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ウィード国王とプリシラ

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 ウィード国王が玉座に腰を下ろした直後、うやうやしくドアが開き、一人の娘が入って来た。

 とても美しい娘だった。亜麻色の長い髪に、琥珀のような瞳。まるで天使が地上に舞い降りたかのような清浄な感覚を覚えた。

 まぁ、この娘の容姿など、我が娘ドリスとバーバラの次くらいの美しさだ、とウィード国王はひとり言を呟いた。

 娘は優雅な仕草で膝をつくと低頭した。そのかたわらにはなぜかねずみがいた。あのねずみは一体なんなのだろうか。

「恐れながら国王陛下。ドリス王女からの書状をお持ちいたしました」

 コロコロと鈴の鳴るような、耳に心地いい声だった。

 部下は盆に乗せた書状をうやうやしく差し出した。書状の文字を見れば、確かに娘ドリスの筆跡に違いがなかった。

 ウィード国王は素早く黙読をすると、怒りのあまり玉座から立ち上がった。

「何という事だ!我が娘ながら情けない!国を広げるという事を何もわかっておらん!」

 ドリスの書状には、西の森は森の民であるドワーフとエルフの物であり、ウィード国がおかしてよい土地ではない。即刻兵士を退却させ、二度とこの森に手を出さないと約束してほしいとしたためられていた。

 ウィード国王はグシャリと書状を握りつぶした。ドリスはもっと賢い娘だと思っていたのに、どうやら親の欲目だったようだ。

 国を守り広げるという事は、とても大きな代償を伴うものだ。ドリスはこれから王妃となるのだ。その事をしっかりと理解しなければならない。

「こんなくだらない文をよこしおって。おおかた騎士ネリオとよりを戻したいからこのような戯れ事を言うのだろう。もうよい!軍隊を用意しろ!西の森で、ドリスを保護したのち、一斉攻撃をかけろ!」

 側に支えていた大臣が、ヒィッと小さく声をあげてから頭を下げた。

「お待ちください!」

 鋭い声が謁見の間に響いた。遅れて目の前の娘が発したのだと気づいた。

「恐れながら国王陛下。ドリス王女の嘆願を反故にし、西の森に攻撃を仕掛けるのでしたら、その時ドリス王女は自らのお命をたつ決意にございます。それでも軍を差し向けるおつもりですか?」
「何だと!何とバカげた事だ。ドリスは王族のなんたるかを知らない。王族がみだりに命をたつなどと、口がさけても言うものではない」
「お言葉ですが。ドリス王女は、王族とは民のために存在するものと言っておいででした。ドワーフとエルフの連合軍が、ウィード国民をおびやかすかもしれないと知った時、ドリス王女は即座にご自身のお命を投げ出そうとされました。ご自分の命一つで国民が助かるのなら、喜んで命をたとうと」
「ふん、ドリスめ。ネリオと引き離したのが気に食わないのだな?ならばネリオはドリスの側に置こう。それで良いであろう」
「騎士ネリオの事は問題ではありません。ドリス王女はこうも申されておりました。ご自身が死ねば、お父さまも初めて家族を失った悲しみに気づくだろう、と」

 ウィード国王はううむとうなった。ドリスは言い出したら聞かない性格なのは父親の自分がよく知っている。これは軍隊で西の森に乗り込めば、ドリスは感情的になって、本気で死のうとするかもしれない。

 ならば最初は軍を撤退させるとドリスに見せかけて、ドリスを保護した後に軍を送り込むのはどうだろう。

 ウィード国王が腹の中で考え事をしていると、美しい娘はじっと自分の事を見ていた。まるでウィード国王の気持ちは手に取るようにわかっているとでもいうように。

 ウィード国王はうるさそうに手を振った。この娘を退がらせろと部下に命じたのだ。謁見の間に控えている兵士の中の二人が、娘を取り押さえようとした時、娘はスクッと立ち上がった。

「明朝にわたくしが戻らなければ、ドリス王女は嘆願が反故にされたとして、自らお命をたちます。わたくしは配達屋です。ドリス王女のお心をお父上に運ぶようおおせつかりました。国王陛下が軍を撤退させないというのであれば、わたくしはドリス王女に会わせる顔がありません。わたくしもこの場で自害いたします。尊い国王陛下の目の前を汚してしまう事をお許しください」

 娘はポシェットから短剣を取り出すと、おもむろに自身の細く白い首に押しつけた。慌てた二人の兵士は、娘を拘束しようと駆け寄った。だが驚いた事に、二人の兵士はポーンと吹っ飛んでしまった。まるで突風にぶつかったようだった。

 ウィード国王は驚きのあまり、玉座から立ち上がった。そして娘の目をしっかりと見た。この目は、命をかけた目だ。

 ウィード国王は、遠い昔にこの瞳を見た事がある。愛する妻の瞳だ。妻は元々身体が丈夫ではなかった。二人目の娘、バーバラをみごもった時、医者に言われたのだ。

 お子を産めば王妃さまのお身体が持ちません。どうか堕胎をしてください。

 ウィード国王は悩みに悩んだが、愛する妻を失いたくないあまり、妻に子供を下ろしてほしいと哀願した。

 妻は鋭い瞳でウィード国王を見つめて言った。

「わたくしは生まれてくるこの子の母親です。母親ならば、命をかけて我が子を守るものです。あなたはこの子の父親なのですよ?」

 妻は命をかけてバーバラを産んでくれた。しばらくして妻は息を引き取った。愛する二人の娘をウィード国王にたくして。

 目の前の娘は命をかけている。そして我が愛する娘ドリスも。ウィード国王はぐったりと身体の力を抜いて玉座にもたれかかった。

「あいわかった。西の森の軍は撤退させよう。ウィード国は今後一切西の森を攻撃しない事を約束する」
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