魔力が無いと言われたので独学で最強無双の大賢者になりました!

雪華慧太

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1巻

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 1、プロローグ


 宇宙の真理を解き明かすもの、それが数学だと信じてきた。
 でも、おかしなものだ。実際は宇宙の真理どころか、自分の運命さえ予測が出来なかったんだから。
 もちろん俺は神じゃない。そんなことは当たり前の話なんだが、こうやって死にかけているとそれを実感する。
 それにしても、まさかわずか二十九歳で死ぬとは思ってもみなかった。
 最近提出した論文が認められて、数学者としてようやく人生をスタートしたばかりだっていうのに。

「先輩! 裕哉ゆうや先輩‼」

 同じ大学に勤める後輩の詩織しおりが、俺に叫んでいるのが聞こえる。
 大学生の頃からの友人で、今日は一緒に昼食をとる約束だったんだ。
 そんなに泣くなって……
 馴染なじみの店に行く道を歩いていたら、車が突然歩道に突っ込んできた。
 数学しかが無い俺が、漫画に出てくるようなスーパーヒーローになれるわけもないのに、俺は彼女をかばおうとして車にはねられた。
 理屈じゃない。勝手に身体からだが動いたんだ。
 俺が夢中で数学の話をしても、詩織は笑って聞いてくれた。
 ただの先輩後輩、ずっとそう思っていたのに。いつの間にかその笑顔が好きになっていた。
 人生は数学では解き明かせないことばかりだ。
 後悔はしていない。
 ……いや、少ししてるかな。
 勇気を出して、彼女に告白をしてみれば良かった。
 もう一度人生があるとしたら、今度は悔いの無い人生を送ろう。
 俺の手を握って涙を流す詩織のことを眺めながら、そう思った。
 それが俺の一度目の人生での最後の記憶だ。そして……


   ◇ ◇ ◇


「ルオ、貴様のような無能者は我がファルーディア公爵家の人間ではない。今日限りお前はこの家とは関係の無い人間だ」

 二度目の人生で、俺は五歳の時に父親からそう宣告された。
 強い魔力を持つ者は将来が約束される世界、エファーリシア。
 俺が生まれたのは、大国アルディエントの王家の血を引く名門貴族、ファルーディア公爵家。
 その家の長男、ルオとして俺は二度目の生を歩み始めた。
 誰もがうらやむ身分だ。
 前世の記憶が、どうして残っているのかは分からない。
 だが、俺はこの世界で僅か五歳の時に、無情にも父親に見捨てられた。

「第五等魔法格まほうかくなど、我が公爵家にはあってはならぬ魔法格。ほまれ高いファルーディア家の跡取あととりにすることなど到底とうてい出来ん!」
「お、お父様……」

 俺は思わず黙り込んだ。
 この国では、五歳になると魔法格試験を必ず受けなければならない。それまではまだ才能の揺らぎの可能性があるそうだが、五歳になれば大抵の場合、その人間の魔法の才能を測ることが出来る。
 その階級は魔法格と呼ばれ、第一等から第五等まで厳しく序列がつけられている。
 第一等魔法格の人間の将来は約束されている。中でも最上位に位置する者は、英雄クラスの力の持ち主だ。
 もしも英雄クラスの力を持っていれば、平民であっても貴族に取り立てられることすらある。英雄クラスの力は無くても、第一等魔法格ともなればエリート人生は保証されている。
 第二等魔法格ならば国軍の士官である上級騎士や魔導士まどうし、もしくは上級の役人に取り立てられる者が多い。
 第三等魔法格は中流階級。
 第四等魔法格は過酷な労働に従事する者が多い。
 そして俺が判定された第五等魔法格、これは普通ならあり得ない魔法格だ。この世界でも、今までに数人しか判定を受けたことが無い。
 俺からは魔力そのものが全く測定されなかったのだ。
 魔法、魔術、魔導……呼び方は様々だが、その類のものを使えないということである。

「魔力が無い者などゴミクズに等しい。お前の顔はもう見たくない、二度と私の前に現れるな」

 俺の父親は第一等魔法格、その中でも最上位に位置する力を持つ、王国の英雄の一人だ。
 それでなくとも親族の多くが第一等の魔法格を持つ、公爵家。俺の存在自体がこの家の恥なのだ。
 母は父の傍で泣いている。俺はその時、気が付いた。
 母はずっと父に嘘をついていたに違いない。正直俺も驚いた、自分には魔力があると思っていたからだ。
 魔法格試験の前にも、この家で魔力を測定したことがある。その時は、確かに魔力があったのだから。
 きっと、母と数名の侍女たちが、魔力の測定器に細工さいくしたのだ。
 ギリギリまで必死の思いで隠してきたのだろう、最近の母は日増しにふさぎ込むようになっていた。

貴方あなた! 悪いのは私です! この子は何も知らなかったの‼ どうか罰を与えるのなら私に……お願いです」
「黙れ、オリヴィア! 隠していたのが問題なのではない! このような出来損ないのゴミが、我が公爵家に生まれたということ自体が問題なのだ‼」

 ゴミ……
 思えば母は、俺が魔法の勉強をすることを許さなかった。
「貴方はまだ子供なのよ、魔法なんてまだ早いわ」と言って。
 目を伏せている侍女たちの姿を見て、俺はその理由もこれにあったのだとようやく気が付いた。

「ルオ……ルオ、私の可愛い坊や」

 まるでうわごとのようにそう言って気を失う母の姿。

「出ていけ、お前はもう公爵家の人間ではない」

 冷徹れいてつに俺にそう言い放つ父。息子ではなく、虫けらを見るようなその目。
 いや虫ですらない、ゴミクズを眺めるようなその眼差まなざし。
 身体が震えた。
 父の言うことは絶対だ、逆らうことなど許されない。
 この家を出れば、二度とまともに口を利ける相手ではなくなる。
 住む世界が違う人間になるのだ。魔法格が決めた最上級階層と最下級階層の人間として。

「分かりました、お父様。どうかお母様を責めないでください、悪いのは魔力も持たずに生まれてきた僕なのですから」

 それは、この家で俺が最後に言えた精一杯の強がりだった。
 前世の記憶がなければ、僅か五歳でこんなことを言われて精神がどうにかなっていたかもしれない。
 涙を流して意識を失っている母。己の名誉の為に俺を見捨てた男の冷酷な顔。
 拳を握りしめる。悔しさと悲しさと、そして沸き上がるような怒りと憎しみ。
 俺は一生忘れることが出来ないだろう。
 自分の中から温かい何かが消えていく感覚。
 言い知れぬ喪失感そうしつかんが、俺の中の何かを変えていくのを感じる。
 この日、俺は公爵家を追い出され、遠い分家であるトレルファス家に養子に出された。


 それから十年。
 月日が経つのは早いもので、俺は十五歳になっていた。
 俺が養子に出された先のトレルファス家は、上級騎士爵の家柄。
 ファルーディア公爵家とは遠縁とおえんの親戚筋ではあるが、その関係は親戚というよりは臣下しんかと言った方が正確だろう。
 初めの三年はまるで針のむしろだった。
 トレルファス家に俺が預けられたのは恩情おんじょうではない。外聞がいぶんを恐れ殺すことまでは出来ない邪魔者、存在自体が恥である俺を生涯しょうがい閉じ込め監視する家。その役割を与えられたのが、トレルファス家なのだから。
 俺を見る者たちの目には、あわれみとあざけり、それらが入り混じった感情が浮かんでいる。
 トレルファス家の人間たちも、僅かながらではあるが公爵家の血を引いているだけはあり、魔法格は一等には及ばないが二等の人間ばかりだ。
 本家の血筋でありながら、第五等魔法格を持つ俺への嘲り。それは口に出されずとも分かった。
 三年が過ぎる頃にはそんな扱いにも慣れた。
 トレルファス家の離れの一室を与えられた俺は、ただひたすら一つのことに没頭ぼっとうしていた。

『第五等魔法格に関する研究』

 そう記された文献。
 これだけではない、俺は第五等魔法格に関する資料を出来る限り集めた。
 意味の無い研究に没頭させておけば問題も起こさないと思ったのだろう、資料を集める許可はおりた。
 俺はひたすらにその資料を読み、魔力が無い異端いたん、第五等魔法格についての研究を続けた。
 そこにしか救いが無かったからだ。
 先程の文献にはある一つの仮説が書かれていた。
 これを書いたのは、俺と同じ第五等魔法格の人間の一人『バーレン・テルフェニル』という人物だ。
 魔力の無い苦しみを背負い、そして一生をその研究にささげた男。
 俺はその男が残した仮説の証明の為に、この十年を費やした。
 数奇なものだ、俺は真理の探究の為に前世の記憶の中にある数学に頼った。
 魔力が無いと言われた俺には、それしか頼るものがなかったからだ。数千冊にも上る俺のノートには、無数の数式が書かれている。
 今や俺の部屋の壁全てにまで、数式がびっしりと並んでいた。
 一度目の人生でも、ここまで真剣に数学に向き合ったことは無い。
 それは真実を求める俺の心の叫びだ。
 俺の部屋に入った使用人たちは、最初こそ不気味そうにそれを見ていたが、妄想に取りつかれた哀れな人間とでも思ったのか、しばらくすると気にも留めなくなった。
 俺はノートに『最後の数式』を書き終えると、静かにその本を閉じた。
 そして、その日の夜、トレルファス家の当主に願い出た。

「アラン殿。俺は士官学校に通うことにしました、どうかご許可を」

 夕食の時間、滅多に口を開くことのない俺が言った言葉に、その場にいる皆は凍りついたようにこちらを見つめる。
 この家の当主であるアラン・トレルファスも驚いたように俺を見ていた。

「それは……しかし我らは、ルオ様をお預かりしている身。公爵様がなんと仰られるか」
「それに士官学校へ入学出来るのは、第三等魔法格までと決められています」

 アランの妻であるライザは、そんなことも知らないのかと嘲りの目を俺に向けた。
 この家にとって俺は厄介者だ。大人しく、一生あの部屋に閉じこもっていろとその視線が語っていた。
 俺は答えた。

「ええ、知っています。ですが例外事項がある。入学試験の一つである実戦式戦闘術で優秀な成績を残した者、その人間は魔法格に関わらず入学を許可されるはず。その為に剣の腕も磨いてきました」

 この十年、俺は剣の鍛錬をおこたらなかった。俺がいくら剣を修練しようと、所詮は魔力による肉体の活性化も出来ない能無しだと、周囲の者が陰で笑っていたのはもちろん知っていたが。
 ライザが笑った。

「何を馬鹿なことを。第四等魔法格の人間も自信があれば挑めば良いとなっていますが、それは建前です。今や実戦式戦闘術試験は、入学者の序列をつける為の場になっています。誰が最も優秀な新入生なのかを確かめる為の場所。第四等魔法格の人間に入り込む余地はありません。ましてや第五等魔法格などに……」
「ライザ、やめぬか!」

 アランはライザを制止した。夕食の場の雰囲気が悪くなっていくのが分かる。
 いや、俺がこの場にいること自体がそうさせているのだろう。この十年間ずっと。

「うるさいわね、夕食がまずくなるわ」

 ライザの隣に座っている赤毛の少女が、そう口にすると勢い良く席を立った。
 際立った美貌びぼうを持つ、プライドが高そうなその顔が俺を睨みつけている。トレルファス家の一人娘であるフレアだ。
 この家で唯一、第一等魔法格を持つ存在。

「いい加減にしなさいよ! あんたの為にどれだけ迷惑してるか分かってるの⁉ いいわ、そこまで言うのなら私が相手になってあげる。私も実戦式戦闘術試験には参加する予定だもの。公爵の息子だからって特別扱いされると思ったら大間違いよ。魔力の無いあんたが、どれだけみじめな存在か教えてあげるわ!」
「やめなさい、フレア」

 アランは娘をたしなめるように言う。

「だってお父様! こいつを預かったせいで、お父様がなんて言われているか知っているの? 公爵家に逆らえない男、誰からもうとまれる厄介者を押し付けられた臆病者おくびょうものだって!」

 ぴしゃりと乾いた音が部屋に響いた。アランが娘の頬を打ったのだ。
 静まり返る食卓。怒りに染まるフレアの目が俺を射抜いている。

「私はあんたなんかに遠慮はしないわ! お父様とは違うんだから‼」

 俺は美しい顔を歪めてこちらを睨んでいる少女を見つめる。
 そしてアランに言った。

「アラン殿、もし俺がご息女そくじょに勝ったら、士官学校への入学の後見人となって頂けますか?」

 士官学校への入学には後見人が必要だ。
 この家の養子になった以上、トレルファス家の当主に頼むのがすじだ。名目上に過ぎないが、今の俺の親なのだから。
 アランは暫く考え込んでいたが、やがて頷いた。

「いいでしょう。そこまで仰るのなら、このアラン・トレルファス、騎士の名において誓いましょう。ですが、もし敗れた場合、このような下らぬことを言い出すのはこれきりにして頂きたい」

 どう考えても俺には勝ち目が無い。賭けにすらならない話だ。
 ライザも不快そうに俺を睨んでいる。

「馬鹿馬鹿しい。フレアはトレルファス家が待ち望んだ第一等魔法格の持ち主。この家の誇りです。いずれは我が家を騎士ではなく貴族階級にしてくれるはず」

 その為に公爵家に貸しを作る。それが、トレルファス家が俺という厄介者を預かった理由だろう。
 魔法格において、フレアと俺には天と地ほどの差がある。娘の勝利を確信しているライザの瞳。
 フレアは顎で外を差す。

「庭に出なさいよ。今のあんたの立場を、私が思い知らせてあげる」

 そう言って席を立ち、庭へ向かう。俺はその後に続いた。
 アランとライザも同様だ。
 フレアは使用人に言いつけると、自分と俺用の剣を用意させる。

「使いなさい。魔法も使えないあんたが、素手で戦えるわけないんだから」

 俺は頷くと、使用人から剣を受け取った。
 ライザが呆れたように俺を見る。

「本当にやるつもりなのですか? フレアは剣士としても一流。勝負などやる前から目に見えています」
「ええ。それよりもアラン殿、約束をお忘れなく」

 アランは静かに頷いた。

武人ぶじんに二言は無い。そちらの方こそ約束を違えないで頂きたい」
「ご安心を。もし負ければ俺は一生、あの部屋で静かに暮らすと誓いましょう」

 その言葉にライザは満足そうに笑う。
 あちらにとってはいい条件だ。娘の出世の為のカードが、一生大人しくあそこで過ごしてくれれば言うことは無いだろう。
 だが当人は違うようだ。
 俺を睨みつけるフレアの眼差し。そこには、言いようのない怒りが込められている。

「私にはあんたなんて必要無い、私自身の力で全てを勝ち取るわ!」

 俺を預かったことが自身の将来に光を与えるなど、プライドが許さないのだろう。こちらに向けられる怒りの原因はそれだ。
 フレアの身体から膨大な魔力が湧き上がる。それはまさに、第一等魔法格の証。
 フレアの肉体もそうだが、瞳も魔力で活性化しているのが分かる。
 ルビーレッドの瞳が、光を帯びていた。
 魔力による身体活性。それを得意とするのが魔導剣士だ。
 目の前の少女は、その中でも超一流だと言っていいだろう。

「行くわよ! あんたに思い知らせてあげる、第一等魔法格を持つ人間の力を‼」

 無造作に剣を構えた俺に向かってくるフレア。赤いオーラを帯びているのは、強烈な魔力で活性化されている証である。
 彼女の最も得意とする炎属性の魔力の光だ。
 俺は静かにそれを見つめていた。
 すると、彼女の体がかすむように動く。真っすぐにこちらに向かってくる、その凄まじい速さ。

「どうしたの、身動きさえ取れないのかしら?」

 俺に向かって突き出されるフレアの剣。
 それが俺の首元に突きつけられれば、この勝負は終わりだ。

「これで終わりよ! 身の程を知りなさい‼」

 勝ち誇るフレアの瞳、そしてその見事な剣技。彼女の剣先は俺の首元に突きつけられる。
 だが──
 突きつけられたのは、既に彼女の剣をかわした俺の残像に過ぎない。
 すぐにフレアの前から掻き消える。

「なっ⁉」

 あっさりと突きをかわした俺を見て、驚愕に見開かれていく少女の瞳。

「そ、そんな! 嘘よ‼」

 それを捉える俺の瞳は、彼らから見れば黄金に輝いているはずだ。
 俺は、フレアの全ての動きを完全に見極めていた。

「あり得ないわ……何なのこの力、魔力も無いくせに⁉」
「魔力だよ、フレア。ただし、君が知らない法則に従った、ね」

 それは普通の魔力ではない。劣等魔力と呼ばれる存在。
 俺と同じ第五等魔法格とされたバーレン・テルフェニル。あの男が書いた本の最後にはこうつづられていた。

『私は感じるのだ、自らに眠る強大な魔力の存在を。呪わしい我が魔力、劣等魔力よ』

 研究を重ね、己に眠る未曽有みぞうの力を感じるようになりながらも、とうとうそれを使いこなすことが出来なかった男。まるで呪詛じゅそにも似た、その魂の叫び。
 重なり合う無数の波紋はもんのように複雑なその力。生き物のように一見不規則に揺れ動くその波動。
 俺はそれを正確に捉え、数式化する。
 本来、人には操ることが出来ないそれを制御する術式。
 バーレンは書き残していた。もしこの本を読み、劣等魔力を制御できる賢者けんじゃが現れたのなら、その術式を『神言語しんげんご』と名付けて欲しいと。
 それはまさに、呪われし我らを救う神そのものだと。
 俺には彼の気持ちがよく分かる。

「フレア、君では俺に勝てない。絶対にね」

 魔力で活性化された魔眼まがんを超える神眼しんがんとも呼ぶべきその目。そして全身に魔力が満ちて、黄金の光を帯びる俺の身体。フレアの一撃をかわした超人的な身体能力の秘密だ。
 俺の右手を通じて、手にした剣に黄金の魔力が伝わっていく。
 剣の表面に浮かび上がる魔法陣。フレアはそれを見て叫んだ。

「くっ! この光、一体何なの‼」
「これは神言語術式。君が知らない魔導だ」

 その魔法陣には、魔導言語と共に無数の数式が書き込まれている。
 バーレンが残した複雑な魔導言語と、俺が十年かけて作り上げた幾多の数式を融合させたもの。

「私が知らない魔導ですって? そんな……あんたなんかに、そんな真似が出来るはずが無い‼」
「試してみるか?」

 武器に魔力を通わせ、強化する武具活性術。
 今、俺が使っている術式はそれに近い。ただし、より高度ではあるが。

「黙りなさい! 落ちこぼれの第五等魔法格の分際で!」

 その瞬間──
 フレアの剣も赤い光を帯びていく。

「はぁあああああ‼」

 俺の黄金の剣とフレアの赤く輝く剣が衝突し、火花を散らす。
 ギィンンンン‼
 凄まじい金属音を放って、折れた剣の先が宙を舞った。そして、それはフレアの足元に突き刺さる。
 同時に、俺の剣はフレアの首筋に突きつけられていた。

「う……嘘よこんな! 第一等魔法格を持つ私が、第五等魔法格の人間に敗れるなんてあり得ない‼」

 今まで真実だと思ってきたことが覆された時の人間の瞳をしている。自信に溢れていた少女は、その場にガクリと膝をつく。
 呆然と立ちすくむアランとライザ。

「まさか、そんな……この子を、フレアを圧倒するなど、第一等魔法格の最上位である英雄クラスでもなければ不可能なはずだ!」
「フ、フレア‼」

 俺には冷たい女だが、やはり娘への愛は深いのだろう。ライザは呆然とする娘に駆け寄る。
 彼らは実に人間的だ。その心の中には打算や野心が溢れている。
 父親のアランには、表にこそ出さぬものの自分を見下す公爵家への怒りがくすぶっている。
 母親のライザには、名誉と地位への渇望かつぼう。そしてフレアには、己の力で全てを手に入れようと望む野心。
 だからこそ俺にとっては都合がいい。
 俺は彼らに問いかけた。

「俺と組む気はありませんか?」

 その言葉に、三人は何かに魅入みいられたかのように俺を見つめる。

「最強の英雄と呼ばれるあの男を、いずれ俺は倒します。そして全てを手に入れる。俺に呪わしい烙印を押したこの国の、全てをね」

 呆然とした顔のフレア。俺が言っていることの意味が分からないといった様子だ。
 当然だろう。第一等魔法格の中でも、最も優れた数値を叩き出したあの男を倒せる者などいるはずが無いのだから。

「……この国の全てを手に入れる? あんた、何を言ってるの」
「言葉通りだよ、フレア。俺はこの手に全てを掴む。この国の英雄と呼ばれるあの男を皆の前で打ちのめしてね」
「ば、馬鹿じゃないの? 相手はこの国の英雄よ。第一等魔法格の持ち主の中でも特別な存在の一人よ! 貴方なんかに……」

 その声は震えていた。確信を持って言い放つ強さは、もはやどこにも感じられない。


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