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事件

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 加奈子は桃香が再び恵理子の嫌がらせを受けるのではないかと案じていた。そのため、加奈子はできるだけ桃香の側を離れないようにした。

 それまで加奈子は昼食を自分の机で一人で食べていた。だが最近は桃香の机の側で食べるようになった。

 桃香と会話していて、意外にも彼女の部活は演劇部だった。演劇部とは、舞台に立って、役を演じる事だ。控えめな彼女にはにつかわしくないと思ってしまった。

 加奈子の考えが表情に出ていたのだろう。桃香は苦笑しながら答えた。

「私は役者じゃないの。私、演劇が好きで。演劇に関わる事がしたくて。私、衣装係をしているの」

 加奈子は幼い頃から教養のため、文化芸術を学んでいた。桃香は演劇好きというだけ、シェイクスピアや歌劇を熟知していた。自然加奈子と桃香は話しが合った。加奈子は桃香との会話が楽しかったのだ。

 当初加奈子が桃香とともにいる理由は、恵理子の仕返しから守るという事だったが、いつしか桃香と過ごす時間が楽しくなっていった。

 何事もない日々が続き、加奈子の不安は取り越し苦労かと思われたある日、事件が起きた。

 いつものように桃香と昼食をとった後、昼休みは珍しく別々に過ごした。加奈子は読書をして過ごし、桃香は部活の先輩に呼び出されて、演劇部の部室に行っていた。

 ところが、午後の授業が始まっても、桃香は教室に帰って来なかった。素行の悪い恵理子ならまだしも、桃香は真面目な生徒だ。何の連絡もなく、授業を休むなんて考えられない。加奈子はやきもきしながら、上の空で授業を受けていた。

 突然、加奈子の脳裏に声が響いた。

 加奈子ちゃん。助けて!

 桃香のテレパシーだ。加奈子はガタンと勢いよくイスから立ち上がった。クラスメイトも教師も加奈子の動作に驚いたようだ。皆目を丸くして、加奈子に注目した。加奈子は鋭い声で教師に言った。

「先生!気分が悪いので、保健室に行きます!」

 加奈子はそれだけ言うと、足早に教室を飛び出した。

 加奈子は心の中で桃香に問いかけた。

 桃!今何処にいるの?!

 体育倉庫に連れて行かれたの。太田さんたちと、知らない他校の男子が二人。

 加奈子は思わず舌打ちした。どうやら恵理子は、桃香を拉致して、他校の男子に乱暴させようとしているようだ。早く桃香を助けなければ取り返しのつかない事態になる。加奈子は恵理子の残酷さに胸が悪くなりそうだった。

 加奈子は廊下側の窓を開けた。加奈子のいる教室は二階にある。加奈子はためらう事なく窓から飛び降りた。
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