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アイシャの願い

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 シンドリア国王エドモンド五世襲撃から数日が過ぎた。シュラは召喚士養成学校の学生寮のあてがわれた部屋で、落ち着きなく過ごしていた。本を読んでいてもちっとも頭に入らなかった。

 エドモンド王を暗殺しようとした刺客は、マリアンナの生徒メアリーだったのだ。メアリーは魔法具で操られていた、メアリーを操っていたのは召喚士養成学校のマリアンナのクラスの副担任メグアレクだった。メグアレクの表の顔は魔法具に詳しい魔法使いだったが、その実ギガルド国の息のかかった刺客だったのだ。メグアレクは牢屋に入れられ、たび重なるじん問を受けたが、何も話さなかった。

 マリアンナはシュラに言った、もしメアリーの処分が死刑だったらメアリーと、その両親を連れて逃げるつもりだと。そしてシュラたちに一緒に逃げないかと提案したのだ。シュラはエドモンド王がメアリーの事は心配するなと言っていた事を指摘するが、マリアンナは難しい顔をした。エドモンド王は慈悲深い方だが、エドモンド王を傷つけたのはメアリーである事は事実だ。

 メアリーに何らかの処罰を与えなければ他に示しがつかないのだ。シュラはマリアンナと共に行きたいと思うが、シドはアイシャと別れる事を嫌がるだろう。シュラは考えても仕方ない事をずっと考えていた。だがメアリーの処分は未だに決まらなかった。

 そうこうしているうちにマリアンナとアイシャが城に呼ばれた。何とシュラたち獣人も呼ばれたのだ。シュラは不安に思った、シドは失敗こそしたがエドモンド王の暗殺を企てたのだ。獣人のシドも処罰されてしまうのではないだろうか。

 シュラは不安を抱えながらシンドリア国王の玉座の前にひざまずいた。シュラの両どなりにはリクとミナが座っている。リクとミナは落ち着きなく辺りをキョロキョロしてせわしない。リクのとなりにはシドが片膝をついてひざまずいている。視線は抜け目なく辺りを見回している。シュラたちの目の前にはマリアンナとアイシャがいて、二人の目の前にはエドモンド王が玉座に座っていた。エドモンド王はおごそかな声で言った。

「マリアンナ、アイシャ、この度の事大義であった。よってそなたたちに褒美をとらせる。なんなりと申すがよい」

 マリアンナはあらかじめエドモンド王が何を言うのかわかっていたようで、淀みなく答えた。

「身にあまるお言葉感謝いたします。この度わたくしは生徒がさらわれたとはいえ、無断でシンドリア国を出て、ギガルド国に入りました。事が前後してしまいますが、わたくしに諸外国への出入国許可を賜りとうございます」
「うむ、ギガルド国に捕らわれていた我が国の使者を救い出した事、重ねて大義であった。マリアンナ、そなたをシンドリア国の大使として、諸外国の通行を許可する」
「ありがたき幸せ」

 マリアンナは深々と頭を下げる。そしてとなりのアイシャの背中をトントンと軽く叩く。次はアイシャの番だと知らせたのだ。アイシャが何も発言しないでいると、エドモンド五世は声を和らげて再度アイシャにたずねた。

「アイシャ、この度は余の大切な者たちを助けてくれて感謝する。何か余にできる事でアイシャのしてほしい事はあるか?」

 アイシャは居ずまいを正し、おずおずと話し出す。

「王さま、何でもよろしいですか?それならお金がほしいです」

 エドモンド王はアイシャが金品を欲しがる事を意外に思ったのか、驚いた顔をした。となりのマリアンナも同じく驚いてアイシャを見た。シュラもアイシャの発言には驚いた。シュラの知る限り、アイシャという少女はあまり物欲がないように思えたからだ。エドモンド王はほほえんで答えた。

「よかろうアイシャ、金はいくら必要なのだ?」
「それが、わからないんです。あたしの家はシンドリア国のはしっこの町の教会です。雨が降るといつも雨漏りがして、冬はすきま風が吹いてとても寒いんです。だから教会の修繕をするお金がほしいんです。それと、弟や妹たちに服と勉強道具や本を買ってあげたいんです。王さま、もう一つよろしいですか?あたしには最近四人の友達ができました。その友達は人間とは違う獣人です。彼らは人間に売り買いされているんです。友達をお金で買うなんてしたくないけれど、彼らが自由になるためなら、あたし彼らを買えるだけのお金がほしいんです」

 シュラはハッと息を詰めた。そしてアイシャに深く感謝した。アイシャはシュラたち獣人の境遇をあわれんで助けようとしてくれたのだ。リクとミナはキャッキャと嬉しそうで口々に話し合っていた。

「アイシャが私たちのご主人になってくれるの?嬉しい!アイシャ優しいもの!」
「おいらたちアイシャの持ち物になったら、またあの角煮サンド食べさしてくれるかなぁ?」

 シュラは楽しそうに話すリクとミナに、しいっと静かにするようたしなめた。アイシャの気持ちは嬉しいが、シンドリア国王は許可を出すまい。

 アイシャは善良な少女だから考えもしないだろうが、アイシャがシュラたち四人の獣人を手に入れるという事は、アイシャは四つの兵団と同等の武力を有するという事に他ならないのだ。国の王がそんな事許可するはずがない。

 だがせめてリクとミナだけでもアイシャの所有物となって、大切にしてもらえないだろうか。それさえ叶えてもらえるなら、シュラとシドはシンドリア国の道具として一生働く事を誓うだろう。エドモンド王はアイシャの願いを聞くと、うむとうなずいた。

「アイシャよ、教会の件あいわかった、すぐに手配させよう。だが、獣人を買う事は許可はできぬ」

 アイシャが息を飲むのがわかった。やはり無理か、シュラは下唇を噛んだ。こうなる事はわかりきっていた、獣人が自由に暮らそうなどと、夢のまた夢だ。シンドリア国王はさらに話を続ける。

「アイシャの言う通りだ、友を金で買うなどあってはならん。それにな、シュラとシドとリクとミナは余にとっても命の恩人なのだぞ?命の恩人には、余は精一杯の恩返しをしなければいけないのだ。よってシュラ、シド、リク、ミナの四名にはシンドリア国の騎士の称号を与える。この四人の獣人たちはいかなる者たちにも自由をおびやかされる事はない」

 アイシャは驚いたようにエドモンド王の顔を見る。

「王さま、本当ですか?もうシドたちはお金で売り買いされたり、暴力を受けたり、誰かを傷つけたりしなくてもいいの?」
「ああ勿論だ。シドたちが人間に傷つけられる事は余が許さぬ、シドたちが他国の者にうばわれる事があるなら余が必ずシドたちを助ける。約束するぞアイシャ、シドたち獣人の自由と幸せは余が守る」

 ひざまずいていたアイシャはすくっと立ち上がりエドモンド王の玉座まで走り、あろう事かエドモンド王に抱きついてしまった。その事態にマリアンナはヒイッと悲鳴をあげる。

「王さま、ありがとうございます。シドたちが自由で幸せになれるのね、夢みたいだわ」

 エドモンド王は、アイシャが飛びついてきたのを驚きもせず抱き上げると自身の膝の上にアイシャを乗せた。きっとエドモンド王にも子供がいるのだろう。シュラはエドモンド王の言葉が信じられず、しばし呆然としていたが次第に言葉の意味を理解して、目から涙が溢れ出した。やっとだ、やっと自由になれる。気が遠くなるほどの地獄のような日々を過ごして、やっと光の当たる場所に出られたのだ。床に頭をつけて泣き続けるシュラに、リクとミナは心配そうにシュラにすがりつく。

「シュラ、大丈夫?どこか痛いの?」
「シュラ、どうしたの?」

シュラは横にいるリクとミナを抱き寄せて、ほおずりをした。

「大丈夫だよ、後で教えてあげるから、もう少し静かにして」

 シュラが静かに泣き続けると、背中に暖かで大きな手が触れた。シュラが顔をあげると、シドがほほえんでいた。シュラは家族が救われた事を実感した。




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