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幸士郎の決意

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 幸士郎は片膝をついた姿勢からゆっくりと立ち上がった。身体から汗がしたたり落ちる。幸士郎も桜姫と同じ動作をずっと行っていたのだ。

 幸士郎は父の兼光を見た。兼光は鋭い目で幸士郎をにらみながら口を開いた。

「幸士郎、桜姫。私とクラウンに勝利した事、見事であった。だが幸士郎、お前は神聖なる戦人形の戦いにおいて、戦人形と同じ動作をするなどあまりにも無様ではないか!」

 幸士郎は父のさげすんだ視線をしっかりと見返して言った。

「はいお父さん。俺は無様なんです。結は初めての戦人形での戦いで、素晴らしい戦いを見せてくれました。結は人形使いの天才です。ですが、俺は凡人の人形使いでしかないんです。凡人の俺が、少しでも天才に近づくためには、なりふりかまっていられないんです。俺はこれからも、みじめでこっけいな事をしながらもがき続けるでしょう」

 兼光は苦虫を噛みつぶしたような渋い顔をしてから、クラウンをともない闘技場を後にした。

 幸士郎はふうっとため息をつきながら床に腰をおろした。幸士郎は生まれて初めて父の兼光に反発した。これまでの幸士郎はすべて父の言いなりだった。

 兼光の言う事が絶対であり、兼光の命令には決して逆らう事が許されなかった。幸士郎は兼光の操り人形だったのだ。

 だが幸士郎は結に出会って変わった。結は幸士郎がこれまで見たどの人形使いよりも優れていた。尊敬し恐怖していた父よりも。

 幸士郎は結に近づきたいと思った。そのためにはもがいてあがいてのたうちまわってもかまわないと思った。

 しゃがみこんだまま動けないでいる幸士郎の側に、桜姫がトコトコ近づいて来た。首をかしげて、大丈夫?と聞いているようだ。

 幸士郎は笑顔で桜姫に右手を突き出した。桜姫は幸士郎の意図に気づくと、自身の小さな右手のこぶしをちょこんと幸士郎の右手にぶつけた。

「やったな桜姫。俺たちはお父さんとクラウンに勝ったんだ」

 幸士郎には、無表情に見える桜姫が笑ったように見えた。
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