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恐怖

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 パティは口の中がカラカラにかわいていくのがわかった。何とかツバを飲み込んで言った。

「だって、冒険者には逮捕権も罪人を裁く権利も持ってはいないわ」
「ええ、その通りよ。冒険者の持っている特権は、逮捕補助権。逮捕権を持っている騎士団から代行して行うの。殺人なんてもってのほか。だけどね、一つだけ特例があるわ」

 マイラはそこで言葉を切った。パティは黙ったままマイラの次の言葉を待つ。マイラは静かに言葉を続けた。

「それは、正当防衛。自身と、自分の周りにいる第三者の安全を確保するために、やむを得ず犯罪者の命を奪った事にすれば罪にはとわれないわ」
「じゃあ、マフサたちは何度も正当防衛と主張して、依頼対象の犯罪者の命を奪ったっていうの?」

 マイラはそこで口をつぐんだ。無言の肯定だった。パティはいたたまれなくなって、叫ぶように言った。

「ねぇ、マフサたちは犯罪者を殺したと偽って、報酬を騙し取っているんじゃないの?!」

 パティはいちるの望みで、質問した。マイラはゆるく首を振って答えた。

「いいえ。マフサたちはちゃんと犯罪者の死の証拠を持って帰っているわ。犯罪者の特徴的な身体の一部をね」

 パティは胃から何かがせり出るような感覚に襲われ、遅れて吐き気をもよおした事に気づいた。マフサは犯罪者を殺した事を証明するため、死体の一部を切り取って持ってきたのだ。

 刺青の入った腕や足などだろうか。いや、手っ取り早いのは犯罪者の首を持って行く事だろう。

 その想像に思いいたって、パティは思わず口をおさえた。

「パティ!大丈夫?!」

 マイラが慌ててパティを抱きしめ背中をさすってくれる。肩にとまったピンキーと、ショルダーバックの中のアクアたちが心配そうにパティを見上げている。

 パティは必死にえずきを飲み込んで、涙目で答えた。

「大丈夫よ、皆。マイラ、ありがとう。私の事を気づかって、マフサたちの事を言わないでくれていなのね?だけど、何で今話してくれたの?」

 マイラはしばらくちゅうちょするようなそぶりをしてから言った。

「ねぇ、パティ。貴女は火剣の掃除屋って聞いた事ある?」
「?。いいえ。どういう職業なの?」
「火剣の掃除屋は職業じゃなくて、ある剣士のあだ名なの。フリーの始末屋っていうのかな」
「・・・。その剣士も人を殺すの?」
「いいえ。火剣の掃除屋にはポリシーがあるみたいで、殺しは絶対にしないわ。依頼された相手の手を斬り落とすけど、命だけは助けるの」
「・・・。火剣の掃除屋という人は、圧倒的に剣が強いのね?」
「ええ、そうよ。相手に手ごころを加えられるくらいにね」
「その掃除屋さんが、マフサたちとどういう関係があるの?」

 マイラは気難しい顔になってから答えた。

「火剣の掃除屋に依頼をするのはおもに金持ち連中ね。自分を狙う殺し屋を始末してくれっていう。火剣の掃除屋は、殺し屋の剣を持つ腕を斬り落として、殺し屋である事をやめさせているの。だけど、今度は殺し屋たちが束になって冒険者協会に依頼したのよ。火剣の掃除屋を捕まえてくれって。その依頼を受けたのはマフサたち。殺し屋連中もマフサたちの噂を聞いているのよ。冒険者になりたての子供なのに、対象相手を容赦なく殺すって」
「マイラ。マフサたちがいつ掃除屋さんを狙うかわかる?」
「・・・。パティ、マフサたちを止めにいくの?一人では危険よ。私、トグサたちに火剣の掃除屋の護衛を依頼しようと思っているの。その前にパティに話さなきゃって思って、」
「ありがとう、マイラ。教えてくれて。トグサさんたちには言わないで」
「パティ!一人で行く気?!だめよ、危険だわ!」

 パティは肩に乗るピンキーに頬を向けた。ピンキーは嬉しそうにパティにすり寄った。パティの膝の上に置かれているショルダーバックの中からは、マックスたちが顔を出して嬉しそうに見上げている。パティはマックスたちから視線をマイラに戻した。

「大丈夫。私は一人じゃないわ。私には頼りになる友達がいるの」


 
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