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1巻

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「そ、そうですな」
「そうだとしか思えませぬ。魔力の量が全く違う。余程ご子息は油断されておられたのでしょう」
「無理もない。あのようなクズが相手では」

 それを聞いて、貴賓席の周囲にいる観客たちからもさざ波のように声が漏れ広がった。

「た、確かに」
「そうでなければ、第一等魔法格を持つお方が負けるはずが無い」
「ああ」

 怒りは冷めやらぬ様子だが、周囲の反応にようやく面目めんぼくを保ったとばかりにギルスフェルト上級伯爵は席に腰を下ろす。
 レオニードは黙ってそれを眺めている。

(愚かな。今のが油断や偶然に見えたのか? あの男の魔力は、ほんの僅かな瞬間だがウェインを遥かに上回るほどに高まった。それを見抜けぬとは)

 そして、レオニードの瞳は、舞台の上で起き上がるウェインの姿を捉えた。
 同時に獅子ししのような咆哮ほうこうがレオニードの口から放たれる。

「愚か者が! 恥の上塗りをするつもりか‼」

 よろよろと立ち上がったウェインの左手では、魔力が炎となり凝縮されていく。
 殺意に満ちたその瞳は、ジークの背中を凝視している。

「……待て、貴様。どこに行く、まだ勝負は終わってはいないぞ!」
「ウェ、ウェイン様!」

 審判が制止しようとするが、それをはねのけるウェイン。

「邪魔だ、どいていろ‼」

 同時に、彼の左手に生じたフレイムフェニックス。それは大きく翼を広げて羽ばたくと、ジークに向かっていく。
 我を忘れたかのように、笑い声を上げるウェイン。

「くく、くはは‼ 貴様だけは殺す! 燃え尽きて死ねぇええい‼」

 だが、観客は見た。事も無げに振り返り、指先をウェインに向けたジークと、そして彼が放った何かを。
 強く魔力を込めたようには思えないそれは、不死鳥を消し去り、ウエインの頬を掠める。
 そしてドリルのように回転する氷の刃は、数本の柱を撃ち抜いて、その奥にある壁に突き刺さるとようやく止まった。

「ひっ! ひぃいいい‼」

 頬から血を流し、戦いの舞台に尻もちをつくウェインの姿。
 ジークはそれを見て静かに言った。

「死ぬぞ。次は外すつもりは無い」

 再び静まり返る闘技場。
 仮面の奥に見える瞳に射抜かれて、ウェインは怯えた。

(何なのだ……一体こいつは何なのだ⁉)

 第一等魔法格を持ち、生まれつきエリートである上級伯爵家の息子。それが、第三等魔法格に過ぎない男に気圧されている。
 卑怯にも後ろから魔法を放った男に、仮面の青年は尋ねる。

「どうした、もう一度やってみるか? だが、今度は俺の刃がお前の心臓を貫くことになる」
「ひっ! ひぃいい‼」

 逃げるようにジークに背を向けるウェイン。惨めなその姿は、王女の側近の一人としてあるまじきものだ。
 レオニードは吐き捨てる。

「どこまで恥を晒すのだ、愚か者め!」

 その隣で、エミリアはウェインを破った仮面の青年を見つめている。

「あのウェインに勝つなんて。ジーク・ロゼファルス、一体彼は……」

 その先は言葉にせず、彼女は胸中で続ける。

(どうしたのかしら私。一瞬、懐かしいような不思議な気配を感じた気がした)

 そんな中、再びギルスフェルト上級伯爵が立ち上がると叫んだ。

「ば、馬鹿な、こんなことがあるはずが無い! あの男は何者だ! 第三等魔法格のはずがあるまい、本人かどうか改めさせよ‼」

 血走った目でそう叫ぶ彼を、貴賓席に同席する士官学校の関係者がなだめる。

「そ、そんなはずはございません! 不正がなされぬよう、試合前には必ず魔法紋の確認をしております。魔法紋は指紋のごとく一人一人固有のもの。五歳のおりに、皆が魔法格試験にて検査され、登録されるものでございますゆえ、あの男はジーク・ロゼファルスに間違いございませぬ!」

 それを聞いてギルスフェルト上級伯爵は、更に怒りを爆発させる。

「お、おのれ……第三等魔法格しか持たぬ騎士爵家の使用人ごときに、尊き上級伯爵家の血を受け継ぐ我が息子が‼」

 レオニードは静かに考え込む。

(第三等魔法格だと? 一瞬高まった奴の魔力はそんなものではない。ジーク・ロゼファルス、奴は何者だ)

 舞台の上で、再び審判が戦いの勝者の名を高々と告げる。

「勝負あり! しょ、勝者、ジーク・ロゼファルス‼」

 そして、踵を返し、戦いの舞台を後にするジークの雄姿。
 静まり返っていた観客たちから、割れんばかりの歓声が上がる。

「す、凄い!」
「何て強さだ……ほ、本当にあれで第三等魔法格なのか⁉」
「た、確かにそれほど強い魔力は感じなかった。一体どうやったのだ?」
「信じられん!」
「「「うぉおおおお」」」

 闘技場を揺るがす大歓声の中、舞台を下りたジークを待つのは赤毛の美しい少女だ。

「派手にやったわね、ジーク」
「ええ、待っておられるフレアお嬢様に恥をかかせるわけにはいかないので」
「まったく、よく言うわ」

 フレアはそう言って笑顔を見せると、騒然とする観客席を眺めながらジークに囁く。

「まさか、貴方が他人の魔法紋を真似ることが出来るなんて、連中も思わないでしょうね」
「ジークの魔法紋は細部まで正確に数式化している。いつでも再現可能だ」

 肩をすくめるフレア。

「本当に恐ろしい男。でも、問題はウェインなんかじゃない。ふふ、気が付いてるでしょ? こちらを見てるわよジーク」
「ああ、奴の視線は試合中から感じていた」

 フレアはその視線の主を見つめながら、背筋に冷たいものを感じる。

「レオニード・ロイファルト。エミリア王女の婚約者よ。本来は貴方の席だった場所を奪った男と言えるかもしれないわね」

 ジークは貴賓席を眺める。
 美しい王女の隣には、その肩を抱いてジークを眺めている一人の貴公子の姿があった。
 フレアは言った。

「あの男は別格だもの。第一等魔法格、その最上位である英雄クラスの力を持つ者の一人。気を付けるのね、ジーク。貴方でも簡単に勝てる相手じゃないわ」
「レオニード・ロイファルトか。あの男と同じ英雄クラスの力を持つ存在」
「ええ、血筋も力も申し分無いわ。いずれはこの国の英雄に名を連ねることになるでしょうね」

 フレアはそう言いながら、闘技場の壁面に魔法で描き出されたトーナメント表を眺めた。
 ウェインとジークの試合で一回戦は全て終わっている。

「あの男は一回戦はシードで不参加だったけど、次からは出てくるわ。少し休憩が入った後の二回戦、その第一試合にね」
「ああ、そのようだな」

 今年の新入生の内、実戦式戦闘術試験への参加希望者は十五名。ジークを除けば、その全てが第一等魔法格か第二等魔法格の持ち主だ。
 一回戦で七名が消え、シードとなっていたレオニードを含めて、二回戦に進むのは八名の生徒である。
 フレアが肩をすくめる。

「私があの男に当たるとしたら、三回戦にあたる準決勝。ジーク、貴方は決勝ね」

 その言葉にジークは頷く。

「順調にいけばな、フレア」

 会場からはウェインが運び出されていく。
 係員にしがみついて正気を失ったように叫ぶウェイン。

「ひっ! ひいい、あいつは化け物だ! 助けてくれ、殺される‼」

 その怯えた表情を見てフレアが笑った。

「情けない男。第一等魔法格を持っていても、あれじゃあ使い物にならないわね」
「ああ、確かに魔力だけを見ればお前よりも上だが、全体的な力を見ればフレア、お前の方が奴よりも遥かに上だ」

 それを聞いてフレアが再度肩をすくめる。

「な、何よ。お世辞を言っても何も出ないわよ」
「本当の話だ。剣を振るう時の瞳、そこに浮かぶ覚悟が違う。俺はお前のその目が好きだ。だから仲間に選んだ」
「な! ば、馬鹿じゃないの! す、好きとか……」

 赤毛の美少女は思わず赤面して、仮面の男を睨む。
 ジークは軽くため息をつくと答える。

「おい、勘違いするなよ。野心に満ちたお前の目が好きだと言ってるだけだからな?」
「は? か、勘違いって何よ? 私がいつ勘違いしたのよ!」
「やれやれだな。行きましょうか、フレアお嬢様」

 フレアの目の前をすたすたと歩いていくジーク。

「待ちなさいよ、ジーク! 勘違いってどういう意味よ、調子に乗らないでよね!」

 ジークを追いかけるフレア。戦いの舞台を離れ、観客席にほど近い場所にやってくると、上から大歓声が二人に降り注ぐ。

「凄かったぞジーク!」
「恰好良かったわ‼」
「それにそっちの赤毛のお嬢ちゃんも凄かったぜ!」
「ああ、素晴らしい剣技だった!」
「一回戦でこれほどとは。今年の新入生はレベルが高いな」

 それを聞いてフレアは少し機嫌を直したのか、ツンとした顔で言う。

「当然よ。甘やかされて育ったお坊ちゃまとは違うわ」

 観客席に手を振るフレア。可憐なその姿に、観客はますます盛り上がっていく。

「まったく。行きますよ、お嬢様」

 ジークがそう言ってフレアを控室に促そうとしたその時。
 控室に向かう広い通路にいた大会の関係者たちが、一斉に誰かに道を空けるのが見える。
 そちらに向かおうとしていたジークやフレアと、その誰かは自然に相対する形になった。

「エミリア王女……それにレオニード」

 思わず呟くフレア。
 レオニードは二回戦の第一試合の為に、こちらに降りてきたのだろう。王女を護衛する為の兵士たちの姿も見える。

「ああ、貴方がジーク・ロゼファルスですね! 素晴らしい試合でした!」

 エミリアはジークの姿を見ると、笑みを浮かべて駆け寄った。

「ひ、姫!」

 突然のことに、周囲の兵士たちは声を上げる。
 その声に気を取られたのか、振り返るとドレスの裾をひっかけてつまずく王女。

「きゃ‼」

 思わず目を瞑ったエミリアの体を、何者かが優しく抱いていた。
 いつの間にこの距離を移動したのか、そう思わせるほどの速さ。エミリアは自分の体を抱き留めている男の顔を見た。

「あ、あの……」

 銀色の仮面を被ったその男を見つめて、エミリアは古い記憶を思い出した。

(どうして……この感覚はやっぱり)

 幼い頃、蝶々を追いかけて庭を走り回っていた時、転んで泣いているところを抱き上げてくれた少年がいた。
 その時と同じ感覚。

「ジーク・ロゼファルス、貴方は一体……」

 エミリアはジークの仮面、そしてその奥にある素顔に、強い関心を掻き立てられた。
 だが、彼女はすぐにレオニードの腕に抱き寄せられる。いずれこの国の英雄に名を連ねるであろうその男は、静かに口を開いた。

「礼を言おう。だが、覚えておくことだ。このお方はお前が触れて良い相手ではない」
「これは出過ぎた真似を。失礼いたしました」

 ジークはそう言って二人に頭を下げると、その場を立ち去ろうとする。
 レオニードはその背に向かって言った。

「どこへ行く? せっかくだ、見ていくといい。お前が先程やったことなど、大したことではないと教えてやろう」

 その言葉に振り返るジーク。
 銀色の仮面が、静かにレオニードを眺めている。

「分かりました。拝見しましょう」

 対峙する二人を見て、エミリアは不安げに声を上げる。

「レオニード、何もそんな……」
「エミリア様、この男にはっきりと教えておく必要がある」

 レオニードはジークに冷たく言い放つ。

「我らとお前は、違う世界にいる人間なんだということをな。二度と王女殿下に触れようなどとは考えぬように、身の程を思い知らせてやろう」

 新入生最強との呼び声が高い貴公子は、そう口にすると戦いの舞台に向かう。そこには一回戦を終え、同じく二回戦の第一試合に臨むべく姿を見せた対戦者の姿があった。
 彼もまた、第一等魔法格を持つ魔導剣士だ。
 魔法で牽制けんせいをしつつ接近戦でも優れた戦いぶりを見せる。ある意味、そのファイトスタイルはジークに似ていると言えるだろう。
 その魔導剣士は、不敵な笑みを浮かべてレオニードに言った。

「英雄クラスの力を持つと噂だが、俺もあんたに勝つために修練を重ねてきた。他の雑魚ざこには興味が無い」
「そうか、ご苦労なことだ」

 眉一つ動かさずそう答えるレオニード。審判はその魔導剣士から放たれる魔力に、額から一筋の汗を流す。

(今年の新入生は何だ……レオニード様だけではない、先程のジークという男といい、この男といい。例年よりも遥かにレベルが高い。一回戦もこの男の審判を務めたが、口先だけではない。気を抜けばレオニード様も危ないぞ)

 額の汗を拭いて、審判は試合開始を告げる。

「そ、それでは二回戦第一試合始め!」

 警戒するように一度距離を取る魔導剣士。レオニードは魔力を高めるでもなく、ただ舞台の中央に立っている。
 ギリッと歯を噛みしめる対戦者の男。

「舐めてるのか? 後悔するぞ! 本当に最強と呼ばれるべき新入生が誰なのか、教えてやる‼」

 右手に強力な魔力を込めるその男は、そのまま右手をレオニードに向かって突き出す。

「はぁあああ! フェンリルブリザード‼」

 氷で出来た巨大な青い狼が凄まじい勢いで地面を駆ける。
 観客席からどよめきが起きた。

「何だあの狼は!」
「凄い力だ‼」

 恐るべき速さでレオニードの左側に回り込み、て付く息を吐きながらその喉笛を狙う青き狼。同時に、それを放った男の体もその場から掻き消えている。

「おぉおおおお‼」

 狼とは逆方向から襲い掛かる、魔導剣士の鋭い突き。
 レオニードからはまだ露ほどの魔力も感じられない。

(馬鹿め。あのウェインもそうだが、王女の側近などと言っても所詮はこの程度か。英雄クラスが聞いて呆れる!)

 男は勝利を確信して笑う。

「勝ったぞ! あのレオニードに‼」

 だが──
 レオニードに襲い掛かったはずの青い狼は、もう消え去っていた。
 そして、レオニードの喉元に突きつけられるはずの男の剣は砕け散っている。
 それだけではない。その魔導剣士の額にはレオニードの指先が軽く押しあてられていた。
 いずれ英雄になると言われている男は、静かに対戦者に問う。

「どうする? 死にたいならまだ続けるがいい」
「な……馬鹿な、そんな馬鹿な」

 男はうわごとのようにそう呟いた。観客もあまりのことに静まり返っている。
 そして、観客の一人があることに気が付いて声を上げた。

「お、おい、あれを見ろ‼」

 その観客が指さした先には、氷の刃に貫かれた闘技場の柱がある。
 違う観客も言う。

「あ、あっちにもあるぞ!」

 そして、逆方向にも。

「なあ、あれってさっきジークがやった技じゃないのか?」
「嘘だろ見えなかったぞ! そ、それも二つも同時に⁉」
「そんな、魔力なんて感じなかったぞ?」

 貫いた柱の数はジークのものよりも多い。
 額に指先を押し当てられた男はその場に膝をつく。
 ようやく呑み込めたのだ。自分が放った白銀の魔狼と手にした剣を砕いたのが、間違いなく目の前の男だということを。

(な……なんなんだこいつは? 化け物だ……本当の化け物だ!)

 戦意を喪失そうしつしていく男の顔。レオニードは男に向かって冷淡な声で言う。

「それでいい。支配する者とされる者、それをわきまえることだ」

 砕けた剣を手から落として、力無くその場にうずくまる男。彼に背を向けて、レオニードは舞台から去っていく。
 審判は慌てて判定を下した。

「しょ、勝者! レオニード・ロイファルト‼」

 その宣言がきっかけで、せきを切ったように観客席から大歓声が湧き上がる。

「強い、やっぱり今年の最強の新入生はレオニード様だ!」
「次元が違う……一度見ただけで、ジークと同じ技を」
「ああ、それも二本同時に。俺には全く見えなかった!」

 当のレオニードはエミリアのもとに戻ると、ジークを眺める。

「見ていただろう? お前がやった下らぬ芸当など、私にとっては造作も無いことだ。我らはお前とは住む世界が違う存在、それがよく分かったであろう」

 ジークはそれを聞いて、静かに口を開いた。

「ええ、よく分かりました。貴方では私には勝てないということが」

 辺りは、ジークの言葉に静まり返る。
 誰もが、騎士爵家の使用人がうやうやしく頭を下げ自分の心得違こころえちがいをびる、そう思っていたに違いない。ジークの言っていることの意味が分からずに、唖然としている者さえいた。
 レオニードは静かにジークを眺めている。

「ほう、ならば一つ賭けをしよう」

 冷静なその声色。その眼差しは、ジークの仮面の奥を貫くように見つめている。
 ジークは尋ねる。

「賭けですか?」
「ああ、そうだ。お前と私が戦うとしたら、決勝ということになるだろう。もしお前がそこまで勝ち上がり私に勝利したならば、お前の望みを何でも一つ叶えてやろう」

 どよめきが起きる。何でもというのは決して大げさな話ではない。何故なら彼は公爵家の息子、いずれはこの国の王女の夫になる男だ。
 ジークはレオニードに答える。

「それは光栄です。ですが、もし私が負けた時は何を望まれるのですか?」

 周囲の者たちも同じことを思った。
 もしもこれが賭けならば、あの仮面の男も代償を払わなければならない。
 だが、あの男に一体何があるのか?
 レオニードが提示した報酬ほうしゅうに見合うほどの何かを持っているのだろうかと。
 全てを手にしているかに思える男に対して、支払うべき何物も持ってはいないはずだ。
 その疑問に答えるべく、レオニードは口を開く。

「私が勝った時は、お前にはその仮面を取ってもらう。これほどの大言を吐く男、一度その素顔を見ておきたい」

 フレアの背に冷たい汗が流れていく。

(こいつ……疑っているの? ジークの正体を)

 魔法紋の審査は完璧だ。わざわざこちらからリスクを背負うことは無い。
 フレアはそう思い、ジークの代わりに答える。

「ジ、ジークは我が屋敷の火事を消す為に顔に酷い火傷を。仮面はその為のものです!」

 そんなフレアの前にジークは進み出る。

「構いませんよ、お嬢様」
「ジーク!」

 ジークはレオニードに恭しく頭を下げる。そして申し出に同意した。

「いいでしょう。もしも私が敗れたのであれば、お望み通り仮面を外し、素顔を晒しましょう」

 レオニードは静かに答える。

「その言葉、確かに聞いたぞ」
「ええ、誓いを違えることはありません」

 対峙する二人。話を見守っていたエミリアは、不安に胸を掻き乱されながらも思った。

(あの仮面の下にある素顔。それがもしも……いいえ、そんなことがあるはずが無いわ。あのお方は魔力自体が無かったというもの)

 自分が抱く期待があり得ないものだと思いながらも、ジークの仮面を見つめるエミリア。
 そんな中、一人の男が怒りを抑えきれぬように声を上げた。

「愚かな。お前ごときが、レオニード様と戦えると思っているのか?」

 そこに立っているのは、レオニードとエミリアの護衛の一人である。
 周囲の騎士たちよりも若いが、一際立派なよろいを身に着けている。
 背が高く堂々たる体躯。男はレオニードの前に膝をつく。

「レオニード様、この男が勝ち上がれば準決勝で私と当たります。申し訳ありませぬが、この男が決勝で貴方様の前に立つことは決して無いでしょう」

 自分と王女に恭しく頭を下げる若い騎士の姿を、レオニードは眺める。

「ほう、そう言えば準決勝に勝ち上がれば、この男と対戦するのはお前だったな? ルーファス」
「はい、レオニード様」

 ルーファスと呼ばれた男は、立ち上がるとジークを一瞥いちべつする。
 王女の周りに控える学園関係者はその姿を見て囁く。

「ルーファス・バゼルファートか。何とも今年の新入生の層は厚い」
「ああ。レオニード様がいなければ、誉れある新入生最強の称号は間違いなく彼のものになっていただろう」
「剣の腕も魔術も掛け値なしの一級品。あの歳にして、エミリア様の護衛騎士を仰せつかるほどの男だからな」

 ルーファスはジークの前に立つと言う。

「ウェインを倒したからといって思い違いをせぬことだ。奴はこの士官学校に通い、いずれその魔力に相応ふさわしい実力をつけ、殿下をお守りする一人になるはずだった」

 そう言うとルーファスは腰から提げた剣を抜く。
 不穏な気配に一瞬どよめきが起きたが、ジークは静かにルーファスを眺めている。

「だが、俺は違う。士官学校で学ぶことなどありはしない。剣と魔法を極め、既にエミリア様をお守りするに相応しい騎士としてここにいるのだ」

 フレアはルーファスを睨む。そして唇を噛んだ。

(確かに、この男を忘れていたわ。ルオ、こいつはウェインとは違う。危険な相手よ)

 チラリとジークの横顔を眺めるフレア。

「レオニード様に大口を叩いたお前の実力、俺が確かめてやろう」

 その刹那、ルーファスの剣が凄まじい速さでジークに突き出された。


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