冒険者になれなかったので花屋始めました

混乱

　クレアはひっきりなしに会場内を見回していた。会場内の出入り口は、クレアが入って来たものをふくめて四箇所ある。会場内にいる貴族たちの人数はざっと二十人。彼らを傷つけないようにラグジュアリーの屋敷から避難させなければいけない。

　クレアはひたすら機会を待っていた。だが舞台に立つ奴隷はひっきりなし。会場内の貴族たちは興奮状態になり、辺りに怒号が響いていた。

　ドンッ！

　突然、屋敷が大きく揺れた。地震だろうか。貴族の婦人たちはキャアッと悲鳴をあげていた。クレアは慎重に辺りを見回した。天井に吊るされている沢山のシャンデリアが激しく揺れている。

　ドンッ！

　再びの大きな揺れ。これは地震などではない。クレアは直感し、スクッと席を立った。会場内は大混乱になり、逃げまどう貴族が出入り口のドアに殺到した。

　係の者たちは観客を落ち着かせようと大声で叫んでいる。だがその声もかき消されるくらい客たちの悲鳴の方が大きかった。

　メリメリッという音が会場内に響き辺り、クレアが天井を見上げると。驚いた事に、天井の板が剥がれたのだ。剥がれた隙間から、ぬぅっと鋭いかぎ爪の手が入って来た。

　ドラゴンの手だ。クレアは瞬時に状況を把握した。メロディが子ドラゴンたちの魔法具を外してしまったのだ。子ドラゴンたちは自身の守護者たちに助けを求めたのだ。

「もうっ、メロディったら」

　クレアはぼやいたが仕方ないとも思った。メロディはお芝居であってもウェントゥスに首輪をつける事を猛反対した。このような結果になる事は予想できたはずた。それを止められなかったのはクレアの責任でもある。

　巨大なドラゴンの腕は、メリメリと天井に穴を開け、その穴からヌーッと巨大なドラゴンの顔が覗いた。貴族の婦人たちはかなぎり声の悲鳴を上げ、バタバタと失神してしまった。

　クレアはドラゴンの顔が突き出している真下に駆け寄って叫んだ。

「偉大なるドラゴンよ。どうか怒りをおしずめください！私たち人間のした事は許される事ではありません。ですが今あなたがこの屋敷を破壊すれば、ドラゴンの子供たちも危険です！」

　クレアはギョロギョロと動くドラゴンの目を見つめて言った。ドラゴンの目は怒りに震えていて、クレアの話しは耳に入っていなかった。ドラゴンはスウッと息を吸った。いけない、魔法を使うつもりだ。

　クレアは最大の水防御魔法を発動させた。クレアの水の膜は、会場内をおおいつくした。その直後、強力な火魔法がま水防御魔法にぶち当たった。火魔法の威力はすさまじく、クレアの魔力ではとうてい防げるものではなかった。クレアは両手を突き出して、水防御魔法を張り続けた。

　バリバリという音がして、クレアの背後の天井が崩れた。崩れた天井の木片がクレアの防御魔法に激しく音を立ててあたる。ぽっかりと開いた穴からは、二頭目のドラゴンの顔が入って来た。

　二頭目のドラゴンにまで攻撃魔法を仕掛けられれば、クレアの防御魔法は破壊されてしまうだろう。クレアは覚悟を決めた。元はと言えば、すべて人間が悪いのだ。欲にまみれて、穏やかに暮らすドラゴンを傷つけたのだ。人間は罰せられなければならない。

　クレアは目を強くつむった。脳裏にメロディとウェントゥスが浮かぶ。

　メロディ、ウェン。あなたたちだけでも無事に逃げて。

　クレアの防御魔法にもう一つ強力な攻撃魔法が直撃する。ピキピキとかん高い音がする。クレアの水防御魔法にヒビが入りだしたのだ。