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359、歌姫

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「ああ、じゃあやってみるぞ」

 エイジはそう言って、その魔法陣に書かれている言葉を読み始めた。

(こんな感じかな?)

 何しろ詠唱なんていう経験が初めてのエイジは、戸惑いながらも魔法陣に描かれた術式を読み上げていく。
 言葉自体は理解できるのだが、それが意味するところは分からない。
 暫く読み上げるが変化がない。
 ララリシアの様子は明らかに落胆しているようだ。

「……やっぱり、駄目なのかしら」

「そんな顔するなよララリシア。俺さ、もう一度やってみるから」

 エイジの不慣れなその様子。
 気が付くと、その手を握るエリスの姿があった。
 実体のエリスではない。
 彼女の肉体はから離れ精神体となった白い光のエリス。
 まるで精霊の女王のようなその姿は、相変わらず美しい。

『エイジったら、見ていられないわ』

『エリス』

 アストラルトランスをしている時のエリスの能力で、テレパシーのようにお互いの心が通じ合う。

『私が一緒に詠唱してあげる』

 エリスのその言葉にエイジは頷いた。

『ありがとな、エリス』

 エイジが理解した言葉がエリスの中に流れ込んでくる。
 エリスはそれをエイジと共に詠唱した。
 まるで歌うような見事な詠唱。

(流石だなエリスは)

 一番最初に出会った時に、エリスが使った魔法に度肝を抜かれたことを思い出す。
 迷宮の中でライトーラを使って見せてくれた時は、神秘的で目を奪われた。
 リアナが思わず声を上げる。

「エリス、綺麗……」

 アンジェとオリビアも大きく頷いた。

「ええ、本当に」

「まるで歌姫みたいだわ」

 施設の中を響き渡っていくエリスの歌声。
 エイジはその時気が付いた。

(これは歌か? 術式自体が歌になっている)

 ネイティブにその言語を理解する者しか紡げない音。
 そしてリズム。
 エイジがそれを理解し、それがエリスに伝わる。
 王家の血を引いた歌姫の唇から、それが一つの旋律となって辺りに広がっていく。
 その歌に心を奪われたかのように、瞳を閉じて歌い続けるエリスの姿。

 辺りが振動していく。
 まるで歌声に何かが共振しているかのように。
 キーラは思わずラエサルに向かって叫んだ。

「これは……ラエサル、足元を見て!」

「ああ、一体これは何だ……」

 リアナたちも自分たちの足元を見て叫ぶ。

「この光!」

「何なのこれは!?」

「ララリシア!!」

 アンジェは思わず叫んでいた。
 直ぐ側にいたはずのララリシアが、いつの間にか歌姫と化したエリスの傍に歩いていくのが見える。
 リアナは彼女を見て呟いた。

「同じ歌だわ……エリスが歌っているのと同じ歌」

 エリスの傍に歩み寄ったララリシアは、歌をうたっている。
 自分の意思というよりは、エリスの歌によって自らの中の何かが目覚めたかのように。
 エイジは思わず二人を見つめる。

(これは……一体)

 エリスとララシリア、二人の歌姫の声がシンクロするように混じり合った時。
 二人の少女を中心に、研究施設の床全体が白く輝き始めていた。
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