追放王子の英雄紋! 追い出された元第六王子は、実は史上最強の英雄でした

雪華慧太

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2巻

2-2

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「レイア、ならばレオンと戦ってみればいい。そうすればお前も納得するだろうさ」
「な! こ、この私に冒険者風情ふぜいと戦えと? ジェフリーならばともかく、聞けばまだBランクの冒険者と言うではありませんか?」

 たとえギルド長のジェフリーであっても、レイアの敵ではない。それを分かっていてなぜそのようなことを? という眼差しを向けるレイア。
 少しばかり才能があるとしても、たかがBランクの冒険者と戦えなどというのは、あり得ない話である。
 オリビアは二人の会話を聞きながら、練兵所の入り口を眺めていた。
 そこから入ってくるジェフリーや少年たちの姿を。

「ふふ、どうやら噂をすれば影ね。いいわ、私が許可をします。やってみなさいレイア。私も見てみたいわ、ミネルバがそこまで肩入れする男の実力をね」

 王女であるオリビアのその言葉に、レイアは深々と頭を下げると立ち上がる。

「……かしこまりました、オリビア様。ただし未熟な冒険者を一方的に叩きのめすことになりますが、ミネルバ様もそれでよろしいのですね?」
「ああ、構わないよレイア。本当に叩きのめせるのならね」

 その言葉に、レイアの氷のような瞳が闘志で一瞬青く燃え上がる。
 再び二人に一礼をして、くるりときびすを返す剣聖ロゼルタークの娘。オリビアはその後ろ姿を見送ると、同情の眼差しで、遠く離れた練兵所の入り口に立つ少年を見つめる。
 そして、少し窘めるような口調でミネルバに言った。

「ミネルバったらあんなこと言って。流石にレイアも手加減はするでしょうけど、貴方がお気に入りの彼、きっと痛い目に遭わされるわよ」

 オリビアの言葉に、ミネルバは黙って肩をすくめる。
 それを眺めながらオリビアは、ふぅと溜め息をついた。

(ミネルバったら、どういうつもりなのかしら? あそこまで言ったらレイアも引けないわ。彼女の剣の冴えは剣聖と呼ばれた父親譲り、とても勝負になるとは思えないけど)

 一方、銀竜騎士団の本部受付で、ミネルバが練兵所にいることを聞いたレオンたちは、その入り口で中を見渡していた。
 ティアナが目を丸くして思わず声を上げる。

「大きな練兵所ですね!」
「ああ、そうだなティアナ。流石に大国アルファリシアの騎士団だけはあるぜ」

 レオンの言葉にティアナが頷くと、ロザミアも首肯する。

「うむ! 大したものだな」

 ジェフリーは、ここまで案内をしてくれた兵士に礼を伝える。
 彼が持つ銀竜騎士団からの書簡にはミネルバのサインがあるために、ここまでは丁重に案内された。
 だが、その雰囲気はあまり好意的ではない。特にレオンに対しては、敵対的な眼差しが多くの兵士たちから向けられている。

「あいつだろ」
「ああ、あいつが足を引っ張ったせいでミネルバ様がお怪我をなさったそうだ」
「間違いない、アーロンとかいう冒険者から俺はそう聞いたぜ」
「よく平気な顔をして、報奨金など貰いに来れるものだな」
「恥知らずが!」

 練兵所の入り口付近にいる兵士たちからは、あえてレオンたちに聞こえるように、そんな声がヒソヒソと広がっていく。
 ジェフリーは兵士たちの声を聞いて、眉間にしわを寄せる。

「妙な雰囲気だと思えば、アーロンめ、あいつか! 余計なことを銀竜騎士団の連中に吹き込んだのは!」

 アーロンとはSSランクの冒険者で、レオンに突っかかるも軽くあしらわれた男である。騎士団より報奨金という栄誉を授かるレオンへの嫉妬から、あらぬことを吹き込んだのだろう。
 ギルドには、術師を倒したのはミネルバとジェフリーだと報告されている。それを聞いたアーロンは、まさかレオンが一人で敵を破った上に、秘密裏に二人の治療までしたとは思いもよらなかったに違いない。
 練兵所に漂う不穏な雰囲気に、ティアナが怯えたようにレオンに身を寄せる。
 ロザミアは鋭い目つきで、腰から提げた剣のさやに手を伸ばした。

「心配するな。ティアナ、ロザミア」

 一方で、レオンは気にした素振りもなくゆっくりと前に歩を進めていく。
 彼の前に一人の女が立ち塞がった。
 青く美しい髪、そして氷のような美貌――レイアだ。
 その唇が静かに動く。

「どこへ行くつもりだ?」

 レオンはそれに事も無げに答えた。

「報奨金を貰いに来た、そこをどいてくれないか?」

 その目には恐れも怯えもない。周囲の騎士たちはそれを嘲笑った。

「馬鹿が、レイア様もお怒りの様子だぞ!」
「あいつ分かってるのか? レイア様はあの剣聖ロゼルタークの娘、手痛く叩きのめされるぜ!」
「ざまあみろ! 任務達成の足を引っ張った挙句、ミネルバ様に怪我を負わせておいて、どのつらをさげて報奨金を貰いに来やがったんだ!」
「当然の報いだぜ‼」

 騎士の気品にそぐわない罵声ばせいが飛び交う。
 異様な雰囲気に、奥で見ていたオリビアは、レオンたちを改めて眺める。

(騎士たちの様子がおかしいわ。このまま放っておくのはいくらなんでも……)

 オリビアがそう思ったその時──
 レオンに程近い数名の騎士が動いた。

「冒険者風情に、レイア様の手をわずらわすことなどありません!」
「貴様の未熟さが、尊きミネルバ様に怪我を負わせたのだ‼」
「この下郎げろうが、万死ばんしあたいするわ!」

 騎士たちが剣を抜いた刹那せつな、それは彼らの手元から弾かれて宙を舞う。
 そして、騎士たち自身の足元に突き刺さった。その剣の表面は凍り付いている。

「ぐっ‼」
「レイア様!」
「ど、どうして‼」

 騎士たちの言葉通りなら、それをやってのけたのはレイアなのだろう。
 だがしかし、レイアは剣を抜いてさえいない。
 ならばどうやって?
 事情を知らぬティアナたちが困惑する中、氷の美貌を持つ剣士は、兵士たちを冷たい瞳で眺める。

「誰が手を出して良いと言った。それもたかが冒険者風情に数名がかりで……銀竜騎士団の名を汚すつもりか?」
「ひ! ひい‼」

 それを見ていた他の兵士たちは一斉にささやく。

「お、おい見えたか今の?」
「見えるはずないだろ? レイア様の剣はミネルバ様に匹敵ひってきする速さだ」

 事態を無言で見守っていたレオンは、静かにレイアを見つめると言った。

「確かに速いな。今の一瞬で剣を抜き、こいつらの剣を弾いてまたしまったか」

 レイアの眉がピクリと動いた。

「お前には見えていたとでも言うのか?」
「ああ、ハッキリとな」

 レオンと対峙たいじするレイアの体から、冷気にも似た闘気が湧き上がる。

戯言ざれごとを。この場で先程の技を見切ることが出来るお方はミネルバ様だけだ。お前ごときに見えていたはずがない」
「試してみるか?」

 レオンの言葉で、レイアの瞳に殺気が宿っていく。

「ミネルバ様の尊いお体に怪我を負わせた罪、大人しくびれば良いものを。剣を抜け、私がお前にその罪をあがなわせてやろう」

 それを聞いて、レオンはゆっくりと一歩前に進み出た。

「罪を犯したつもりはないが、やりたければやってみろ。ただし、抜くならそちらから剣を抜いた方がいい。後で抜く暇がなかったと後悔したくなければな」

 レオンの挑発の直後、レイアの体から青白い闘気が立ち上る。
 その時、ティアナは見た。レイアを中心に足元が凍り付いていくのを。
 周囲の兵士たちは口々に言った。

「ば、馬鹿な奴だ! たわごとにも程がある」
「レイア様を本気で怒らせたぞ!」
「愚かな奴だ、もう叩きのめされるだけではすまん」
「ああ、そもそもあの強い冷気で凍った地面の上では、奴はろくに戦えまい」

 オリビアはその光景を見て、慌てて隣のミネルバに声をかけた。

「あの冷気、レイアが本気になった証拠だわ。ミネルバ、もう止めなさい! あの彼、叩きのめされるだけでは済まないかもしれなくてよ?」
「確かに、レイアの闘気は大地さえて付かせる。並みの剣士ならば、この時点でもう勝負にはならない。ですが……」

 意味ありげにミネルバは口を閉じる。
 ですが、とは一体どういうことだろうか?
 オリビアには、ミネルバがなぜ戦いを止めないのかが分からなかった。
 もう勝負はついている。あの冷気、そして凍り付いた地面の上では、まともに剣すら抜けないだろう。
 いや、それだけではない。少年の剣も最早もはや凍り付いているはずだ。鞘から抜けるのかどうかも怪しい。
 レオンはレイアに先に剣を抜けと言ったが、彼女が剣を抜く前に既に勝敗は決している。オリビアにはそう思えた。
 ジェフリーは、レイアの周囲に漂う冷気を帯びた闘気に思わずうめいた。

「彼女は我が師、剣聖ロゼルタークの娘。そして冷厳れいげんの騎士と呼ばれる女レイア。気を付けろレオン、アーロンなどとは次元の違う相手だ……」

 アルファリシアの三大将軍に匹敵する腕の持ち主。戦場では敵を震え上がらせ、剣聖と呼ばれた父親同様、この国の英雄の一人に数えられる女だ。その闘気の凄まじさが彼女の実力を示している。
 レイアは静かにレオンを眺めると言った。

「もう一度お前に機会を与えよう。犯した罪を悔い、この場を立ち去れ。ミネルバ様よりほまれあるお言葉を授かるのには相応しくないとわきまえよ」
「断る。言ったはずだ、罪など犯したつもりはないと」

 それを聞いて、兵士たちは驚愕の声を上げた。

「あ、あいつ状況が分かっているのか?」
「愚かにも程があるぜ!」
「ああ、クズが! 自分の未熟さがミネルバ様に怪我を負わせたという、己の大罪すら分かっていないらしい」

 レオンの答えに、大地はさらに白く凍て付いていく。少し離れて見ていた兵士たちの足元さえも凍り付き、新米の兵士の一人が、

「ひ、ひい! あ、足元が……」

 慌てて足を滑らせて地面に転がった、その時──
 レイアの剣が一閃いっせんされる。
 何という速さか! 銀竜騎士団の中でその太刀筋を捉えることが出来たのは、ミネルバだけだろう。
 他の騎士たちは皆、レイアが剣を振った後の光景しか見ることが出来なかった。
 彼女の剣は、レオンの首筋に突きつけられている。一方で、レオンの剣は鞘から抜かれてもいない。
 兵士たちから歓声が上がる。

「馬鹿が! いきがっていた割に剣すら抜けぬとは」
「流石レイア様だ!」
「勝負にならんわ‼」

 勝敗は決した。
 オリビアは少しだけ胸を撫で下ろす。

「レイアったら、怒っているように見えて冷静だったのね。とにかく勝負は終わったわ、ミネルバ。流石に相手が悪すぎたようね」

 王女の言葉にミネルバは頷いた。

「オリビア様、確かに決着はつきました。ですが、勝ったのはレオンです」
「な⁉ ミネルバ、貴方何を言っているの? 勝敗は明らかじゃない」

 オリビアの疑問も当然だろう。一方が剣を相手の喉元に突きつけたのに対し、もう一方は鞘からも抜けなかったのだから。
 だが、王女が再び二人の姿に目をやったその時──
 レオンの首元に突きつけられていたレイアの刃が折れ、その刃先は静かに地面に落ちていく。
 凍り付いた大地に突き刺さる刃を眺めながら、レイアの唇が震えている。

「馬鹿な……そんな馬鹿な!」
「残念だったな。見事な太刀筋だったが、俺の剣の方が速かったようだ」

 その時、オリビアはようやく気が付いた。
 レイアの前に立つ少年は、剣を抜けなかったのではない。
 抜いたのだ。剣を抜き、レイアの剣を打ち砕いた後に再び鞘におさめた。そうとしか考えられない。だが、だとしたら何という早業はやわざか!
 美しき大国の王女は、その場に立ち尽くしながら思わず呟いた。

「強い……信じられない強さだわ。か、彼は一体何者なの?」

 静まり返る銀竜騎士団の練兵所。
 剣聖の娘の手に握られた刃先の折れた剣と、その足元に突き刺さった刃が周囲の兵士から言葉を奪っていた。
 彼女の強さを知る騎士たちにはとても信じられない光景だ。次第にさざ波のように、周囲の兵士たちの間にざわめきが広がっていく。

「……あの男がやったというのか?」
「そんな馬鹿な、レイア様の剣が折られるなどと」
「そうだ、そんなことがあるはずがない!」

 兵士たちが動揺する傍で、冷気で凍り付いていた大地は、レオンを中心にして溶け始めていた。
 それを成しているのは、彼を包む真紅の闘気だ。
 白く凍て付く大地を溶かす、炎のごとき赤。

(なんだ今の気配は……こ、この私が怯えたと言うのか)

 レイアは先程自分が剣を抜いた瞬間、目の前の少年の気配が変わるのを感じた。彼の体から、別人のごとき凄まじい闘気が湧き上がったのだ。
 氷のような美貌が屈辱に歪む。

「勝負あったな。俺は報奨金を貰いに来ただけだ、行かせてもらうぜ」

 そう言うと、練兵所の奥にいるミネルバたちの方へ足を踏み出そうとするレオン。
 だが、レイアがその前に立ち塞がる。彼女の右手には、刃先が折れた剣が握られたままだ。

「ま、待て‼」

 レオンは静かにレイアを見つめる。

「どうした、まだ続けるのか?」
「まだ勝負はついていない!」

 折れた剣を構えるレイアから立ち上る闘気は、先程よりも増していた。
 冷気が剣を包みこみ、氷の刃となって折れた剣先を補うと、青く輝き始める。


 美しい冷気の剣をレオンは眺めるが、しかし眉一つ動かさない。

「無駄だ、もう勝負はついた。それはお前が一番よく分かっているだろう?」
「……私にも騎士としての意地がある」

 レイアは後方に跳び、一度大きく距離を取る。

(剣聖ロゼルタークの娘が、目の前に立つ相手の剣に小娘のように怯えたとあっては、生きてはゆけぬ!)

 そして手にした剣を正眼せいがんに構えると、静かに息を吐く。
 それを見てレオンは、静かに剣を抜いた。

「いい構えだ。怯えもあなどりも消えている」
「お前に詫びておこう。下らぬ噂に惑わされ、その力を見誤ったことを」

 広い練兵所の中央に立つ二人。青白い闘気と真紅の闘気が揺らめき、それらが触れ合うとバチバチと音を立てる。
 何という闘気か!
 それは次第に、二人の背後に具現化していくようにさえ見えた。
 女の背には美しく輝く青き氷の狼、そして男の背には雄々しき真紅の獅子が。それは幻なのだろうか?
 だがそこにいる者たちは、その姿を確かに見たような気がした。
 膨れ上がった二人の闘気に、周囲の緊張感は極限まで高まっていく。
 その時──
 二つの人影が動く。いや、動いたと気が付いた者が、ミネルバ以外にいたのかどうか。それほどの速さだ。

「おぉおおおおおお‼」
「はぁああああああ‼」

 そこには瞬時に交差し、先程とは位置を入れ替えている二人の姿があった。
 まさに刹那の攻防だ。一体何があったのか、騎士たちには窺い知ることすら出来なかった。
 レオンの髪が、わずかに一房斬り落とされて風に舞った。それを成したのはレイアの剣だ。
 恐ろしいまでの技の冴え、そして迷いのないその太刀筋。剣を振り切ったレイアの姿は、周囲の者が見惚れるほど美しかった。
 レオンは静かに笑みを浮かべた。

「見事だ。剣聖ロゼルタークか、お前の父は良い剣士だったのだな」

 レイアはゆっくりと振り返った。
 そして、微笑んだ。普段は決して見せることのないその表情は、とても美しい。

「名を教えてくれ、私に勝った男よ」

 そう言って、ゆっくりと崩れ落ちる青い髪の美剣士。その体を、いつの間にか彼女と剣を交えた少年が支えていた。

「俺の名はレオン」

 レイアは美しい笑みを浮かべたまま、男の名前を繰り返した。
 冒険者風情と、気にも留めていなかったその男の名を。

「レオンか……良い名だ。そなたと剣を交えたことを誇りに思う」

 そう呟くと、レイアはレオンの腕の中で、眠りにつくがごとく意識を失っていた。
 レオンは彼女を腕に抱いたまま、足を前に踏み出した。
 遠巻きに二人の戦いを見ていた騎士たちは、気圧けおされて後ずさり、左右に分かれて彼の前に道を作り出す。

「ほ、本当にあいつがレイア様を」
「し、信じられん」
「あのレイア様が」

 道の先には、銀竜騎士団を束ねるミネルバと王女オリビアが立っていた。
 自分たちに向かって歩いてくるレオンを、暫くは呆然と眺めていたオリビア。だが、レイアのぐったりとした姿に気付き、思わず駆け寄った。
 レオンに抱かれて気を失っているレイアを、心配そうに見つめる。
 そんな王女にミネルバは言った。

「オリビア様、ご安心を。レオンの剣から放たれた闘気で当身あてみを受け、気を失っているだけです」
「そ、そう、良かったわ」

 恐るべきはミネルバだろう。彼女は二人の戦いをしっかりと見極めていたのだ。
 レオンはミネルバを睨みつけた。

「ミネルバ将軍、報奨金を貰いに来た」

 少年の目を見て、ミネルバは肩をすくめる。

「怖い顔をして、まるで私がけしかけたみたいじゃないか」

 実際のところ、それはあながち違うとも言い切れない。
 一方で、ぐったりとしたレイアを見つめていたオリビアは顔を上げ、キッとレオンを睨みつける。

「レオンと言いましたね、レイアはこの私の騎士! 彼女から仕掛けたこととは言え、ここまでする必要があったのですか⁉」

 レイアは、オリビアにとって大切な騎士だ。権謀術数けんぼうじゅっすうが渦巻く王宮の中にあって、ミネルバ同様、心を許せる友人とも呼べる存在である。昏倒した友の姿に、思わず憤りの気持ちが出てしまう。
 レオンの後に続いて傍にやってきていたジェフリーは、慌てて彼の耳元で囁いた。

「レ、レオン。このお方は我が国の第一王女、オリビア殿下だ。お前が倒したレイアはその直属の騎士でもある。言いたいことはあるだろうが、まずは殿下に詫びてくれ」

 ジェフリーの心配ももっともである。何しろ相手は大国アルファリシアの王女だ。
 一向に何も答えようとしないレオンに苛立ちを隠し切れず、オリビアの高貴な美貌が怒りに染まっていく。

「決着はもうついていたわ、貴方ほどの剣士なら分かっていたでしょう! それほど、皆の前でレイアを打ちのめし、勝ち誇りたかったの⁉」

 レオンは、静かにレイアを見つめるとオリビアの問いに答えた。

「この女が本物の戦士だからだ、オリビア王女」
「え?」

 オリビアは目の前の少年を見つめた。

「だから俺も、その魂に戦士として応えた」

 彼女は目の前の男から目を離すことが出来なかった。
 彼の態度は王者のごとく堂々たるもの。見た目は僅か十五、六歳の少年だが、オリビアには自分よりも年上のたくましい男のように思えてならなかった。
 オリビアは大国の王女だ。そして、聡明さと美しさも兼ね備えている。
 周りの男たちの多くは、自分に媚びる者たちだ。愚かな女であればそれで良かっただろう。オリビアにとって、聡明であったことはある意味で不幸でもあったに違いない。
 媚びるか、王女である自分を利用するために近づくか。幼い頃からそんな男たちの心を敏感に感じ取ってきたのだから。
 だが、目の前の男は違う。オリビアの身分など、まるで気にした素振りはない。
 王女はもう一度レイアを見つめた。

「レイア……」

 レオンの真紅の闘気に包まれているレイア。
 まるでそれが彼女の体を回復させているかのように、レイアはゆっくりとそのまぶたを開く。

「オ、オリビア様。レオンは、私の騎士としての意地に付き合ってくれたまで。お怒りはどうかこの私に……」

 そして青い髪の剣士は、自分がレオンの腕に抱かれていることに気が付いて、少しだけ頬を染めた。
 冷厳の騎士と呼ばれた女にはあり得ない表情だ。レイアの切れ長の瞳が、自分を見つめるレオンから恥ずかし気に逸らされる。


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