいんだな」

 パトリシアとリンダは、落ち着かない様子で俺を見つめている。
 俺は首を傾げて二人に尋ねた。

「どうした? そわそわして」

「う、うむ! とんかつもカレーもミックスフライも捨てがたい。だがリンダと決めていたの事があるのだ」

「せや、姫様」

「決めていたこと?」

 俺が尋ねると、二人は頷く。

「私たちは勇者殿と同じメニューを頼みたい!」

「おっちゃんの食べる物なら間違いないもんな」

「おいおい、そう言われると責任重大だな」

 エイリスもニッコリ頷く。

「私も勇者様と同じものを頂きたいですわ」

「メイもです!」

 さっきのイルカを膝に置いて、嬉しそうにメイがそう言った。
 エルも胸を張ると俺に言う。

「私もカズヤと同じ物にするわ! だって二人は一心同体ですもの」

 ……おい、誰が一心同体なんだ。

「にしても、こうなると益々悩むところだな。何にしようか」

 パトリシアとリンダのことを考えれば、今までと同じメニューでは芸がない。
 二人とも新しいメニューを食べられることを期待して、俺と同じものがいいと決めてたんだろうからな。
 目の前で大きな耳をピコピコさせて、尻尾を振るパトリシアと猫耳娘を見ると期待は裏切れない。

 それにメイも同じものを食べるとなると……
 俺が悩んでいると沙織さんが尋ねる。

「どうしたの? かずくん」

「ああ、実はさ……」

 俺が事情を沙織さんに説明すると、彼女は暫く考え込んでポンと手を叩いた。

「ねえ! それならこうしたらどう?」

 沙織さんは俺にお勧めのメニューを告げた。

「ああ、なるほど! それは面白いかもな」

「でしょ? メイちゃんもいるなら、絶対お勧めよ」

 沙織さんは俺にウインクする。

「確かに、メイが一緒ならこれがいいか」

 俺はそう決めて、全員の注文を沙織さんに伝えた。
 彼女は頷くとそれを厨房のマスターに伝える。

「はいよ! 待ってな、直ぐに作ってやるからな!」

 マスターはそう言うと調理を始める。
 相変わらずその仕事ぶりは鮮やかだ。
 往々にして、一流の職人はその動きからして見事なものである。
 暫くしてまずは、セレスリーナの前にとんかつ定食が並ぶ。
 なにせ、女王様のお腹をこれ以上鳴らすわけにはいかないからな。

「まあ! いい香りがしますわ、このままナイフとフォークで頂くんですの?」

 それを聞いてパトリシアが、すまし顔で説明する。

「母上、とんかつというのはこのソースをかけて食べるのだ」

 そう言ってこの店特製のとんかつソースをかけていく。
 溢れる肉汁と絡み合うソース。
 それを見てセレスリーナは、うずうずした眼差しで娘を眺めると問う。

「パトリシア、これでよろしくて?」

「うむ!」

 マスターが半ばあきれ顔でその様子を眺めている。

「しかし、王女さまがうちの店に来た時も驚いたが、こんな聖女様みたいな人がうちのとんかつ定食を食べに来る日がくるとは思わなかったぜ」

「はは、なにせ女王様だからな」

「気に入ってくれりゃあいいんだが」

 マスターはそう言ってセレスリーナを見つめる。
 セレスリーナは、まるでフランス料理を食べるかのように優雅な雰囲気でトンカツを口に運んだ。
 そして、その美しい口がとんかつをサクリと噛む音が聞こえる。
 あくまでも優雅に動く唇。

 料理を暫く味わうとこくりとそれを飲み込んだ。
 リンダが首を傾げる。

「反応が薄いな、女王陛下にのお口には合わんかったのやろか?」

「うむ、どうしたのだ母上、美味しくなかったのか?」

 セレスリーナは暫く何も言わずに椅子に座っていた。
 そして、その体がブルっと震える。
 長い尻尾がピンと立ち、潤んだその目は官能的とさえいえるだろう。

「はぁあああん! 何ですの? 何なんですの、このソースは! 肉汁と絡まってわたくしを虜にしますわ!」

 セレスリーナは席を立つと厨房にいるマスターの傍に言って、話しかける。
 言葉が通じないことすら忘れてしまっている様子だ。

「素晴らしい腕ですわ! ぜひアルーティアにいらしてください、その腕に相応しい称号を差し上げます」

「お、おいカズヤ! この聖女様なに言ってるんだ?」

 俺は方をすくめるとマスターに答える。

「はは、マスターを国に連れて帰りたいってさ。相応しい称号を与えるって言ってるぜ」

「弱ったな、いくら女王様の頼みでもこの店の料理を楽しみにしてくれる常連客がいるからな」

 マスターらしい答えだな。
 それがマスターのいい所だ。
 俺がセレスリーナにそう伝えると、彼女は残念そうに席に戻った。

「はぁ、勇者様も酷いですわ。こんな料理を食べたら他の肉料理が食べられなくなります」

 そう言いながらまたとんかつを頬張ると、体を震わせる。
 そんな中、他の皆の料理も次々に並んでいく。
 カレーに舌鼓を打つ、シルヴィア。
 クリームコロッケを頬ばりながらとろけるような表情になるクリスティーナとアンジェリカ。
 そしてそんな中、俺たちの前に料理がやってくる。

「どうやら、出来たようだな」

「ふふ、お待たせ。うちの特製品よ、どうぞ召し上がれ」

 メイはそれを見て目を輝かせた。

「うわぁ! とっても美味しそうです」

 ──────

 いつもお読み頂きましてありがとうござます。
 新連載作品もお蔭様で本日18話目を投稿させて頂きました。
 画面下のリンクから作品ページにいけますので、もしよろしければぜひ一度ご覧になって下さいね!
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