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現在のグリフ

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 グリフはアーニャと同じ、黒い髪、黒い瞳の少女を見つけた。グリフはまるで引き寄せられるようにその少女を追いかけた。その少女はメリッサと言った。

 メリッサは好奇心おうせいで、活発な少女だった。グリフが娘を亡くした事をメリッサが知った時、彼女は食い入るようにグリフを見つめた。まるで迷い森の中で、やっと仲間を見つけたような目だった。そこでグリフは気がついた。メリッサもまた、グリフと同じように大切な人との別れを経験しているのだと。

 グリフとメリッサは言葉を交わしたわけでもなく、自然と役割を決めていた。グリフはメリッサの父親に、メリッサはグリフの娘を演じた。まるで娘のアーニャとやったままごとのようだ。そう、これはゴッコ遊びなのだ。グリフは時にメリッサをしかり、時に甘やかした。メリッサはグリフにわがままを言い、そして拗ねて甘えた。グリフとメリッサは共犯者のように目線を合わせてこのゴッコ遊びを遂行した。

 メリッサの同行者だったアスランという若者は、グリフがメリッサに触れるたびにかんしゃくを起こした。まるで大切にしていた宝物を取り上げられた子供のようだった。アスランは自身がメリッサという少女に心惹かれているというのに、自身ではまるで気づいていないようだ。アスランは姉と仲が悪く、可愛い妹がほしかったからメリッサを可愛がっているのだと独自の見解をひけらかしている。だがグリフから見れば、好いている少女をグリフにとられ、わめいている情けない男にしか見えなかった。

 若者の名前を聞いてすぐにわかった。アスラン・カルヴィン。勇者の称号を五個獲得した伝説の勇者エリオス・カルヴィンの息子だ。息子のアスランが勇者の称号を獲得したという話は聞かない。会ってみれば、アスランはとんでもない甘ったれた性格をした男だった。

 だが潜在魔力と剣技においては、勇者エリオスをしのぐほどの才能だった。勇者エリオスはアスランの性格を見てさぞガッカリした事だろう。アスランはまっすぐで純粋な若者だ。グリフのようにねじ曲がった性格ではない。家族に愛情を持って育てられた事がうかがえる。それなのにアスランは、愛情と期待がかけられているのにもかかわらず、剣を振るう事を嫌がっていた。

 幼かったグリフが心底欲しがった家族の愛情と期待を一身に受けていたというのに。グリフはアスランの事が大嫌いになった。ただの八つ当たりだと自分でもよくわかっているのだが、アスランへの態度を改める事はできなかった。

 メリッサたちと旅を続けているうちに、偶然懐かしい人の住まいの近くに着いた。イーサン・エルナンデス子爵。幼かったグリフの精神的な支えになってくれた恩人だ。グリフが霊獣ノックスと追いかけっこのような生活をしている時に、イーサンが剣技大会で対戦相手を殺め、東の地に幽閉された事を聞いた。

 本当はすぐにでも会いに行きたかった。だが、イーサンが今のグリフを見てどう思うだろうと考えた。グリフは最愛の娘も守れなかった、落ちぶれた男になり下がっていたからだ。自分の夢をグリフに託して背中を押してくれたイーサンに合わせる顔がなかった。

 懐かしい恩人に出会って、グリフは間に合わなかったのだと悟った。イーサン・エルナンデスは、魔物と契約して人ならざる者となってしまったのだ。イーサンは自分の執事さえも攻撃しようとしていた、グリフはたまらず執事を守った。そして執事を保護してイーサンから逃げる時、キラリと光る物を見つけ、反射的に拾った。グリフが手のひらのそれを見ると、懐かしい祖母の形見のブローチだった。グリフはすべてのかたがついた後、執事のトーマスにブローチの事を聞いた。

「旦那さまはそのブローチを常に身につけておいででした。女性のアクセサリーでしたので不思議に思い質問した事がありました。すると旦那さまはこうおっしゃったのです。友との約束なのだ。と」

 グリフは胸が締めつけられる思いだった。イーサンはグリフとの約束をずっと守ってくれていたのだ。子供のたあいもない約束を。グリフは執事のトーマスに、イーサンの形見としてもらえないかと聞いた。トーマスはグリフの顔をしげしげと眺め、ハッとしたような顔になり、深々と礼をしてしょうだくしてくれた。

 グリフは一人になると事あるごとに祖母とイーサンの形見となったブローチを見ていた。心を占める感情は、後悔の念であふれていた。イーサンはグリフを見て、幼いグリフィスの成れの果てだと気づいただろうか。いや、気づかなかったのだろう。だからグリフに一言も言葉を発しなかったのだ。グリフは気づかれなくて良かったと思った。

 ある時アスランが唐突に話し出した。それはグリフたちが、遠くで剣の稽古をしているメリッサをぼんやり見ている時だった。

「僕はずっと考えていたんだけど、あの時エルナンデス子爵は殺気を出していなかったんだ」

 あまりの脈絡のない発言に、グリフは渋面を作って聞き返す。

「あんだよアスラン、意味わかんねぇよ、最初っから話せよ」

 アスランはしごく真面目な顔をしてグリフに言った。

「僕はずっと疑問に思っていたんだ。僕と執事のトーマスが玄関で騒いでいただろう?その時エルナンデス子爵は強力な攻撃魔法を僕たちに放った。その時僕はビックリしたんだ」
「エルナンデス子爵が自分の執事すらも危険にさらそうとしたからだろ?」

 グリフの問いにアスランは首を振って応えた。

「いいやそうじゃないんだ。僕はずっと剣の道を歩んでいるからわかるんだ。エルナンデス子爵が攻撃魔法を放とうとすれば、殺気ですぐに防御魔法を発動させられるはずだった。だが僕は反応できなかった。だけどグリフはすぐに反応して僕とトーマスを守ってくれた。その時僕はエルナンデス子爵の顔を見たんだ。彼はとても嬉しそうだった。よく理解できないんだけど、エルナンデス子爵はグリフが魔法を使うところをとても嬉しそうに見ていたんだ」

 グリフはアスランの言葉を聞いて、鼻の奥がツンとするのがわかった。イーサンはグリフに気づいてくれたのかもしれない。そう思った途端、グリフの目からポロポロと涙がこぼれた。デリカシーのかけらもないアスランは、不思議そうにグリフの顔を覗き込もうとした。

 グリフはとっさにアスランの顔面を殴った。キレたアスランがグリフに殴りかかる。グリフとアスランの殴り合いに気づいたメリッサが、グリフたちの間に入って止めようとする。顔面の痛みでグリフの涙は止まった。これはアスランの個人的見解で、真実ではないのかもしれない。だがグリフはイーサンに気づいてもらえたかもしれないと知って嬉しかったのだ。
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