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霊獣シロちゃん

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 アイシャはメアリーと初めて会った時の事を思い出した。アイシャはメアリーと同室になった最初の夜、自分があてがわれたベットに入っても眠る事が出来なかった。アイシャはいつも小さな弟や妹と一緒に寝ていたので、一人で冷たいベッドで寝る事は今夜が初めてだったのだ。

 住み慣れた家を離れ、家族と別れ、アイシャはさびしくてさびしくていつしか泣き出していた。となりのベッドではメアリーが寝ている。うるさくしてはいけないと、おえつがもれないようにアイシャは口をふさぎながら泣いていた。すると突然アイシャが頭までかぶっていた毛布がはぎとられた。

 そこにはけわしい顔のメアリーが立っていた。怒られる。アイシャは瞬時に思った。だがメアリーは何も言わず、ズイズイとアイシャのベッドに入ってきて、アイシャを押すのだ。どうやら自分をアイシャのベッドに入れろというらしい。

 アイシャはベッドのはじに寄って、メアリーの場所を作った。メアリーはアイシャのとなりに横になると、アイシャをギュッと抱きしめて、頭を撫でてくれた。メアリーの優しさにアイシャはさらに泣き出してしまった。

 メアリーは自分の肩口にアイシャの顔をうずめて、背中をポンポンとたたいてくれた。それはアイシャが泣き疲れて眠るまで続いた。次の日アイシャは真っ赤に腫れた目でメアリーに謝った。するとメアリーはぶっきらぼうに答えた。

「何のこと?」
「メアリーのネグリジェに鼻水つけた事」
「・・・、それは今後気をつけなさい」
「うん!」

 メアリーはそれからアイシャが夜に泣くたびにベッドに入ってアイシャを抱きしめくれたのだ。メアリーはいつもアイシャの側にいてくれた。勉強を教えてくれて、世話を焼いてくれた。教会では一番年上だったアイシャは誰かに世話を焼いてもらったのは初めてだった。アイシャにとってメアリーは姉のような存在になった。

 アイシャが孤児だという事で、クラスの生徒たちからイジメを受けた時、アイシャはあまりの悪意の言葉を投げつけられて、足が震えてその場にくずおれてしまいそうになった。そんな時メアリーがアイシャの手をギュッと力強く握ってくれたのだ。

 メアリーは何時だってアイシャの味方でいてくれた。メアリーにきっと助けると約束したのに。やっとメアリーに恩返しができると思ったのに。アイシャは自身の血の気が引いていくのが分かった。息が荒くなり、叫び声を上げてしまいそうだった。

 となりには黒猫のドロシーが心配そうにメアリーを見ている。アイシャはふと思った、ドロシーの守護霊獣のシロちゃんならメアリーを救ってくれるのではないだろうか。傷つき今にも死にそうなマリアンナを救ってくれたシロちゃんならば。

 だが契約霊獣でもないシロちゃんを呼び出す事はできない。シロちゃんが下界に降りてくるのは、養い子のドロシーが危険に陥った時だけだ。だからといって健気にアイシャを守ってくれているドロシーを傷つける事なんて絶対にできない。アイシャはどうしたらいいのかわからなくなった。目からは今まで必死に耐えていた涙が流れる。助けて。アイシャは無意識に口に出していた。

「助けてシロちゃん」

 アイシャは泣きながらシロちゃんを呼ぶ。無駄な事だとわかっているのに。すると突然柔らかな声がした。

「やっと呼びおったわい。このまま呼ばれないのではないかとヒヤヒヤしたぞ、アイシャ」

 アイシャの側には美しい白虎の霊獣がいた。

「シロちゃああん!メアリーが!メアリーがおばあちゃんに」
「ほれほれ泣くでない。まずは娘の怪我の具合を見るぞ」

 シロちゃんはそう言って、横になっているメアリーのおでこを鼻でちょんっとつついた。

「うむ、傷は完璧にふさがっているの。この娘の魔力と生命力がすべてしぼり取られているの、人間の作る魔法具とは何と愚かでおぞましい事よ。どれ、わしの光魔法でこの娘の魔力と生命力を巻き戻してやろう」

 シロちゃんは霊獣光魔法を発動したらしく、メアリーがまぶしい光に包まれた。すると紙のように白かったメアリーのほほがりんごのように赤くなった。アイシャはおそるおそるシロちゃんにたずねる。

「シロちゃん、メアリー助かる?」
「誰にものを言っておるのじゃ、わしが魔法を使うのじゃ、いずれこの娘は目を覚ますじゃろう」

「シロちゃん殿!ありがとうございます!」

 固唾を飲んで見守っていたマリアンナは、ころげるようにメアリーの元までくると、メアリーを抱き上げ、強く抱きしめた。アイシャは喜んでシロちゃんの首に抱きつく。シロちゃんはゴロゴロと喉を鳴らす。そしておごそかに言葉を続ける。

「よいかアイシャ、マリアンナよ。わしは世のことわりを曲げる事は好まぬ。だがわしは、この娘の強靭な精神力と、他を傷つけたくないと思う優しさに感服したからこの娘を助けたのだぞ。お主たち人間は、人を操るおぞましい魔法具を作らせないようにらしていくべきじゃぞ。・・・、マリアンナお主ちっとも聞いてないのぉ」

 マリアンナはシロちゃんの言葉にうんうんと返事していたが、涙と鼻水だらけの顔をメアリーのほほにおしつけほおずりしていた。それを見てアイシャは、あれはちょっと嫌だなと思った。

「わかったよシロちゃん、もうメアリーみたいに、無理矢理人を操る魔法具は作らせないようにする」

 シロちゃんはおだやかにうなずいた。シロちゃんの足元には、黒猫のドロシーがしきりに頭をこすりつけている。シロちゃんは慈愛に満ちた目でドロシーに声をかける。

「おお、小黒〈シャオヘイ〉また魔法が上手になったの」

 黒猫のドロシーはニャッと白虎の守護者に話しかける。

「何じゃ小黒〈シャオヘイ〉、わしがアイシャに頼られたかっただと?うん、まぁそぉかの、頼られれば悪い気はせんのぉ」

 シロちゃんは恥ずかしそうに口ごもる。アイシャは笑ってもう一度シロちゃんのふわふわの首筋に顔をうずめてから、心からありがとうと言った。シロちゃんは、それじゃの。と一言いうとパッと姿を消してしまった。アイシャはメアリーをマリアンナとドロシーに任せ、エドモンド王の側に走った。

「おおアイシャ、娘は助かったのだな」

 エドモンド王は疲労をにじませた顔で、アイシャに笑いかけた。アイシャはエドモンド王の足元にしゃがみこむと、床に頭をすりつけて話し出した。

「親愛なるシンドリア国王陛下、わたくしのような孤児にもお心使いくださり、感謝します。慈悲深い国王陛下、この度わたくしの友が行った事は許されない悪事です、ですがどうかみずからの意思に背き操られたわたくしの友にどうか寛大な御処置をお願いいたします」

 アイシャは頭を床にすりつけてながら必死に訴えた。エドモンド王はアイシャの態度に驚いてひざまずくと、アイシャを抱き起こした。顔を上げたアイシャはボロボロと泣いていた。操られていたとはいえ、メアリーはシンドリア国王に怪我をさせたのだ。死罪は免れないという事は子供のアイシャでもわかっていた。エドモンド王はパジャマのそででアイシャの涙を拭いてやると、アイシャが驚かないようにゆっくりと優しい声で語りかけた。

「アイシャ、そなたは余の事も、余の大事な者たちも救ってくれた。余の命の恩人じゃ。そしてあの娘も、操られていたのに余と余の部下たちの命も必死に奪わないように戦ってくれたのだ。あの娘も余の命の恩人なのだ。だがはた目から見れば、娘が余に危害を及ぼした事は事実だ。のぉアイシャ、アイシャの望むようにはいかないかもしれないが、この件は余に任せてくれぬか?」

 アイシャは泣きながらうなずいた。エドモンド王はアイシャの頭を優しく撫でてくれた。


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