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26、白狼族の隠れ里

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 確かに改造した馬車のお蔭で思ったよりも早く山道を上がってこれたけどさ。
 レイラの寄りたい場所っていうのはどこなんだろ。
 ナナもレイラに尋ねる。

「せっかくここから都も見えるのに、どこに行くつもりなのレイラ?」

「ええ、少し遠回りになるけど都に行く前に白狼族の村にククルを連れて行けたらって思って。隠れ里になってるって聞いてはいるけど、大体の場所は聞いているから」

 それを聞いて俺は大きく頷いた。

「そっか! ククルの村がこの辺りにあるんだな、なら早く連れて行ってやらないとな」

「そうね、それなら私も賛成よ!」

 ナナも同意する。
 ククルがいなくなってきっとみんな心配してるんだろうからな。

「でしょう? 彼らの隠れ里は獣人族じゃないと入れないらしいけど、ユウキたちはククルの恩人だもの事情を話せばきっと入れてくれるわ」

 俺たちがそんな話をしていると、ククルが大きな耳を垂れさせている。

「どうしたんだよククル、そんなに顔して。嬉しくないのか? 仲間の村に帰れるんだぞ」

「はう~、おばば様に怒られるです。ククル言いつけを破って村の外に遊びに行ったです。おばば様、怒ると怖いのです」

 好奇心旺盛なククルが大人たちの目を盗んで村を出たところを狙われたんだろう。
 それを気にしているようだ。
 俺は笑いながらククルの頭を撫でた。

「はは、大丈夫さ、俺が一緒に謝ってやるから。それにククルは頑張ったもんな、一人で家の前に来た時だって手なんて傷だらけになってさ」

「そうよ、ククルは頑張ったわ! そのお蔭で私たちだってククルたちに会えたんだもの」

 それを聞いてククルは目を輝かす。

「はう! ククル頑張ったですか?」

「ああ!」

「ええ、そうよ!」

 ククルは嬉しそうに尻尾を左右に振る。
 垂れていた耳も今はぴんと立っていた。
 そしてナナにしっかりと抱きつく。
 その姿は可愛らしい。
 ナナは尋ねる。

「でも、おばば様って? ククルのお父さんやお母さんは?」

 その言葉にククルは少ししょんぼりと答えた。

「ククルはパパとママいないのです……でも、おばば様が育ててくれたです」

 俺とナナは顔を見合わせた。
 どうやらククルには両親がいないようだ。
 その代わり、おばば様っていう人が育ててくれたのだろう。
 ナナはククルの頭を撫でながら言う。

「ごめんねククル、余計なこと聞いて。さあ、行きましょう。おばば様がきっと待ってるわ」

「はう! おばば様、待ってるです」

 怒られるのが怖いとは言いながらもその人のことを慕っているのだろう、尻尾を揺らすククル。
 俺はレイラに言った。

「案内してくれよレイラ。俺がひとっ走りその隠れ里に向かうからさ!」

「ええ、ユウキ!」

 レイラはそう言うと軽やかに前を走って俺たちを先導する。
 俺はその後ろを馬車を引いてついていった。
 暫く行くとレイラが俺に言う。

「ここからは馬車は入れないわ。少し山道を行くわよ」

「ああ、分かった」

 俺は馬車を少し道から外れた場所に隠すと、後で戻った時に分かるように近くの木の幹に目印をつけた。

「さて、行くか」

「ええ」

 俺たちが暫く山に入っていくと、そのうち小さな小道が見えてくる。
 馬車は通れないけど人が歩くには十分だ。
 レイラが俺たちに言う。

「この道の先に隠れ里の入り口があるはずよ。もう暫く歩く必要はあるけどね」

 俺はククルを腕に抱きながらナナに尋ねる。

「大丈夫かナナ?」

「これぐらいへっちゃらよ!」

 レイラがナナを眺めながら言う。

「へえ、中々辛抱強いじゃない。山道に入ったら、直ぐに根を上げると思ったけど」

「おあいにく様! それにまだとっておきがあるんだから」

 ナナの言葉に首を傾げるレイラ。

「とっておき? 何それ。ユウキは知ってるの?」

「はは……ま、まあね」

 いざとなったら妖精の姿になって俺の肩に乗っていけばいいもんな。
 今は気持ちよさそうに山道を歩いてるけどさ。
 銀狼に変化できるレイラも、ナナが妖精に変身したら流石に驚くだろう。
 レイラは訝し気な顔しながら、お腹をさすった。

「はぁ、でももうお昼だしなんだかお腹空いたわね」

 ナナは呆れたようにレイラに言った。

「朝あんなにステーキを食べてたじゃない! まだ食べたりないの?」

「朝は朝、昼は昼でしょ?」

 レイラらしいその言葉に、俺は笑った。

「確かにな。ククルはどうだ?」

 俺の問いにククルはこちらを見上げる。

「はう~お腹空いたのです!」

 どうやらククルもお腹が空いているようだ。
 俺はレイラに提案する。

「なあ、レイラも聞こえてるだろ? 近くに川が流れる音がする。上手くいけば何か採れるかもな」

 狩人になっているので、俺の感覚は他の職業の時よりも鋭敏だ。
 レイラが感心したように俺に答えた。

「へえ、あの音が聞こえてるなんて流石ね。そうね、水筒の水も補充したいし行ってみましょう!」

「ああ!」

 俺たちは小道を外れて、川の音がする方へと踏み入っていく。
 その音は次第に大きくなっていった。
 レイラが狼耳をぴんと立てて言う。

「この音は只の川じゃないわ」

「ああ、これは多分……」

 ここまで近づけば俺にも分かる。
 俺たちは目の前にある大きな茂みをかき分けた後、そこに広がる光景に思わず立ち尽くした。
 ナナも目を見開いている。

「うわぁ……綺麗」

 そう言った後、俺の腕にしっかりと抱きついた

「ねえ、見て裕樹! 凄いわ」

「ほんとだな、ナナ!」

 そこに広がっていたのは荘厳ともいえるような光景だ。
 切り立った山の岩壁を流れる美しい滝。
 そして、そこから流れ出る澄んだ水が作る清流。
 まさに絶景である。

 元の世界で俺も色んな所に旅行したことはあるけど、こんなに綺麗な光景を見たのは始めてだ。
 まるで何かの聖域のようにさえ思える。

「凄え……」

 あらためてそれを眺めると思わず息をのんでしまう。
 ナナが川の中から跳ねる大きな魚を見て声上げた。

「見て! ほら、あんな大きな魚が」

「ああ、デカいな!」

 鱒のような魚が清流の中を泳いでいるのが分かる。
 レイラがその姿を眺めながら言った。

「背赤鱒よ! とっても美味しいんだから!」

 背赤鱒か、軽く40cmぐらいはあるよな。
 レイラはすっかり夢中になって川に駆け寄っていく。
 中々手に入らない山の幸の一つのようだ。

「はは、レイラ慌てるなって」

「だって! お昼ご飯が!」

 食いしん坊のレイラには、すっかりあれがお昼ご飯にみえているようだ。

「確かにあれを塩焼きにして、すだち入りの醤油で味付けしたら旨そうだよな」

 ドリルホーンのステーキも美味しかったけど、こっちも負けてなさそうだ。
 そんなことを考えると俺の腹もくぅと鳴った。
 そんな中、ククルが滝を眺めながら言った。

「ククルあの滝知ってるです。お社の近くの滝なのです」

「お社?」

 ククルの言葉に俺は首を傾げた。
 その時、ナナが声を上げた。

「裕樹、レイラ! 見て、霧が!!」

 気が付くと辺りに深い霧が立ち込めている。
 川の傍に行ったレイラの姿が見えないぐらいだ。
 同時に俺は剣を構えていた。
 気配を感じる。
 何者かが俺たちの周囲を取り囲んでいるような気配を。

「レイラ!」

 俺はレイラに向かって叫ぶ。

「ええ、ユウキ! 誰かいるわ! それにこの霧、鼻が利かない!?」

 この霧で、視界だけじゃないレイラの鋭い嗅覚が封じられている様子だ。
 ていうことは、これは自然に発生した霧じゃないってことだ。
 何かが俺たちをこの場所から排除しようとしているのを本能的に感じる。
 霧の中から声がした。

「人間が我らの聖域に」

「許すわけにはいかない」

「聖域に立ち入った者への裁きを」

 その瞬間──
 俺は霧の中から一斉に多くの人影が俺たちに襲い掛かるのを感じた。
 周囲を取り囲むようにして俺に目掛けて手にした剣を振るうその姿。
 ナナが悲鳴を上げる。

「いやぁああああ!!」

「はぅうう!!」

 そしてククルが怯えたように俺にしがみついた。
 霧から現れた人影は皆、木彫りの白い狼の面をかぶっている。
 俺とナナ目掛けて一斉に振り下ろされた剣は次の瞬間、すべて切り落とされていた。
 集中力が極限まで高まっている。
 連中の剣を切り落としたのは、気をまとった俺の剣だ。
 俺を襲った人影は皆、それを見て後ずさりした。

「なん……だと?」

「たった一人で俺たちの剣を! 馬鹿な、人の動きを越えている」

「人間にこれほどの剣士が!?」

 よく見ると俺たちに向けられたのは真剣ではなく、白い木でできた木刀だ。
 命までは奪うつもりはなかったのかもしれない。
 俺はククルを抱いたまま、彼らに尋ねた。

「何故俺たちにこんなことをするんだ? これ以上するつもりなら俺にだって考えがある!」

 レイラも俺の傍に駆け寄って言う。

「突然何のつもり? 何者なのよ貴方達!」

 レイラと俺の腕に抱かれたククルを見て、彼らも驚いたように声を上げた。

「我らの依頼を受けてくれた銀狼の乙女! それにククルも!?」

「しまった。霧で我らも鼻が利かなった」

「そ、それでは彼らは……」

 その時──
 霧の中から一人の女性が姿を現した。
 白く綺麗な尻尾を三本持つ女性だ。
 年齢は二十代ぐらいに見えるけど、神秘的な美しさを持った女性だ。

「これは申し訳ないことをしたようじゃ。聖域に人間が踏み込むのを感じたのじゃが、まさかククルを救ってくれた恩人じゃとは」

 外見にしては喋り方は古風だな?
 この人は仮面を被ってはいない。
 なんだか巫女のような恰好をした女性だ。
 その口ぶりからするとあの霧を生じさせたのは彼女のようだ。
 ククルが大きな目に涙を浮かべている。

「おばば様!」

「ククル!」

 その女性も涙を浮かべていた。
 それを聞いて俺とナナは顔を見合わせた。

「へ?」

「お、おばば様ってじゃああの人がククルの?」

 ククルはこくりと頷いた。

「ククルのおばば様なのです!」

「は、はは……」

 どう見てもおばば様っていう雰囲気じゃない。
 確かに尻尾が三本なところを除いてはククルと同じ白狼族だってのは分かるけどさ。
 おばば様と呼ばれた女性は、俺たちを眺めながら頭を下げる。
 そして俺を見つめた。

「それにしても、ほんに強い男じゃこと。それもククルとそのおなごを守ろうとしてこれじゃ。それ程の腕ならこの者たちを打ち倒すことも出来たじゃろうに。男に惚れ惚れするのは数十年ぶりじゃ。わらわの名はカレン。そなたの名前を教えてたもれ」
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