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3巻

3-2

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 何も覚えておらず、呆然と立ちくしていたミレティスの前には、王妃エルティシアが気を失ったまま横たわっていた。
 美しい白い翼に、おびただしい数のエルフの死体、それと数十頭のワイバーンの死骸しがい
 全てはワイバーンの仕業しわざとされていたはずだった。
 再び激しく嘔吐する。

「おえええ!! うぁあああ!!」

 自らの背中に生えていた何かが、同胞どうほう達の肉体をずたずたにしていく生々なまなましい感覚。
 あるはずのない黒い翼、その悍ましい記憶が蘇り、美しいエルフの神官はみじめなつんいの体勢になって吐き続ける。
 その朦朧もうろうとした意識の中で、ミレティスはある結論に至った。
 ――この男はテネブラエ様ではない!
 ミレティスがそう確信した瞬間――。
 激しい怒りの炎がミレティスの瞳にともり、強烈な稲光いなびかりがその手から放たれた。
 それがテネブラエの体を焼き尽くしたかに見えた。ところが――。

「お前は、何者だ!? ……テネブラエ様をどうした!」
「お前の愛する男か? そんな男は、とうにこの私の器としての役割しか果たしておらん。千年前からな」

 かつて、この地につどった五人のハイエルフ。千年前、この扉を開き神と呼ばれるほどの力を得た上級精霊。彼らに匹敵する力を持つ、エルフの神官長ミレティスの目が鋭く光った。
 恐ろしいほどの魔力が、妖艶ようえんな女エルフの体から溢れている。

「ほう、精霊王にこの地を任されるだけはある。神になる野望を抱くのに相応ふさわしい女だ」

 男はミレティスの魔法攻撃も全く物ともせず、静かに笑った。

「馬鹿な! そんな、このわたくしの雷光らいこうを! おのれ!!」
「くく、つれない女だ。あれほど愛し合い、この腕の中で泣きながら何度も私に忠誠を誓ったではないか」

 その言葉に、ミレティスの全身から殺気がほとばしった。人の領域をはるかに超えた凄絶せいぜつな美貌と魔力である。

「我命ず、全てを焼き尽くす稲妻いなずまよ、つどいて我に仇なすものを滅せよ! エル・ヴォルテリア!!」

 無数に生じた稲光が一斉に男の体に襲いかかる。神の手による断罪だんざいとも言うべき光景だった。強烈な破壊音が辺りに鳴り響く。

めっしなさい!」

 だが次の瞬間、神々しいエルフの美貌がゆがんだ。
 ミレティスの手から放たれた雷光が、逆流ぎゃくりゅうするように黒く染まっていく。

「そ、そんな! 何!? これは!!」

 ミレティスは呻いた。その体からドス黒い炎が滲み出している。
 男は平然とミレティスを眺めていた。
 美しいエルフの神官長が激しく身をよじる。

「一体これは! くっ! うぁあああ!!」

 それはきわめて残酷で煽情的せんじょうてきな光景だった。
 自らの魔力を黒く侵食しんしょくされたミレティスは、全身をらして痙攣けいれんする。テネブラエが放つ黒い炎が、ミレティスにまとわりつき、目、鼻、口……と、その体のいたる所から侵入し、彼女の内部を蹂躙じゅうりんしているのだった。

「うぐっ! はぅううう!!」

 整った鼻梁が激しく震え、男達を魅了するその瞳が大きく見開かれる。腰から伸びるなまめかしい白い脚が、ローブから乱れ出て露わになった。
 きらめくようなブロンドの髪が漆黒に染まると、ミレティスはその場に倒れてビクンと体を震わせた。
 テネブラエは邪悪じゃあくな笑みを浮かべながら、女の傍に歩み寄る。
 女の豊満ほうまんな胸に、テネブラエと同じ染みが広がっていく。精神を侵食するかのごとく、それが黒い竜のあぎとを形作った。
 ミレティスは美しい唇を震わせて、何度も嘔吐する。

「どうだ、精神の奥まで深く入り込まれる気分は? 千年前、一度は経験したはずだ。すぐに思い出させてやろう」
「やめろ……。それ以上は……。あああっ!」

 テネブラエは、ミレティスの顔を自分の方へ向けさせて低く笑った。

「どうしたエルフよ。知りたいのではなかったのか? この『門』と呼ばれる遺跡、そしてヴェリタスの秘密を」
「く……うう」

 エルフの神官長の手に再び雷光が宿った。だが、それはすぐに黒い炎にみ込まれてしまう。
 ミレティスの瞳に絶望の色が浮かんだ。

「お前達は知らぬ。その魔法という力を、そもそも誰が与えたのかもな。エルフ、獣人、そして人間でさえ、ある一つの目的の為に作られた存在に過ぎぬのだ」

 テネブラエのその言葉に、ミレティスは目をみはる。

「作られた? 何を言っている……」
「すぐに分かる。お前が主である精霊王を裏切ってまで、その座を望んだ神という存在、それが一体、何であるのかもな」

 テネブラエの形をしたその男の口から呪文の詠唱がつむがれていく。
 ミレティスすら知らぬ、難解なんかいで複雑怪奇かいきな術式が完成し、周囲一帯の空気をびりびりと鳴動めいどうさせた。それに呼応こおうして、『門』と呼ばれる巨大な遺跡の扉が淡い光を放っていく。
 やがて、その表面には美しい壁画が描き出されていった。

「こ、これは!」

 ミレティスの唇が震えている。
 やがて、その中に隠されたものの正体がつまびらかにされるに従い、それを目にしたエルフの神官長の唇が驚きに戦慄わなないた。

「まさか、あれは……。一体、お前は何者なの!」

 男は低く笑った。

「我が名はアディス・フォーエン。エルフよ、いずれ時は満ちる。ただし、千年前とは違う形でな。その時、お前達は全ての真実を知ることになるだろう」

    ◇


 帝都を一望する小高い丘の上に、ルドアはいた。
 白狼族はくろうぞく特有の白くて大きな耳が、帝都から進撃する大軍勢の情報をつぶさに聞き取っている。その数はおよそ三万。皇帝ドルメール直属の軍団で、帝国最強と聞こえが高い黒帝師団である。
 ハルヒコ達がガデルを制圧した夜、獣人族の赤き獅子王バルダス・デュカオーンの命で斥候せっこうに出た小隊の一つは帝都付近にひそんでいた。
 通常の行軍ならガデルからパレスティアまでは急いで二日、長ければ三日はかかる。だが白狼族の精鋭部隊は昨晩から今日の昼過ぎまで駆け続け、この地に達していた。移動能力の高さは、斥候としての優秀さを示している。ルドアはその小隊の隊長であった。
 ほかの小隊は、ガデルを出て帝都の北に向かった帝国の天才軍師アルマン・エッテハイマン公爵こうしゃくを追っているはずだ。

「ルドア様、今何か地鳴じなりのようなものが……。ドルメールの軍勢ぐんぜいによるものではありません」

 ルドアは部下の言葉に頷いた。

「確かに俺にも聞こえた。帝都パレスティアの地下から響いてきたみたいだったが」
「いかがいたしましょうか」

 ルドアは答える。

「まずは、バルダス様の傍におられるエハル様に、ドルメールが率いる黒帝師団の動きを伝えねばならん」

 そう言うとルドアは天を見上げ、高く遠吠とおぼえをした。
 それは白狼族以外には聞き取れぬ音域おんいきで大気を振るわせていく。
 するとその声に反応して、数キロメートル先でも同じ遠吠えが始まった。
 白狼族特有の情報伝達法である。
 ヴェリタスの近隣きんりんに潜むバルダス達のところまで情報を届けようというのだ。白狼族の斥候は、そこへ至るまでの様々な経路に点在し、情報の共有を行っているのである。
 ルドアは数名の部下を静かに見つめた。

「我ら獣人族は、新生ドラグリア王国のアイリーネ女王陛下をはじめ、アルドリアの勇者殿に命をしてでも恩を返さねばならん。俺はこれから帝都パレスティアに潜入せんにゅうする。黒帝師団がおらぬとはいえ、数千の帝国兵は残っているだろう。生きて帰れる保証はない」

 共に来るか? 
 そう問いかけるルドアの眼差まなざしを見て、屈強くっきょうな白狼族の兵士達はほがらかに笑った。

「ルドア様、今さらどうしてこの命をしみましょうか」
「たとえ我らが死したとしても、必ずやあのお方達が我らの悲願ひがんげてくださいます」
「そのいしずえになれるのであれば、恐れるものなどございません」

 ルドアの精悍せいかんな顔に笑みが浮かぶ。

「馬鹿な連中だ、お前達は。……よし、では行くぞ!」

 ルドアはヴェリタスで待つエハルにそのことを伝えるために、再び高く遠吠えした。
 時をおかずして、白狼族の戦士達が疾風しっぷうのように大地を駆け抜けていく。
 その先の地平には、帝国の都パレスティアを守護する城壁がめぐらされていた。


    ◇


 巨大な白い塔が、天まで届くように聳え立っている。
 真実の塔と呼ばれる大図書館ヴェリタスである。
 同盟軍の斥候の代表を務める、新生ジェフルア王国の国王のたてがみが赤く風に靡いている。それが多くの獣人族の戦士を勇気づけた。
 赤き獅子王ししおうバルダス・デュカオーン。獣人族最強の戦士だ。
 横に付き従うのは、白狼族の長老の娘エハル。その機知きち故に、新生ジェフルア王国の参謀さんぼうに指名された才女である。その横顔がピクンと動いた。大きな白い耳が、遠くから響いてくる何かを聞き取ったのだ。

「どうした? エハル」

 あるじであるバルダスの言葉に、エハルは答えた。

「バルダス様、どうやらドルメールが帝都から動き始めたようです。ルドアから報告が参りました」

 バルダスが頷く。

「白狼族の遠吠えか」
「はい、我が一族にしか聞くことの出来ぬ声。密偵みっていには最適でございます」

 赤き獅子王は改めて目の前の白狼族の女を見る。美しいだけではなく才覚さいかくに溢れた女だ。
 昨晩ガデルを占拠せんきょした後、ハルヒコから密偵を出すよう求められた時には、すでに自らの一族をまとめ上げていた。なんとも用意周到よういしゅうとうである。
 バルダスの視線に気がついて、エハルは微笑んだ。
 だが、すぐに真剣な眼差しになる。

「それにしても動きが早すぎます。アルマン・エッテハイマン公爵がドルメールを裏切り、帝都の北の二つの街道を封鎖ふうさしたとしても、帝都への物資が完全に止まるまでには時間がかかります。何故、これほどまで早く帝都を出たのか」

 バルダスは静かに言った。

「アルマンが挑発をしたのだろう。奴は帝国一の軍略家だ。ドルメールを手玉てだまに取ることなど容易たやすかろう」

 エハルは頷くと、もう一度白い耳をそばだてる。

「ルドア……。バルダス様、ルドアから再度の報告です。ドルメールの黒帝師団とは別に、気になることがあると。帝都の地下より不審ふしんな地響きのような音が聞こえたため、今から潜入するとのことです」
「帝都の地下だと? どういうことだ」

 エハルは首を横に振った。

「分かりません。ですが嫌な予感がします。全てがアルマン公爵の思惑おもわく通りだとしたら、このヴェリタスの中に一体何があるのか……。いずれにしても、まだしばらくは時がございましょう。バルダス様、ここは私が指揮を致します。塔の中にいる勇者様に早くこのことをお伝えください」
「うむ、分かった。そうするとしよう」

 バルダスはそう言うと、赤い風のように白く巨大な塔に向かって駆けていく。
 エハルは腕に巻かれた白い飾り紐に、そっと手を置いた。娘が同盟軍の皆の無事を願って作ったものだ。見ると、結び目がほどけている。

「リン、ミュウ待っていてね。ドルメールを倒して七年前の奴らの罪をさばく。この戦いが終われば、きっと獣人族にも平和が訪れるわ」

 エハルは微笑みながら飾り紐を結び直した。だが、エハルの手はその途中で止まってしまう。

「そんな。もしや、何か悪いことでも……」

 リンが編んだそれが、不吉にも途中で千切ちぎれてしまったのだ。
 風に乗り、空高く舞い上がっていく娘の希望が込められた結晶を、エハルは不安な目で眺めていた。



 第二話 守護者


 ドラグリア帝国の邪悪な皇帝ドルメール。
 その魔手ましゅの前に、滅亡寸前の絶体絶命な状況だったアルドリア王国。
 だが俺――ハルヒコとアルドリアの女騎士達の活躍により、アルースの奇跡と呼ばれる戦で五万もの大軍勢を打ち破った。
 その後、勝利の余韻よいんひたる間もなく、賢王けんおうとして世に知られたドラグリアの前王、アファードの娘アイリーネを旗印はたじるしに新生ドラグリア王国を建国し、帝国の分断に成功する。
 さらに俺達は、アルドリアと新生ドラグリア王国を中心とする同盟軍を結成し、ドルメールを追いめるべく帝都を目指した。
 これまで入手した情報から考えると、おそらく、ドルメールをかげあやつる存在は上級精霊のテネブラエだろう。奴のねらいは、千年前に行われた神と呼ばれる存在になるための儀式の再現に違いない。
 全てがその男の目論見もくろみ通りだとすれば、俺が精霊王とのけに勝つためには、ドルメールの息の根を止めた後、奴も倒すしかない。
 その俺達は今、帝国の天才軍師アルマン・エッテハイマン公爵の誘いに乗って数万年前に滅んだと伝えられる竜族の遺跡、真実の塔ヴェリタスにいた。
 ――奴は言った。
 俺がこの世界に呼び出されたのは決して偶然ではない、と。
 天空を貫くように聳え立つ巨大な白い塔。その中に作られた聖殿せいでん
 額に竜族の紋章もんしょうきざまれた女、リューシア・エレハリス。
 それが輝く時、俺達はヴェリタスを守る守護者が彼女だと知ったのだった。
 しかも俺は、恐るべき力を持つその女が守るこの場所で、予想もしなかった、あまりにも意外な人物との再会を果たしていた。


(この野郎……。どうしてこいつがここにいやがる)

 俺は胸の内でき捨てながら、目の前の男の背中を見つめた。
 リュオン・マナエル、いや春宮龍音はるみやりゅうおん
 こいつは間違いなく俺の親父だ。幼い頃、おふくろと俺の前から姿を消した男。
 竜族の遺跡である、真実の塔ヴェリタス。その守護者リューシア・エレハリスの剣が俺を切り裂こうとした時、突如としてこいつは現れた。俺達の最大の窮地を救うという形で。
 ひらめくマントの奥に見える精悍な顔がニヤリと不敵ふてきに笑い、守護者の剣をね返した。
 真紅のマントに赤い装束しょうぞく。手には俺の剣エルンディアスによく似た日本刀のような武器を握っている。リューシアは、リュオンに弾かれた剣の反動を利用して体を回転させると、恐るべき速さで男の赤いマントを切り裂いた。
 リュオンはそれを見て舌打したうちした。その剣先は、リューシアの全ての攻撃を受け流している。

「ちっ、高かったんだぜ、このマント。俊彦としひこ、いや……、この世界ではハルヒコか。後できっちり、お前に弁償してもらうぞ!」

 家族をて去り、失踪しっそうした男が十数年ぶりに再会した息子に発したとは思えない軽い言葉だ。
 俺は苛立ちを隠そうともせず、目の前の男の背中を睨みつける。それから地面に転がったアンファル王国の秘宝剣エルンディアスを拾い上げた。
 ヴェリタスの聖堂の中で、リューシアが再び美しい声で歌い始めた。額に刻まれた竜族の紋章の輝きが増している。それに呼応するかのように聖堂内の内壁ないへきに白い光が広がっていく。
 守護者はゆっくりと口を開いた。

「……リュオン・マナエル、久しぶりだな。このような場に姿を現すとは、さすがのお前も息子の命は惜しいらしい」

 リューシアの言葉に、リュオンと呼ばれた男は苦笑くしょうを浮かべる。リューシアと対峙たいじするリュオンの瞳は、俺同様に緋色ひいろに輝いていた。

「さて、どうかな。俺の息子なら、あれで終わりのはずがない。そうだろ、俊彦」
「その名前で呼ぶな……。あんたに息子呼ばわりされる覚えはない。後でゆっくりと事情を話してもらうぞ」

 何故、こいつがここにいるのかは分からない。
 だが、確かにアルマン公爵は俺の力のことを『そなたの父親に聞け』と言っていた。
 そして、俺がこの世界に召喚しょうかんされたことも決して偶然ではないと。

「いいだろう。ただし、お前が生きていたらな、ハルヒコ!」

 リュオンは激しくリューシアと剣を交わしている。俺はそれを見て、驚きよりもいきどおりの感情が溢れてくるのを抑えられなかった。

(こいつの前でだけは、だらしない姿を見せるのはごめんだ)

 ――この男の前でだけは!

「ミルファール!!」

 俺の中で、上級精霊のミルファールが答える。

(ハルヒコさん、凄い力です! 何なんですかこの力は!)

 瞳が輝きを増す。
 俺の中に眠る力をミルファールが引き出してくれているのだろうか。全身が緋色を超え、真紅の光に包まれていく。エルンディアスが、生きているかのように俺の手に吸い付いてくる。さらには、それに反応して、俺の右手の皮膚ひふが赤く染まっていった。

「ハルヒコ! 一体それは何だ!?」

 アルドリア王国の聖騎士団を束ねるルビアの声が聖堂に響き渡った。
 リューシアは俺の体の変化を見てとって、悠然ゆうぜんたる笑みを浮かべる。

「ほう、その力は。面白い! 来い小僧!!」

 俺は両足に力を入れると、一瞬でリューシアとの距離を詰めていった。凄まじい速さだ。さしものリューシアも目が鋭くなる。
 今までの動きとは格段に違う。リューシアが放つ無数の剣の軌道きどうが見えた。俺はそれをすり抜けるように前へ進む。
 ギィイイン!! 
 俺の体をたてに両断しようとしたリューシアの剣戟けんげきを、エルンディアスが弾き返す。
 守護者の力に対抗するだけの力が両腕にみなぎっていた。リューシアはわずかに体勢を崩したものの、そのまま旋回せんかいし、俺に向かって剣を真横に一閃いっせんする。
 俺はエルンディアスでそれを受け止めた。凄まじい衝撃に空気が振動する。俺はその反動を利用して体をひねりながら、リューシアを切り裂こうと肉薄にくはくした。
 俺の剣先がリューシアの頬に届き、浅いしゅの一線を走らせた。真紅の吹雪ふぶきが辺りに舞う。その雫が聖堂の白い床に赤い飛沫ひまつを描いた。
 リューシアが素早く距離を取る。それから頬を指でなぞって、静かに俺を見た。

「精霊王と、あの男以来か。このわらわの体に傷をつけるとはな。千年ぶりにわらわに血を流させた罪は、万死ばんしあたいするぞ」

 凄まじい力が、リューシアの体に集まっていく。

(これは……)

 唇からは再び、美しい歌声がつむがれる。聖堂全体がその歌声に共鳴していった。
 それを見たリュオン――俺の親父は、あろうことかこの状況において、自らの刀をさやに収めてしまった。

「俊彦、ここから先はお前達だけでやらねばならん。俺が手助け出来るのはここまでだ」
「どういうことだ!」

 その時、俺の傍で少女の声がした。
 それはパタパタと親父の傍に飛んでいく。

「リュオン、正気なの? 守護者の力はこんなものじゃないわ。いくら貴方の息子でも、一人じゃ勝てないわよ!」

 その声の主を見て、アルドリア宮廷魔道騎士団長でハーフエルフのミルダが叫んだ。

「嘘……。もしかして竜?」

 アウロス将軍も思わず声を上げる。

「馬鹿な!」

 親父の傍で小さく羽ばたいているのは、まぎれもなく太古に絶滅ぜつめつしたはずの生き物だった。大きな瞳で俺達の方を眺めている。


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