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桐生家の人々

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 猪熊は佐倉と、鑑識一名と共に桐生家の客間にいた。目の前には当主である桐生兼光。そのとなりには息子の幸士郎が座っていた。

 兼光は眼光鋭い油断ならない人物だった。息子の幸士郎はキリリとした美少年だ。

 何故猪熊が桐生家にいるのかというと、人形使いの家元である天賀家と桐生家に任意の事情聴取を願い出たのだ。

 天賀家は取りつく島もないほどに断られたが、桐生家は意外にもこころよく申し出を受けてくれたのだ。

 兼光は威厳のある声で言った。

「では刑事さん。御用向きは、我々の契約している戦人形を確認したいという事でよろしいですかな?」
「はい、ぶしつけなお願いですが、ご協力よろしくお願いします」

 兼光はうなずくと、息子の幸士郎に目配せした。幸士郎も小さくうなずき、二人は退室した。

 しばらくすると、兼光はピエロの格好をした少年人形を抱えてやって来た。幸士郎は小型のトランクを持っている。

 伊織も小さなトランクを持っていた。人形を持ち歩く時はトランクに入れるものなのかもしれない。

 幸士郎はトランクの中から美しい少女人形を取り出した。兼光と幸士郎は、人形をひざの上に置いたまま無言だった。

 たまりかねた猪熊が口を開いた。

「あの、人形は動かないんですか?」

 猪熊の疑問に、兼光は苦笑しながら答えた。

「刑事さん、我々は人形を動かす芸人ではないのです。人形を動かす事は古来よりの神事とこころえております。不用意な操りはご容赦願います」
「あ、これは失礼しました!」

 猪熊は素直に非礼を詫びた。伊織は自身が人形使いである事を理解させるために、猪熊たちに人形を動かしてくれただけだったのだ。

 猪熊は兼光に断って、人形の手にルミノール反応液を塗布させてほしいと願い出た。兼光は嫌な顔をした、これは後ろ暗い事があるのではないか。猪熊がそう考えていると、兼光はため息をついて答えた。

「刑事さん、この人形たちの価値はご理解いただけていますか?」
「は?値段という事ですか?そうですねぇ、五十万くらいですか」

 猪熊の返事に、兼光はフッと笑って答えた。

「私の契約しているクラウンは、売る事などは考えられませんが、推定価格は八百万です」
「は、八百万円?!」
「ええ。幸士郎の契約人形の桜姫は、製作者の人形師が亡くなっているため、推定価格は一千万以上」

 猪熊は驚きのあまり言葉を失った。兼光は苦笑しながら、細心の注意をして検査をしてほしいと念を押して許可してくれた。

 鑑識の男は手をブルブル震わせながら、人形の白魚のような手にルミノール溶液を吹きかけた。

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