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ドウマ国王2

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 エスメラルダは内心焦っていた。ドウマ国の連中をあなどっていた。烏合の衆と考えていたドウマ国の連中は、国王の指揮のもと、しっかりと組織として機能していたのだ。

 部屋の四すみにいる魔法使いが同時に呪文を唱えると、この部屋自体が結界の中になった。エスメラルダが手の中に作っていた高魔力の魔法は解除されてしまった。とても強い結界の中で、エスメラルダの魔力は完全に封じられてしまった。ドウマ国王はにやりと笑って手を伸ばし、エスメラルダの頬に触れようとした。

 エスメラルダは怒りのあまりドウマ国王の顔をはたこうとした。だが魔力を封じられたエスメラルダは、か弱い女でしかない。ドウマ国王はエスメラルダの手を掴むと、胸元から手かせを取り出した。手かせでエスメラルダの両手を拘束しようというのだ。

 エスメラルダは身をよじって抵抗したが、両手を掴まれ鉄の手かせをつけられてしまった。手かせには魔法がこめられているようで、エスメラルダの拘束された両手は空中に固定された。

 ドウマ国王は満足したとみえ、エスメラルダの頬を撫でた。エスメラルダは気持ち悪さと嫌悪から吐き気をもよおした。ドウマ国王はひとり言のようにつぶやいた。

「妻にする女など、魔力が強ければ何でもいいと思っていたが、これほどの美しい女ならば申し分ない。これからわし子たくさん産むのだそ?」

 エスメラルダは怒りのあまり、唯一できる抵抗として、ドウマ国王の顔にツバを吐きかけた。エスメラルダの吐き出したツバは、見事ドウマ国王の顔に命中した。エスメラルダがニヤリと笑うと、ドウマ国王が顔をしかめ、平手でエスメラルダの頬を引っ叩いた。

 口の中に鉄の味が広がる。鼻からは温かい液体が垂れてきた。きっと鼻血だろう。エスメラルダは二目と見られない顔をしているのだろう。

 この醜い男の子供を産む。エスメラルダには考えられない事だった。エスメラルダは頭の中で打開策を考えた。結界により、魔力を完全に封印されてしまっては、ドウマ国内外にばらまいた魔法石を発動する事はできない。

 頼みの綱は、エスメラルダがしている魔法具のペンダントしかない。このペンダントを使えば一度だけ結界を破る事ができる。おそらく結界を破っても、すぐに四人の魔法使いが再び結界を張るだろう。きっと使える魔法は一度だけ。

 どの魔法を使うかが問題だ。空間魔法で逃げようにも、両手を拘束され目の前にドウマ国王がいては脱出はかなわないだろう。

 ならばエスメラルダが取れる最後の手段は、自爆の魔法。自らの命を使って、ドウマ国もろとも爆破してしまえばいい。

 目の前の身も心も醜い男にけがされるくらいなら死んだほうがましだ。

 死を覚悟したエスメラルダの脳裏に妹の笑顔が浮かんだ。

 ほんの数週間前に会ったばかりなのに会いたくて仕方がない。エスメラルダの可愛い可愛いプリシラ。

 心の底ではどこか安どもしていた。自分がこのまま死ねば、プリシラはずっとエスメラルダの事を大好きな姉と記憶にとどめてくれるだろう。

 プリシラに恋人ができて、エスメラルダが何度も妨害しては、やがてプリシラに嫌われてしまうかもしれない。そんな事になるくらいなら、いっそこのまま死んでしまったほうがいいのかもしれない。

 エスメラルダは覚悟を決めた。
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