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テイマー養成学校

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 ジーナ・ブルボーは王立のテイマー養成学校の校長である。彼女は若い頃は優秀なテイマーとして冒険者に従事し、その後若いテイマーを育てるために教鞭をとった。そしてよわい六十にして校長の座についた。彼女は己にも生徒にも徹底的に厳しかった。何故ならテイマーという職業は、常に危険ととなり合わせだからだ。テイマーは猛獣から霊獣まで、危険な相手と対するのだ。小さな気の迷いから命を落とす事も十分ありえるのだ。

 この日一人の少女がテイマー養成学校に入学したいと訪ねて来た。本来なら生徒は十三歳で本校に入学しなければならない。だが入学を希望している少女の年齢は、すでに十六歳になっていた。ジーナは、黒い髪と瞳を持つ少女をジロリとにらんだ。少女の名はメリッサと言った。メリッサはかしこまって校長室の、ジーナの机の前に立っていた。校長室に入って来たのはメリッサだけではなく、何故か二人の男たちも入って来た。ジーナはメリッサと話がしたいのだ。無関係な人間には退室してもらいたいと思い、二人の男たちに眉根を寄せて声をかけた。

「貴方がたは一体メリッサの何なのですか?」
「「父兄です!」」

 二人の男の声が見事に重なった。ジーナの眉間のシワはますます深くなった。ブロンドで青い瞳の男は、とても誠実そうな若者だった。若者の肩には小さな天馬が乗っている。どうやら白馬の霊獣のようだ。だがメリッサの兄というには、髪の色も瞳の色も異なる。どう見ても実の兄ではない。もう一人の男は黒髪で黒い瞳だった。だが十六歳のメリッサの父親というには若すぎる、それにこの男はたえずうさんくさい笑みを浮かべていて、ジーナは信用ならなかった。

 それに、メリッサは霊獣とドラゴンを連れているのだ。霊獣は虎の子供で、まだ守護者から独立していないように思えた。ドラゴンにおいてもとても小さい。ジーナはある不信感を抱いた。近ごろは金持ちが霊獣を捕らえて無理矢理に真の名の契約をさせる者もいるという。まさかこのメリッサという娘は、子虎とドラゴンを無理矢理契約させているのではないだろうか。これは問い詰めなければいけない、ジーナはメリッサに質問した。

「メリッサ、そこにいる子虎とドラゴンは貴女の契約霊獣なの?」
「はい、私の大切なお友達です」
「貴女は霊獣語が話せるのですか?」
「いいえ、ですが生まれた時から動物とも霊獣とも話ができるんです」

 ジーナは驚いた。そんな事があるのだろうか。テイマーや召喚士が学校で徹底的に学ぶのは霊獣語と精霊語だ。独学で習得する事はかなり困難なはずだ。ジーナがいぶかしんでいると、子虎が霊獣語で話し出した。

『やいババァ!メリッサイジメたら俺が噛みついてやるからな!』

 何という口が悪い霊獣だろう。ジーナはこめかみがピクリと動いた。メリッサは慌てて子虎を抱きしめて注意をしている。どうやらメリッサが霊獣と話せるというのは本当らしい。ジーナは質問を変えた。

「メリッサ、貴女が霊獣の言葉がわかるという事は理解しました。ですが、それなら何故十三歳でテイマーの学校に入学しなかったのです?十六歳の貴女が十三歳の子供たちと共に勉強するのはとても大変ですよ?」

 メリッサはゴクリとツバを飲みこんでから、強い目でジーナを見つめてから言った。

「私の家は農家です。暮らしも裕福とはいえません。ですがテイマーへの夢をあきらめられなくて、冒険者をしてお金を貯めてテイマーの学校に通おうとしたんです」

 ジーナはメリッサの真剣な目を見つめ返した。メリッサからは強い決意が感じられた。たしかに学校に入学するには高い入学金と年間の学費が必要だ。十六歳のメリッサは学校に必要な資金を稼ぐ事ができたのだろうか。ジーナが問うと、メリッサはいいえと答えた。でもその代わりに、と言ってメリッサはスカートのポケットから何かをむぞうさに取り出して、ジーナの机の上に置いた。ジーナは机の物を確認して、驚きの声をあげた。それは勇者の称号のエンブレムだった。トランド国の紋章が刻まれたレリーフに間違いはなかった。

 しかしジーナは瞬時に、これはニセ物ではないかと感じた。たしかに勇者の称号を得た者は、学校の費用を免除される。だがメリッサは十六歳の少女だ。ニセ物のエンブレムで学費をごまかそうとしているのではないかと考えたほうがはるかにしっくりくる。ジーナはジロリとメリッサを見てから言った。

「メリッサ、この勇者の称号はどうやって手に入れたのですか?」
「はい。五十年前に勇者クリフたちが倒した魔王が復活したので、魔王を退治する手伝いをしてもらいました」
「・・・・」

 ジーナは二の句がつけなかった。嘘をつくにしても、もう少し信ぴょう性のある嘘があるだろう。ジーナは頬がヒクつくのをこらえながらメリッサに質問を続けた。

「メリッサ、貴女は十六歳の女の子じゃないの。貴女は魔法でも使えるの?」
「いいえ。私の魔力はとても少ないので魔法は使えません。だけど、沢山のお友達が私を助けてくれるんです」
「沢山のお友達?」
「はい!」

 ジーナながメリッサに詳しく訳を聞くと、メリッサの契約霊獣は子虎とドラゴンだけではないらしい。ジーナはますます怪しいと思いメリッサに言った。

「ではメリッサ、貴女のお友達とやらを全員この場に呼んでもらえますか?」

 そこでメリッサは困った顔をした。ジーナは心の中でニヤリと笑った。やはりメリッサの言った事はデタラメで、勇者の称号を得たのもきっと嘘なのだろう。だがメリッサはためらいがちに答えた。

「あの、全員だとここじゃ狭すぎます」


 ジーナはメリッサたちを連れてテイマー養成学校の校庭に出てきた。この時間は、生徒たちは授業を終え、学生寮に戻っている。他に校庭にいる生徒はいなかった。ジーナは疑いの目でメリッサに注目していた。彼女の横には自称父兄の男たちも立っている。メリッサはジーナを見るとニコッと笑ってから言った。

「レオ!セレーナ!」

 メリッサの声に、雄々しいライオンの霊獣と美しいヒョウの霊獣が現れた。メリッサの側にいた子虎がライオンにしがみついた。

『オヤジ!セレーナおばちゃん!』
『ティグリス、いい子にしていたか?』

 ライオンの霊獣はいげんのある声で子虎に言った。子虎は胸をはって当然だ、と答えている。メリッサはライオンとヒョウに近づいて言った。

「レオ、セレーナ。来てくれてありがとう」
『何かあったのメリッサ?』

 メリッサの言葉にヒョウの霊獣は優しい声で言った。

「あのね、この人はテイマーの学校の校長先生なの。校長先生に私のお友達を紹介したくて」

 ヒョウの霊獣は微笑んでジーナに向きなおって言った。

『まぁ、メリッサの先生なの?どうかメリッサをよろしくお願いします。とっても優しくて強い子なんですよ』

 ヒョウの霊獣の横のライオンの霊獣も、ウンウンとうなずいている。次にメリッサは、ルプス。と言った。すると狼の霊獣が現れた。まだ契約霊獣がいるのか、ジーナは内心驚いた。狼の霊獣はメリッサの側によると、キョロキョロし出した。そしてためらいがちにメリッサにいった。

『メリッサ。その、ノックスは?』

 狼の言葉にメリッサは微笑むと、黒髪の男を見た。黒髪の男も笑顔になり、ノックス。と言った。すると男のとなりに真っ黒で大きな狼の霊獣が現れた。黒狼はルプスと呼ばれた狼に気がつくと、駆けよってしきりに頬ずりをした。ルプスは少し嫌そうだったがそのままにしていた。

 次にメリッサは、エルク。と言った。すると巨大なヘラジカの霊獣が現れた。ヘラジカの大きさにジーナは驚きを隠せなかった。メリッサはニコニコしながらヘラジカの霊獣と会話をしていた。するとヘラジカの霊獣が、エラフィ。と呼んだ。ヘラジカの側に小さな小鹿の霊獣が現れた。きっとヘラジカの養い子なのだろう。小鹿に気づいた子虎がやって来て、二匹で遊び出した。それを見ていたヒョウの霊獣が、グラース。と呼んだ。するとユキヒョウの子供が現れた。ユキヒョウの子供も子虎と小鹿と一緒になって遊び始めた。

 ジーナは目をみはった。霊獣の子供はとてもか弱い存在で、守護者になった霊獣は子供を人間の前には決して出さない。だが霊獣たちはメリッサの事をとても信頼しているようだ。次にメリッサは、フローラ。と呼んだ。すると校庭ににわかに黒い影ができた。ふしんに思ったジーナが顔をあげると、そこには小山があった。否、小山ではなかった。そこには見上げるほど巨大なドラゴンがいたのだ。ドラゴンは見た目からは想像もつかないような穏やかな声で言った。

『メリッサ、何か困った事があったの?』

 メリッサは首をふって、ジーナに友達を紹介しているのだと言った。もうこの時点でジーナの精神はいっぱいいっぱいだった。まわりには猛獣がわんさかいるのだ。何とか平静を保っているのがやっとだった。巨大なドラゴンはメリッサの言葉にたいそう喜んで、ヘレン。と呼んだ。するとドラゴンの側にキツネの霊獣が現れた。ドラゴンはジーナをのぞき込むように顔を近づけて言った。

『先生、メリッサの事をよろしくお願いしますわ。メリッサはとても勇気のある優しい女の子ですの。私の事も助けてくれたのよ?』

 ジーナは歯がガチガチと震えて声が出なかったので、首をコクコクさせてうなずくのが精一杯だった。ドラゴンはジーナが了解した事に満足したように霊獣たちに言った。

『ねぇ皆、メリッサの新しい門出をお祝いしない?』

 霊獣たちはドラゴンに賛同した。ドラゴンは土魔法を使って、沢山の花を出現させた。赤やピンク、黄色や青、オレンジの花が空から降ってくる。ドラゴンは、キツネの霊獣にお願い、と言った。キツネの霊獣は風魔法を使って、花を風に飛ばした。金髪の青年も、肩に乗った白馬の霊獣にお願い、と言った。すると小さかった白馬が大きくなり、翼を広げて空中に飛び立ち風魔法を発動させた。色とりどりの花が空を舞う。ヘラジカの霊獣も風魔法を使い、花を空中に巻き上げた。ジーナの見上げた空には色とりどりの花がフワフワと浮いていた。

 するとヒョウの霊獣が水魔法を発動させた。細かい水が大量に発生して、空には虹がかかった。メリッサは大きな虹がかかった空に、沢山の花が飛び交っているのを見て歓声をあげた。するとメリッサの側にいた子虎が大きな虎になり、ガルルとうなり声をあげた。すると小さなドラゴンもどんどん大きくなり、小山が二つになった。ドラゴンは大きな咆哮をあげた。虎とドラゴンに合わせて霊獣たちも呼応する。狼たちは遠吠えをあげ、霊獣たちは咆哮し、もう一頭のドラゴンも大きな咆哮をあげた。その音に大地は震えた。

 メリッサは霊獣たちの声にちっとも驚くそぶりも見せず、ジーナにクルリと振り向くと、無邪気な笑顔で言った。

「校長先生、ここにいる皆が私の大切なお友達なんです」

 ジーナの精神は限界を超えた。緊張の糸がプチリと切れると、それきり意識を失った。

 
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