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229、狩るべき相手

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「ああ、そうだ。こいつが今回の討伐対象になっている魔物さ。気を付けろ、これからが本番だぜ」

 ライアンがそう言った時、通路の先から新たな魔物の影が現れる。
 先程よりも一回り大きなリザードドラゴンだ。
 血走った目で人間達を見ながら、体を起こして咆哮するその姿。
 首を振り回した時に、異様なモノがその後頭部から背中にかけて張り付いているのが分かった。
 先程のようにコブではなく既に皮を破って、その姿が露になっている。
 それは人間の子供ほどのサイズはあるだろうか。

「今度の個体は、だいぶ成長しているようですね」

 足元で既に絶命している生き物が、そのまま大きくなったようなその姿。
 それがリザードドラゴンの背にしっかりとくっついているのだ。
 エリスが言う。

「あれが討伐対象の魔物ね」

 その問いにエリクは頷いた。

「ええ、パラサイトアントです。まだ数十センチの時に宿主に寄生して、その体液を栄養にして大きくなる昆虫型の魔物ですよ。宿主の脳に長い管を差し込んで特殊な分泌物を注入することで、魔物を操り凶暴化させるやっかいな相手です」

「パラサイトアント……」

 エイジは、先程オリビアの剣で突き刺されて死骸となっている小さな生き物を眺めた。
 確かにその形はどこか蟻に似ている。
 エリクは前方を警戒しながら言う。

「成長したパラサイトアントに寄生された魔物は、凶暴化する代わりに大量の分泌物を注入されて痛みをさほど感じなくなります。見て下さいあの目を」

 血の染まったようなリザードドラゴンの真紅の瞳。
 先程のリザードドラゴンとは明らかに違う。

 グォオオオオオオオオオン!!

 通路の中を響き渡る咆哮!
 ライアンが大槍を担ぐ。

「宿主を兵隊や働き蟻代わりに使いやがる。繁殖力も高いからな、放っておくと危険な生き物だぜ」

「見つけ次第、駆除することになってるにゃ!」

 エイジは頷くと、先程のようにライアンと前に進み出る。
 だが、それを遮るようにしてオリビアがエリクの傍に歩み寄った。

「エリク先輩、今度は私が行きます」

「分かりました、ライアンとアンジェは後衛のガードをお願いします。行きますよ、オリビア、エイジ! シェリルとエリスは後方から魔法での狙撃をお願いします。リアナは何かあった時の為に回復魔法の準備を」

 エリクの指示と同時に、オリビアはもう地面を蹴っていた。
 
「ちょ、待ちなさい! オリビア」

 後に続くエリクとエイジ。
 シェリルとエリスは、ファイヤーランスの詠唱を始める。
 アンジェは少し不満そうに言う。

「もう! あの女ったら、チームワークとか考えてないんだから。それに私だって戦いたいわ」

「そう言うなってアンジェ、まだ討伐は始まったばかりさ。それにしても、いつ見ても不気味な生き物だぜ」

 足元に転がる生き物の死体を眺めながら、ライアンは言う。
 アンジェもそれを見つめながら、少し体を震わせた。

「こんなのに操られるなんて、ゾッとしないわね」

 その言葉にライアンも同意する。
 オリビアが、魔物の咢をかわして剣を一閃する姿が見えた。
 魔力を帯びた剣は、見事にリザードドラゴンの腹部を切り裂く。

(痛みを感じにくなってるって言うのは、本当らしいな)

 エイジは魔物の動きを観察しながらそう思う。
 先程のように、剣撃で魔物が怯んでいる様子がさほど伺えない。
 オリビアは、そのまま一気に敵の背後に張り付いている黒い影を狙う。
 リザードドラゴンの尾が、勢いよくオリビアを横薙ぎしようとした。

 美しい女騎士が持つ『ソード・オブ・エンジェル』が輝きを増す。
 魔力で生み出された白い翼が広がっていく。

 天から舞い降りたエンジェルナイト。
 その名が相応しい姿。

 大きく翼が羽ばたくと、オリビアはリザードドラゴンの尾をかわしながら鮮やかに宙に舞う。
 そして、宿主の背中に張り付いたパラサイトアントの頭と胴の間を剣で刺し貫いた。

 ギィグウウウウウウウウウ!!

 凄まじい叫び声が上がる。
 オリビアは地面に舞い降りながら叫んだ。

「今よ、シェリル!」

「うみゃ、いくにゃ!!」
 
 宿主自体への攻撃ではひるまなかったリザードドラゴンが、パラサイトアントへの攻撃を受けた瞬間体をそらして咆哮する。
 そこに、シェリルが鮮やかにファイヤーランスを叩きこんだ。
 エリスの魔法も同時に放たれる。
 先程と同様に二本の炎の槍が、口と喉元に突き刺さりリザードドラゴンは絶命した。
 女騎士が急所を貫いたのだろう、その背に張り付いたパラサイトアントもピクリともしない。
 オリビアは振り返るとエイジに言った。

「分かった? これぐらいのことは一人でやるものよ。さっきエリク先輩とライアンは貴方のサポートをしたの。あまり調子に乗らないことね」

 オリビアのそのセリフに、エリクは頭を掻いた。

(困りましたね、わざわざ言わなくてもいいものを)

 その言葉は事実である。
 先程は、初めての相手に対してエイジに経験を積ませようとして、敢えて三人で前衛を務めたのだ。
 そして、今回も。
 オリビアを扱いかねて、一瞬エリクが気を取られた瞬間。
 エイジが凄まじい勢いで、オリビアに向かっていく。
 目の前の少年から感じる凄まじい闘気、オリビアは身構えた。

(何、この闘気!)

 シェリルが叫ぶ。

「エイジ、何するにゃ!!」

 エイジに剣を向けそうになって、オリビアは気が付いた。
 背後からの別の気配を。
 エイジはオリビアの横を駆け抜ける。
 エリスが叫ぶ。

「違うわ! 見て!!」

 と同時に通路の奥から、猛烈な勢いでオリビアに向かってくる魔物の姿。
 四つん這いの姿勢で突進してきたリザードドラゴンだ。
 2m以上はあるだろうか、その背には先程のモノよりも遥かに巨大なパラサイトアントが張り付いていた。
 宿主であるドラゴンは、完全に理性を失っているように見える。
 エイジの右手が霞むように動くと大剣をしまい、ほぼ同時に片手剣を抜く。
 何という見事な手技か。

「うぉおおおおおおお! クロススラッシュ!!」

 エイジが叫ぶと、白い十字が宙に描かれる。
 そしてそれはリザードドラゴンと、その背に張り付いたパラサイトアントを貫き切り裂いた。

 グォオオオオオオオオオ!!

 ギィイイイイイイウウウ!!

 二匹の魔物が同時に断末魔の悲鳴を上げると、白い炎に包まれていく。
 それを呆然と見つめる仲間たち。
 シェリルが暫く言葉を失った後、口を開いた。

「嘘にゃ……今の何にゃ? あいつ、さっきライアンたちと戦った時は本気じゃなかったにゃか!? 魔法剣士だにゃんて、聞いてないにゃ!」

 エリクも思わず絶句する。

(ジーナ隊長が言っていた、剣の力を引き出すというユニークスキル。今のが彼の本当の力か、凄まじいなこれは)
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