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239、封印

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 エイジたちが、迷宮をさらに奥に進む決意をしたその頃。
 フェロルクの公爵邸にはルイーナの遺跡調査団一行が訪れていた。
 団長である白髭の魔道士、ファルトラース子爵と副団長のガドレウス男爵は公爵の前に通され、それ以外の者は控えの間で待たされていた。
 恭しく頭を下げる二人の学者を前に、バルドルースは玉座に模した豪奢な椅子にどっかりと座っている。
 公爵の傍には、銀色の髪の聖女が側近のごとく佇んでいる。
 ガドレウスはその美しさに思わず見惚れた。

(おお、アンリーゼ様。相変わらず何という美しさなのだ。聖女の名に相応しいお方よ)

 都の士官学校を歴代最高の成績で卒業した才媛。
 その美貌と知性に、ガドレウスは心酔していた。
 アンリーゼはガドレウスを見つめると笑みを浮かべる。
 冷たくも美しい。
 ガドレウスの心は高鳴った。
 そんな中、公爵はファルトラースに問うた。

「どうだ? 決心がついたかファルトラース。考えたくはないが、このまま兄上が亡くなればいずれは王になるこのワシなのだ、忠誠を誓うのであれば早い方がいいぞ」

 考えたくはないなどと心にもない話だ、とこの場に居る者はみな分かっている。
 数段上の作られた椅子に座り、傲慢な顔で自分を見おろすバルドルース。
 ファルトラースは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

「いけませぬな。陛下の為に白王の薔薇の捜索に当たられている公爵閣下が、そのような弱気なことを仰られては」

 それを聞いてバルドルースは足を組み直すと、邪悪な笑みを浮かべた。

「無論、白王の薔薇を手にし兄上をお救いせねばならぬ。だが場合によっては違う薔薇を先に見つけることもあるやもしれぬな、ファルトラースよ」

 公爵のその言葉に、白髭の魔道士の顔がほんの一瞬だけ強張る。
 それに気づいた者がいるかどうか。

「違う薔薇ですと? 公爵閣下は何を仰っておいでなのですかな」

 極めて冷静な声で言葉を返すファルトラース。
 アンリーゼは黙ってその老魔道士の様子を観察している。
 そして美しい唇を開いた。

「兄君であられる国王陛下の為、純白の薔薇を探し続ける閣下。ですが、たまには違う薔薇をめでたくなる時もあるというもの。そう、例えば美しく咲き誇る真紅の薔薇を」

「仰りたいことの意味が分かりませぬな。先程も申しましたように私が封印をお渡しできるのは、国王陛下のみと決まっております。もしどうしても欲しいと望まれるのであらば、それに相応しい地位を得られてからお命じ下さいませ」

 はっきりとそう言うとファルトラースは立ち上がり、公爵に一礼すると部屋を後にする。
 ガドレウスはアンリーゼを眺めながらその後に続いた。
 公爵はアンリーゼに尋ねた。

「どう見た? アンリーゼよ」

「ふふ、相変わらず食えない老人ですこと。やはり、国王派の一部は王女の存在を知っているようですね。ほんの一瞬でしたが顔つきが変わりましたわ」

 それを聞いたバルドルースは、低い声で笑った。

「奴らが忠誠を誓う『もう一つの薔薇』。封印との交換材料には十分だろう。捕らえたらまずワシに知らせよ、ラフェトに与える前にワシが自ら従順な女にしてやらねばな」

「気の強い小娘と聞いておりますが閣下に可愛がっていただければ、たおやかで従順な女になるはずですわ。王女の居場所はもう割れています、今晩にもラエサルがここに連れてくるでしょう」

 顔色一つ変えずにアンリーゼはそう言った。
 だが封印とは一体何なのか?
 公爵は椅子から立ち上がると部屋の奥にある扉に向かって歩く。
 アンリーゼもその後に続いた。
 親衛隊の兵士が守るその扉、アンリーゼがその前に立つと兵士たちは恭しく頭を下げてその扉を開ける。

 扉の奥には、中央に祭壇のような台座が作られた部屋がある。
 その台座に乗せられているモノは長方形の箱だ。
 金属で出来ており、表面には無数の文字が模様の様に刻まれている。
 一体中には何が入っているのだろうか?
 その箱の傍には一人の男が立っている。
 眼鏡をかけた学者風の男だ。
 男は興味深そうに箱を眺めると、公爵とアンリーゼに問うた。

「どうです、封印は手に入りそうですか?」
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