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加奈子の心

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 加奈子は振り返ると、ぼう然とその場にしゃがみこんだまま動かないでいる桃香に近寄った。

 桃香は優秀なテレパスだ。恵理子たちのおぞましい考えを知ってしまい、さぞかし傷ついただろう。もしかすると、このまま精神がおかしくなってしまうかもしれない。

 加奈子はゆっくりと桃香の側に座り込むと、桃香を優しく抱きしめて言った。

「桃、ありがとう。私を呼んでくれて。おかげで、大切な友達を助ける事ができたわ」

 無反応だった桃香の身体がピクリと動いた。加奈子はゆっくりと桃香の顔を覗き込んだ。桃香のガラス玉のような瞳が涙にうるむと、大きな瞳からポタリと涙がこぼれ落ちた。

「加奈子ちゃん?」
「うん。桃、よくがんばったね?」

 桃香は、顔をくしゃくしゃにすると、わんわんと小さな子供のように泣き出した。加奈子は桃香をしっかりと抱きしめた。

 桃香が落ち着いた後、加奈子は桃香を連れて保健室に行った。保健師に、桃香が体調不良だという事を説明し、早退する事にした。

 加奈子は自身の教室に戻り、自分と桃香のカバンを持ち出した。途中、職員室に寄り、他校の生徒が体育準備室にいる事を告げた。

 桃香は保健室のベッドに、所在なげに座っていた。加奈子は保健師に断って、桃香と帰る事にした。

 桃香は加奈子に手を引かれながら、ぼんやりと歩いていた。加奈子は二人分のカバンを肩にかけながら黙々と歩いた。

 バスに乗り、加奈子のアパートに到着した。加奈子はぼうっとしている桃香をベッドに座らせると、お湯を沸かし、紅茶を淹れた。

 お茶うけは、母の手作りのパウンドケーキだ。厚めにカットして皿に乗せる。
加奈子は桃香に、熱いと注意してから紅茶のカップを持たせた。桃香はオートマタのようにゆっくりと紅茶を口に含んだ。

 桃香はフゥッと息をはいた。しばらくすると、桃香はおえつまじりに泣き出した。

 加奈子は桃香のカップを取ってテーブルに置くと、自分もベッドに座り、桃香を強く抱きしめた。桃香は小さな声で言った。

「ご、ごめんなさい、加奈子ちゃん。私、」
「いいの!桃。泣きたいだけ泣くの!」

 桃香は大きな瞳で、驚いたように加奈子を見つめ、泣き出した。加奈子は桃香を抱きしめ、小さな子供にするように背中をポンポンと叩きながら、言った。

「桃。もし、また困った事があったら、必ず私を呼ぶのよ?」
「ヒック、ヒグ。そ、そんなの加奈子ちゃ、に迷惑、」
「迷惑なんかじゃない!」

 加奈子が大声を出したので、桃香の身体がピクリと震えた。加奈子は心で舌打ちをしてから、少し柔らかい声で言った。

「友達が困っているのに、助けられないほうが嫌なの」
「友達?」
「そうよ?何?違うっていうの?」

 桃香は驚いた顔をしたが、微笑んで答えた。

「ううん、違わない」



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