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22、出発

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「はぁ! ほんと、こんなに美味しいステーキを食べたの初めて」

 そう言って、頬を緩ませるのはアリシャだ。
 追加で焼いた三枚のステーキも、みんなであっと言う間に平らげていく。
 もちろん金の匙を使ったソースで仕上げてある。
 アリシャの言葉に、ジェイクとキースも大きく頷いた。

「ああ、俺もだ!」

「肉だってこんなに分厚いのにジューシーで、なんていってもこのソースが凄いな!」

 金の匙の力も大きいけど、特殊魔法の熟成も効果が絶大だな。
 腹が減ってるみんなの為に分厚く切ったステーキ肉だけど、柔らかくて旨味も増している。
 子供用に小さくサイコロ状に切ったステーキを、ククルも尻尾を振りながら嬉しそうに食べている。

「美味しいのです!」

 一方でレイラは元気よく皿をこちらに突き出した。

「ユウキ、おかわり!」

「はは、レイラは良く食べるよな」

 中でもレイラの食べっぷりは凄い。
 あのでっかい狼に変身するだけはあるな。
 俺はレイラの前に新しく焼けたステーキを置くと切り分ける。

「はぁああん! ユウキ、大好き!!」

 早速それを一切れフォークで刺すと、カプリとかぶりつくレイラ。
 そして、それを頬張ると幸せそうな顔で大きな狼耳を垂れさせた。
 口元についたソースは、凛とした美少女だけに少し残念だ。
 まあ、こういう気取らないところがレイラのいいだよな。

 俺も料理をしながら、味見と称してすきっ腹を満たしていく。
 正直俺も腹が減って仕方なかったからな。
 肉厚のステーキ肉から流れ出る肉汁と、マルルナタケを絡めたステーキソースが絡み合って我ながら最高の出来栄えだ。
 そんな中、アリシャが俺を見つめると言う。

「でも、こんなソース初めてだわ。ステーキだけじゃなくてマルルナタケともピッタリだもの。一体どこでこんな料理の仕方を覚えたの? それに、あんなスキル初めて見たわ」

 そう問われて俺はナナと顔を見合わせる。
 やっぱり違う世界から来たなんて言えないよな。
 いきなりそんなことを信じろっていうのが無理があるだろうし。
 俺が返事を迷っていると、ナナは胸を張って言った。

「裕樹の故郷の味付けよ! ね、裕樹?」

「あ、ああ。そうだなナナ。俺の生まれ故郷の味付けなんだ」

 まあ、間違ってはいないよな。
 日本で食べたステーキのソースを参考に、ドリルホーンの肉とマルルナタケに合わせた味だし。
 醤油ベースの言わば和風ステーキソースだ。
 アリシャはいつものように手を叩いて、納得といった様子で頷く。

「ユウキの故郷の料理なのね。きっと、遠いところから来たのね。ここらへんじゃ珍しい黒髪だし、それにそれだけの凄腕なのに私たちが全く名前も知らないのも納得だわ」

「ああ、アリシャ。事情があって遠い所から来たんだ。色々あって、説明は難しいだけどさ」

 俺がそう言うとアリシャは肩をすくめる。

「細かい事情は聞かないわ。冒険者になりたいって人にはそれぞれ事情もあるし。とにかく、さっきも言ったけどユウキなら私たちは大歓迎よ。貴方が悪い人じゃないってことは分かるもの」

 ジェイクとキースも大きく頷く。

「そうだなアリシャ」

「それで十分だ」

 俺は三人に礼を言う。

「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」

 その時、少し離れた場所から微かに指笛の音が聞こえてくる。
 レイラの大きな狼耳がピクンと動いた。

「肉の買い取りに来たようね! はぁ、ユウキご馳走様。ほんとに美味しかったわ、お蔭ですっかり元気になったわ!」

「はは、そりゃよかった。沢山食べたもんなレイラは」

 それを聞いてレイラは少し赤くなると言った。

「だって、凄く美味しかったんだもの。ねえ、みんな、残りの肉を売ったらドリルホーンの角を持って出発しましょう」

 アリシャたちも頷いた。

「そうね! 今回はユウキのお蔭で本当に助かったわ。ギルドからの依頼も大成功だったし」

「ああ、こんなに美味い料理も食えたもんな」

「だな! さて、出発前に取引を済ませちおうぜ」

 ジェイクのその言葉に俺も頷く。
 その後、レイラたちが慣れた様子で商人と取引をして余った肉を売りさばいた。
 大物だけあって結構な額になったようで、ギルドについたら山分けにしようと話がつく。
 ジェイクは俺に尋ねた。

「ほんとに山分けでいいのかユウキ? お前の得物だぞ。取り分は、お前が好きなように決めてくれて構わないのによ」

「構わないさ。元々、肉を売るのはジェイクやキースの提案だし、レイラがいなければ俺には取引なんて出来なかったんだから」

 そうなれば取引なんて無理だったんだからさ。
 レイラは腰に手を当てると笑った。

「ユウキらしいわね。でも、この角を売ったお金は貴方のものよ。あのスカーフェイスを倒したんだもの、それだけは譲れないわ」

「はは、ありがとう。助かるよ」

 ナナもいるんだ。
 金はあった方がいいもんな。
 こちらの金の単位や価値はまだよく分からないけど、結構な額になるって話だったからそれで暫くは何とかなりそうだ。
 予定通りジェイクたちは人さらいたちを連れて正規のルートで国境を、俺やナナ、そしてレイラは山越えで国境を越えることにした。

「はうう! ククルもナナお姉ちゃんやユウキお兄ちゃんと一緒に行きたいのです!」

 自分をさらった悪党と一緒に行くのが怖いのだろう。
 それに俺たちと別れるのが嫌なようだ。
 手には俺が作ったククルのマークのついた木のカバンをしっかりと握って、その中にククルの為に作った小さな皿が宝物のようにしまわれていた。
 大きな耳をしょんぼりと垂らしてこちらを見上げている。
 ナナが俺を見つめる。

「裕樹……」

「ああ、そうだな。分かった。ククルのことは俺が守るよ」

 そう言って俺はククルを抱き上げる。
 今の俺にはククルを抱いて山道をいくのも苦にはならないからな。

「一緒に行けるですか!」

 ククルの顔がぱぁっと輝く。

「ああ、一緒に行こう、ククル」

「はいです!」

 レイラも頷く。

「そうね、私もいるし、あの山の主を倒してしまうぐらいだもの。ユウキの傍が一番安全だわ。さあ、これで決まりね。それじゃあ行きましょう!」

 ジェイクたちも首を縦に振った。

「じゃあな。またギルド会おうぜ」

「そうだな!」

「ユウキ、ナナ、またね!」

 ジェイクたちは悪党たちを連行して去っていく。
 レイラの仲間になるぐらいの腕利きの冒険者たちだ、心配はないだろう。
 後は俺たちが出発をするだけだ。

 俺は自分たちの家を振り返った。
 ナナも寂しそうに俺たちの家を見つめている。
 しょんぼりしながらナナが言った。

「裕樹。出発するなら、この家ともお別れね」

「ああ、ナナ」

 たった一日だったけど、思いがけない出会いが沢山あってとても思い出が深い場所になった。
 この家を作ったおかげで、ククルやレイラに出会った。
 そしてジェイクたちとも。
 きっとナナもそう思っているに違いない。
 彼女は家を見つめながら言う。

「ありがとう、私たちのお家! とっても楽しかった」

 そう言って俺の肩に頭を乗せるナナ。
 俺は暫くそのままでいた。

 出来ればこの家を拠点にこれから先も行動が出来ればと思うけど、そうもいかない。
 こちらが良くてもあの連中が黙っていないだろう。
 思わずため息をつくと肩をすくめた。

「あいつら、今頃何してるんだか」

 俺はふとそんなことを思いながら、城の方角を眺めていた。
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