上 下
86 / 175

パルヴィス公爵と夫人

しおりを挟む
 プリシラたちが一息ついた時、ノックもなくドアが開いた。中に髪の毛を振りみだした公爵夫人が飛び込んできた。

「あなた!」

 公爵夫人は、血まみれの夫を目の当たりにして、ヒィッと悲鳴をあげた。プリシラは慌てて立ち上がった。

「奥さま!公爵さまはご無事です。公爵さまに害をなす宝石は取り除きました。公爵さまは、もう死におびやかされる事はないのです」
「主人は、助かるの?」

 公爵夫人はふらふらと夫の枕元にくずおれると、一言夫を呼んだ。

「あなた?」

 妻の声に、パルヴィス公爵はゆっくりと目を開いて、愛する妻を見上げた。

「サスキア」
「あなた!」

 公爵夫人は涙をボロボロ流しながら、小さな子供のように泣きじゃくった。

「あなた、あなた。わたくしを置いていかない?わたくしをひとりぼっちにしない?あなたがいなくなってしまうのはとっても怖いの」
「ああ、ずっとお前の側にいる。そして二人で、海に沈む夕陽を見よう」

 公爵夫人は、夫にとりすがりながら、わんわんと泣いている。これまでがまんしていたものが一気に吹き出したようだった。公爵は妻の頭を優しく撫でていた。

 プリシラとタップは、定期的に公爵に回復魔法をする事を約束して、公爵家を辞した。

 マージ運送会社への帰り道、プリシラを乗せたタップがぼやくように言った。

『たく、プリシラも無茶するぜ。じじぃが生きていたからいいけどよ』
「タップ、心配させてごめんね?だけどね、公爵さまが死んでも生きていてもどっちでもいいって気持ちだったら、きっと公爵さまは亡くなられていたと思うの。公爵さまが、心の底から生きたいと思わなければね」

 タップは、そんなものかと納得しようとしてくれている。プリシラは間を置いてから口を開いた。

「あのね、タップ。私、小さい頃、風魔法の練習をしても全然上手にならなかったの。お姉ちゃんに、私は風魔法はうまくなれないって、泣き言を言ったら、お姉ちゃんに言われたの。プリシラが心の底から、自分ができるって思わなければ、うまくなるわけないって。そして、お姉ちゃんは、いつもこう言ってた。言葉に出して宣言しなさいって」
『宣言?』
「そう。言葉に出して言うと、その言葉に責任をもたなければいけないって。それから私はいつも口に出して言うようにしたの。私は風魔法を絶対に上達させるって。不思議な事に、言葉に出して言うようになってから、私の風魔法は上達したの」
『へぇ。悪魔姉ちゃんにしてはいい事言うじゃねぇか』
「そうよ、お姉ちゃんの言う事は正しかった。だから私は、公爵さまに心の底から生きたいと願って、声に出して宣言してほしかったの。それにね、タップはあの時、公爵さまは助かるかもしれない、助からないかもしれないと言ったわ。霊獣のタップが助かるかもしれないと言ったなら、きっと実現するって思ったの」
『!。ま、まぁな!俺は尊い霊獣だからな!この世に不可能なんてあんまり無いんだぜ!』
「ええ、タップ。本当にありがとう。これからは元気になった公爵さまと奥さまは、きっとお幸せに過ごせるんだわ」
『嬉しそうだな、プリシラ。じじぃが死のうが生きようが、お前には関係ないと思うんだがな』
「あら、そんな事ないわ。私は公爵さまと奥さまに出会った。それだけでも大切な縁だわ。私と関わった人たちが幸せになるなんて、こんな嬉しい事はないわ」
『プリシラは本当におめでたい奴だな!さすが俺が選んだ契約者だぜ!』
「タップ、それ褒めてるの?」

 プリシラはぶっちょう面になってタップに聞くと、タップは楽しそうにゲラゲラ笑いながら答えた。

『どうでもいいだろ、そんな事。早く帰ろうぜ。マージとトビーが遅ぇって気をもんでるぜ?』
「あ!そうだった。こんなに遅くなったら二人とも心配してしまうわ。タップ、急いで帰ろう!」

 タップは、しっかりつかまっていろよ、と一声かけてから空を飛ぶ速度を速めた。プリシラはふり落とされないように、しっかりとタップの背中にしがみついた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

目覚めれば異世界!ところ変われば!

秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。 ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま! 目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。 公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。 命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。 身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

処理中です...