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黒岩哲太

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 伊織は花雪を抱えたまま、人形師黒岩哲太の工房におもむいた。伊織が工房に入ると哲太はパソコン画面を食い入るように観ていた。

 伊織が送った、花雪と松永結の戦人形との戦いの映像だろう。哲太は、もし戦人形同士の戦いが起きたら、動画に撮るようにと伊織に言っていたのだ。

 哲太はひとり言をぶつぶつつぶやいていた。

「すごい、すごいぞ。さすが俺の作った戦人形だ。天賀の人形使いのバカ者どもが!己れの技術が未熟なだけだろう!俺の戦人形は強い!だが、このくまの戦人形は一体何なんだ?身体が大きくなるなんて、どんなカラクリがあるんだ」

 伊織が近づくと、ムッとアルコールの匂いがした。どうやら哲太はだいぶ酒を飲んでいるようだ。

 伊織は小さく舌打ちをしてから声をかけた。

「今戻った。すまない、花雪を壊された。治してくれ」

 哲太は伊織の声で、やっと伊織が工房にいる事に気づいたようだ。よどんだ目で伊織を見上げた。年齢は伊織とそう変わらないはずだが、実年齢よりずっと老けて見える。

「おお、帰ったか伊織。それはそこに置いとけ、気が向いたら直す。それまで別な戦人形を持って行け」

 哲太は花雪を一べつもしないで言った。伊織は舌打ちした。哲太が花雪の事を物のようにそれと呼んだ事に怒りがわいた。伊織は語気を荒げて言った。

「おい、花雪は戦人形との戦いで負傷したんだぞ?!ちゃんと診てやれ!」

 哲太はそこで初めて花雪を見て言った。

「それはスクラップだ。別の戦人形を持っていけ」

 伊織は我慢の限界をこえた。哲太の胸ぐらを掴んで叫んだ。

「自分の作った人形に何て事言うんだ!花雪に謝れ!」

 哲太はニヤニヤ笑いながら答えた。

「そう熱くなるなよ、期待の出戻り。戦人形は人形使いの武器だ。人形師は武器職人だ。武器が壊れれば処分して、また新しい武器を作るまでだ。お前、本当に人形使いに向いてないなぁ」

 伊織はギリギリと歯ぎしりをした。言い返せなかった。哲太の言葉にも一理あるからだ。戦人形は人形使いの武器だ。事によっては非情にならなければいけない。

 だが伊織は、他の人形使いと比べて人形の心をよく理解するたちらしい。その事で人形に深く感情移入をしてしまうのだ。

 伊織は吐き捨てるように哲太に言った。

「いいか。二度は言わない、花雪を治せ。でなければ俺は仕事をしない」

 それきり伊織は哲太に背を向けた。作業台に乗せた花雪が震えていた。処分という言葉を恐れたからだろう。伊織は花雪を驚かせないように、彼女の白い頬に触れた。

 花雪の震えが止まった。伊織は花雪との同調を切った。花雪は完全に動きを止めた。

 
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