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4、疾風迅雷

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 玲児はそう言って、拳を構えた。
 ナナはそんな玲児を眺めると言う。

「へえ、なかなかいいステータスしてるじゃない」

 その言葉と同時に、俺の前にまたパネルが開く。
 そこには玲児のステータスが表示されていた。
 ナナが表示してくれたみたいだ。

 名前:獅童院玲児
 種族:人間
 レベル:レベル1257
 職業:勇者
 力:1927
 体力:1871
 魔力:981
 速さ:1872
 器用さ:1653
 集中力:1582
 幸運:1432

 魔法:なし
 物理スキル:格闘技S
 特殊魔法:全身強化
 特殊スキル:限界突破
 ユニークスキル:【疾風迅雷】
 称号:召喚されし勇者

 確かに光一と比較しても引けを取らない数値だ。
 いや、魔法が使えず魔力が少し低い代わりに力、体力、速さだけなら光一よりも高い。
 職業も光一と同じ勇者。
 それに光一と同じ特殊スキルの限界突破や、ユニークスキルの【疾風迅雷】っていうのがある。

 その時、玲児の体を黄金の光が包む。
 そして、不敵な笑みを浮かべた。

「へえ、こいつが限界突破か。力が漲るのが分かるぜ。これなら誰にも負ける気がしねえ」

 ナナが俺に警告する。

「来るわよ裕樹。さっきまでの相手とは全く違うわ」

「ああ」

 思わず俺が身構えたその時、国王や周りの兵士たちが叫ぶ。

「ど、どうなっておる!」 

「勇者殿の姿が、消えた!」

 連中がそれを言い終わるよりも早く、玲児は俺の懐に飛び込んでいた。
 そのあまりの早さに、周りの人間には玲児が消えたように見えたに違いない。
 その顔は優越感に歪んでいる。

「ぎゃはは! 遅えんだよ!!」

 そう言って玲児は俺の顔面目掛けて、凄まじい速さの突きを放った。
 勝利を確信しているその瞳。
 玲児の拳が俺の頬に突き刺さる。
 その瞬間──

「な! なにぃ!!」

 玲児の目が見開かれた。
 拳をヒットさせたはずの俺が目の前から消えたからだ。
 あいつの攻撃に集中していた俺の目には、その攻撃がはっきりと見えていた。
 そして、攻撃をかわすと玲児の後ろに立つ。
 それにようやく気が付いたのか、玲児がこちらを振り返った。

「くそ! ありえねえ、お前みたいなクズが!」

 ナナがそれを聞くと笑いながら言う。

「馬鹿ね、どっちがクズよ。幾ら限界突破してもステータスが一定時間五割増しになるだけ。それでも速さも集中力も裕樹の方が遥かに上だもの、あんたみたいなのが勝てる相手じゃないわ」

 限界突破の効果をナナは鑑定眼で見通していたのだろう。
 レベルが上がればどうなるか分からないけど、ナナが言うように少なくとも今の状態では負ける気がしない。

「な、なんだとてめえ!」

 俺は玲児に言った。

「もうやめろよ、お前たちが手を出さないなら俺は黙って出ていく。ナナと一緒に自分で元の世界に戻る方法を探すからさ」

 それを聞いて、ナナが驚いた顔で俺を見つめた。

「私と一緒に?」

「駄目かな?」

 ナナはツンとした顔で答える。

「い、いいわ。仕方ないわね。どうせもう私たちは一心同体なんだもの。私も一緒に帰る方法を探してあげる」

「ありがとう、ナナ」

「なによ、あんたってなんだか調子狂うわね。嫌いじゃないけど」

 そう言って笑うナナ。
 なんだか俺もふっきれた。
 こんな奴ら相手にしててもしょうがないもんな。
 俺が玉座の間の扉へと歩き始めると、衛兵たちは畏れをなして道を開ける。
 そんな中、玲児の低い声が辺りに響いた。

「待てよ……どこに行きやがる?」

 先ほどまでの余裕の笑みが消え去って、玲児の本性がその表情にむき出しになっている。
 その目は血走っていた。

「ゆるさねえ。エリートのこの俺が、お前みたいなやつに負けるなんて。そんなことあっていいはずがないんだよ!」

「何がエリートだよ。ただの親の七光りだろう?」

「なんだと!」

 玲児の目に殺気が満ちていく。
 心底腹が立ってきた、さんざん弱い者いじめをして何かあると親にもみ消してもらう。
 こんな奴らに負けたくない。
 玲児の全身に凄まじい闘気が高まっていくのが分かる。
 その瞬間、爆発するような力が玲児から放たれると、先程もよりも遥かに早いスピードで俺に向かってくる。

「くはは! 勘違いしやがって、さっきのはまだ本気じゃねえんだよ! くらえ、疾風迅雷!!」

 そして疾風迅雷の言葉に相応しいフットワークから、まるでコマのように回転した。
 バチバチと闘気を稲光のように纏った凄まじい速さの回し蹴りが、俺に向かって放たれる。
 蹴りがヒットする音が辺りに響いた。
 ただし、玲児のものではなくて俺の蹴りが。

「ぐはぁあああ!!」

 そう叫び声を上げると、玲児の体は吹っ飛んで部屋の壁にぶち当たる。
 その後床に転がると呻いた。

「て、てめえ……お、覚えていやがれ。許さねえぞ」

 そしてそのまま気絶した。
 ナナが肩をすくめた。

「ほんとに馬鹿ね。裕樹は出ていくつもりだったのに、自分からやられにくるなんて」

 限界まで高めた集中力が、あいつの蹴りの軌道をはっきりと見せてくれた。
 そして、あいつの蹴りが入る前に俺も蹴りを放っただけだ。
 もちろん今までの俺にこんな芸当は出来なかったけど、今なら出来る。
 光一と結衣がそれを見て、身構える。

「ふざけやがって! よくも玲児を!」

「調子に乗って!」

 光一は近くの衛兵から剣を奪うと、こちらに向かってくる。
 そして結衣の右手には巨大な炎が生み出されていた。
 俺にぶっ放すつもりだろう。
 だが──
 光一が剣を構える前に、俺も傍の衛兵の剣を奪ってそれを弾き飛ばしていた。

「何!?」

 そのままその剣先を、隣で魔法を放とうとしていた結衣に突き付ける。

「俺は出ていくって言ったはずだ。もうお前たちとはクラスメートでも何でもない。ここでお別れだ」

「ひっ! ひいい!」

 首筋に突き付けられた剣を見て、惨めに顔を歪めると腰を抜かしたのかぺたんと床に膝をつく結衣の姿。
 光一は右手を押さえながら俺を睨んでいる。
 俺は国王に言った。

「この剣は貰っていくよ。それぐらいの権利はあるだろう? 命を狙われたんだからさ」

「ぐっ……貴様」

 怒りに満ちた目で俺を見る国王の姿。
 ナナは俺に言った。

「行きましょう裕樹。こんな奴ら相手にするだけ損よ」

「ああ、ナナ」

 俺は踵を返して再び玉座の間の扉へと向かった。
 光一が呻くように言う。

「よくも……この俺を誰だと思ってる。覚えてろよ」

 扉の先に進むと、後ろから結衣のヒステリックな声が聞こえた。

「よくも私に剣を向けたわね! 覚えてなさい、いつか絶対に思い知らせてあげるんだから!」

 俺は振り返らずに答えた。

「好きにしろよ」

 ナナのいう通りだ。
 こんな奴らに付き合いきれない。
 それにしても、この世界はどんな世界なんだろう。
 元の世界に戻りたい気持ちはあるけど、異世界ならもしかしてエルフとか獣人とかいるのかな?
 思わず想像してしまう。
 綺麗なエルフのお姉さんとかいたりして……
 ナナは俺の顔を見てジト目で睨む。

「へえ、裕樹ってそういうのが好みなんだ?」

「え? な、なんだよ」

 戸惑った顔をする俺にナナは腰に手を当てると言った。

「隠したって駄目よ。言ったでしょう、私たちは一心同体だって」

「はぁ……そうなんだ」

 どうやらナナに隠し事は出来ないみたいだな。
 とにかく魔王を倒せば元の世界に戻れるって話だったけど、それが本当かどうかさえ分からない。
 問い詰めたところで本当のことを言うとは限らないし、これ以上関わりたくない。
 ただ光一たちにもそう言っていたところを見ると、今ある唯一の可能性に思えた。

(でも、今のままで勝てるとは限らないよな。使えるスキルだってレベルダウンと鑑定眼しかないし)

 相手のレベルだってどれぐらいなのか分からない。
 もし俺と同じぐらいのレベルだとしたら、さっきみたいなステータス任せの戦い方でとても勝てるとは思えない。

「とりあえずこの世界と魔王のことをもっと良く調べよう」

 俺は、そう呟きながらため息をつくと、道を開けていく衛兵たちを尻目に歩き始めた。
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