上 下
33 / 40

ティアナの覚悟です

しおりを挟む
 ダグが行ってしまってから、私たちはダグに言われた通り森を抜けた川を目指す。皆無言で黙々と歩いていた。日はだいぶ傾いて、辺りは夕闇に包まれはじめた。突然、オオーッとごう音のような音が響き渡った。私はびっくりしてキャッと声を上げてしまった。ユーリは苦笑しながら、この声はトーランド国軍の兵士の勝どきの声だと教えてくれた。私は驚いてユーリに聞いた、戦争は次の日の朝から始まると思っていたからだ。ユーリは私の問いに答えてくれた。

「もみじさま、戦争はもうすぐ始まります」
「これからって、真っ暗になったら人間側は不利じゃない?」
「ええ、獣人側は夜目がききますので有利です。ですが人間側も、暗闇の中でも見ることができる魔法具を持っているのです」

 暗闇でも見える魔法具って、暗視ゴーグルみたいなものかしら?私は何となくそんなものを想像した。突然柔らかなユーリの気配が一変した。鋭い野生の表情。ユーリが低い声で私に言う。

「もみじさま、人間に囲まれています。僕が前に行きます。お母さんとヒミカは後方でもみじさまとティアナを守って!」

 ユーリの声にアスカとヒミカはオオカミの姿になる。アスカは大きくて美しい狼になった。私は慌ててアスカとヒミカの脱ぎ捨てた服を拾ってリュックサックに入れて背負った。ユーリは狼の耳としっぽを出して半獣人の力を解放する。ティアナもそれにならった。ティアナが急に大きな声で叫んだ。

「ユーリ、右!」

 ティアナの声と共に、前を走るユーリの右横から、剣を振りかざした兵士が現れた。トーランド国軍の兵士だ。おそらく私とユーリを捕まえるためだろう。ユーリは素早い動きで剣の一刀をかわすと、兵士の懐に入り、兵士の腹にしょう手を当てる。すると兵士はポーンと吹っ飛んでしまった。後方からも兵士が現れるが、アスカがガオッと咆哮をあげると、剣を構えた兵士が吹っ飛んでしまった。ヒミカも咆哮をあげて応戦するが、一人の兵士しか飛んでいかない。それでいうとアスカは一声あげるだけで兵士が三人も、四人も吹っ飛んでいく。これが大人の獣人と子供の獣人の差なのだろう。

 ティアナは未来が見える瞳で、前方を走るユーリのアシストをする。左!とティアナの声が飛ぶ。私たちの目の前に槍を持った兵士が躍り出てくる。ユーリはすかさず突き出された槍を右手で掴み、それを支えに、兵士の腹に右足で蹴りを入れる。兵士は槍を手放して吹っ飛んでいった。どうやらユーリはトーランド国軍の兵士を殺したくないようだ。アスカとヒミカも咆哮で相手を吹っ飛ばすだけで、命までは取らないようにしている。

 私も誰かに死んでほしくないと思っている。だけどこのままではラチがあかないのも事実だ。ユーリは兵士から奪った槍の、刀のついている先の方ではなく、後ろの柄の部分で私やティアナに襲いかかってくる兵士を突き倒してくれた。だけどユーリは槍を逆に持っているので、扱いづらそうだ。私はユーリの槍に触れてから、刀の付いていない、棒だけの槍を出してユーリに渡した。ユーリはお礼を言って、槍を器用にクルクル回して、迫り来る兵士をなぎ払ってくれた。ユーリは騎士団長であるリュートから武術を学んだのか、ものすごく強かった。

 このまま追っ手の兵士から逃げられるかと思った。だけど唯一人間の私の走る速度が段々と遅くなってきた。この獣人と半獣人のグループの中で、一番の足手まといは私だ。申し訳ない気持ちと悔しい気持ちで、私は涙が出そうになりながら走った。しばらくすると、兵士の攻撃が緩やかになり、追ってくる兵士がいなくなった。ユーリは疲労困憊の私の状態を見て、少し休憩しようと言ってくれた。本当は早くこの森を抜けなければいけないのに。申し訳ないと思いながらも、私は膝に手をついてゼーゼーと息を吐いた。ティアナが私の側で心配そうにしている。私は何とかティアナに笑いかけようと、ティアナに向き直ろうとした。

 すると突然、真剣な表情のティアナに突き飛ばされたのだ。私の身体はフワリと宙に浮いた。すぐさまユーリが私を抱きとめてくれた。私は頭の中が疑問符でいっぱいになった。何で優しいティアナが私を突き飛ばしたのだろうと。その疑問はすぐに解決した。私を突き飛ばしたティアナは、突然林から出できた屈強な兵士に羽交い締めにされたのだ。ティアナは私が捕まる未来を予知して、私の身代わりになったのだ。

「ティアナ!」

 私はユーリの腕から立ち上がると、ティアナの側に駆けよろうとした。すると林の中から声がする。聞き覚えのある声。にちゃにちゃして気持ちの悪い喋り方。

「やっと見つけたぞ聖女。おっと、この半獣人の小娘は聖女と交換するための人質だ」

 林の中から姿を現したのは、トーランド国王の息子メグリダ王子だった。やはりダグの言った通り、メグリダ王子は戦争に参加していなかったのだ。私はムカムカと腹が立ってきた。自分は戦わないで安全な所にいて、そして小さなティアナを人質にして、私を捕らえようとしている。なんて卑怯な人間なのだろう。私は怒りに震える声を必死で抑えながらメグリダ王子に言った。

「メグリダ王子、ティアナを返して。私がそっちに行くわ」

 メグリダ王子は我が意を得たりとニヤニヤと笑った。ティアナを羽交い締めにしている兵士は腰にさしていた短刀を抜き、ティアナの細い首に押し当てた。もし少しでも兵士の短刀が動けばティアナの喉はかききられてしまうだろう。後ろのユーリがヒュッと息を飲むのがわかった。ごめんなさい、ユーリたちがせっかく私を守ってくれたのに。だけどティアナを危険な目に合わせるわけにはいかない。私がティアナの方に歩き出そうとすると、ティアナが叫んだ。

「ダメ!こっちに来ないで。あたしを置いて逃げて!」
「何を言うのティアナ!貴女を置いて行けるわけがないわ!大人しくしてて!」

 私はティアナをなだめようと大きな声で答える。ティアナはふぅっと息を吐いてから、真っ直ぐに私を見た。とても強い意志のある瞳だった。私はこんな状況下にも関わらず、そんなティアナをとても綺麗だと思ってしまった。

「もみじ、あたし死ぬのなんかちっとも怖くないわ。怖いのは、空っぽのまま死んでしまう事よ。今までのあたしは空っぽだった。だけど今は違う、もみじとセネカとヒミカと一緒にいられて幸せな思い出ができた。大好きなママの事も思い出せた。だからあたしはもう充分、もみじたちはするべき事をして!」

 私は雷に打たれたような衝撃を受けた。ティアナはヒステリーを起こしているわけでも、自暴自棄になっているわけでもない。私たちを先に行かせる事が最重要だと考えているのだ。まだ小さなティアナが、この国を、良い国にするために命を捨てようとしているのだ。私は心臓がバクバクして、頭がガンガンと痛み出した。これからの私の言葉一つ、行動一つでティアナが死んでしまうかもしれないのだ。ともすると足が震えてしゃがみこんでしまいそうだった。だけど私はそんな事をしている暇はない、早くティアナを助けなければ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

没落令嬢カノンの冒険者生活〜ジョブ『道具師』のスキルで道具を修復・レベルアップ・進化できるようになりました〜

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 事業に失敗した父親の借金の返済期限がやって来た。数十人の金貸し達が屋敷に入って来る。  屋敷に一人残された男爵令嬢の三女カノン・ネロエスト(17歳)は、ペットの大型犬パトラッシュと一緒に追い出された。  長い金髪を切られ、着ていた高価な服もボロ服に変えられた。  そんな行く当てのない彼女に金貸しの男が、たったの2500ギルド渡して、冒険者ギルドを紹介した。  不幸の始まりかと思ったが、教会でジョブ『道具師』を習得した事で、幸福な生活がすぐに始まってしまう。  そんな幸福な日常生活の物語。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...