冒険者になれなかったので花屋始めました

物言わぬ再会

　クレアたちは一つの棺の前に案内された。受付の男性が、棺のフタを開けた。キギッと木のきしむ音がする。ヒッとメロディの息を飲む音が聞こえてから、メロディのすすり泣きが聞こえてきた。

　棺に横たわっていたのは、数ヶ月前に別れたバジーレだった。バジーレの死顔は穏やかで、まるで眠っているようだった。メロディの泣き声がさらに大きくなる。

　ドラゴンのウェントゥスはパタパタと翼をはためかせ、動かないバジーレの腹の上に乗るとピィ、ピィ。と鳴いた。悠久の時を生きるドラゴンのウェントゥスには人間の死というものがわからないのかもしれない。

　以前自分を可愛がってくれたバジーレが、何故起きないのか不思議そうだ。クレアはそんなウェントゥスを抱き上げて言った。

「ウェン。バジーレさんはね、もう死んでしまったの。もう目を覚さないのよ？」
「ピィ？」

　クレアはそう言った途端、ポロポロと涙があふれてきた。クレアとメロディが泣いていると、背後から声をかけられた。

「おい、お前たちはその人の家族か？」

　クレアが泣きはらした顔で、声のした方を振り向くと、鎧を着た若い男が立っていた。顔にはまだ幼さが残っていた。新人の冒険者だろうか。クレアは手の甲で涙をぬぐって答えた。

「いいえ、家族ではないわ。でもバジーレさんも、ご家族も知っているわ」

　若い男は苦いものを口に入れたような顔をしてから、絞りだすような声で言った。

「その人は、俺を助けて死んでしまったんだ。俺は今回の盗賊討伐が最初の任務だったんだ。バジーレさんは俺と同じ討伐隊にいた。バジーレさんは俺が新人冒険者だから、注意をおこたるなと常に言っていた。俺はそんなバジーレさんが少し、うっとうしかった。俺は剣士だけど火魔法も使えるから、絶対に盗賊なんかに負けないとおごっていたんだ。だけど、いざ盗賊との戦闘になったら、俺、震えあがっちまって。盗賊に斬られそうになったのを、バジーレさんが、身をていして助けくれたんだ」

　クレアは若い男の話しをぼう然と聞いていた。この男がバジーレの忠告を聞いていれば、バジーレは死ななかったのではないか。クレアの手足がサアッと冷えた。クレアはこの若い男に怒りが湧いて仕方なかった。男はクレアに言った。

「な、なあ。バジーレさんの家族の居場所を教えてくれないか？」
「教えてどうするの？」

　クレアは自分でもびっくりするくらい冷たい声で答えた。若い男はドキリとした顔をしてから黙ってしまった。

「バジーレさんのご家族に会って、何て言うの？自分を助けてバジーレさんが死んでしまいましたって言うの？ご家族は貴方の話しを聞いて喜ぶと思うの？！会いたいわけないじゃない！貴方のせいでバジーレさんは死んでしまったのよ！」

　クレアの語気はどんどん強くなる。クレアは怒りが爆発しそうになっていた。泣きはらした顔のメロディが、びっくりした顔でクレアを見ていた。これは八つ当たりだ。バジーレが死んでしまい、その原因である若い男に怒りをぶつけたいだけなのだ。クレアは怒りのまま、若い男に言葉をぶつけた。

「貴方はバジーレさんの家族の事なんて何も考えてない！ただ自分の罪悪感を軽くしたいだけなんでしょう！？」
「クレアちゃん」

　メロディに名前を呼ばれて、クレアはギクリと身体を震わせた。言い過ぎだ。バジーレの家族でもないクレアが言っていい言葉ではなかった。だが口から出してしまった言葉はもう戻らない。クレアは若い男を無視して、メロディとウェントゥスに向きなおって言った。

「メロディ、ウェン。私たちでバジーレさんをご家族の所に連れて行こう」

　メロディとウェントゥスは黙ってうなずいた。若い男が何か呟いた。クレアが若い男に振り向くと、男は下を向いて言った。

「あんたの言う通りだ。俺は、取り返しのつかない事をしてしまった。苦しくて苦しくて、どうしていいのかわからないんだ。だからバジーレさんの家族に罵られて楽になりたかったのかもしれない」

　クレアはため息をついてから答えた。

「奥さんに貴方の事は伝えてあげる」

　若い男は、ハッと顔をあげてクレアを見た。クレアは何も答えず、受付の男性にバジーレの遺体の引き取り許可を求めた。