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ダニエラ

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 女性の名はダニエラといった。彼女はプリシラとタップをお茶に招待してくれた。

 これはいつもの事らしく、トビーも毎回お茶にお呼ばれしているようだ。もっともトビーのお目当ては香り高い紅茶よりもお菓子のようだ。

 プリシラは恐縮しながら、すすめられた席に座り、美味しい紅茶とクッキーをいただいた。タップにも、小さくカットしたりんごを出してくれた。

 ダニエラとの会話は楽しく、時間があっという間に過ぎてしまった。プリシラは慌てて帰るむねを告げた。ダニエラはトビーにクッキーのお土産まで持たせてくれた。

 プリシラは会社に戻ってから、マージにダニエラの事を質問した。

「マージさん。ダニエラさんはお花の贈り主について、何も話さなかったのですが、どうしてでしょうか?」

 プリシラはとても不思議に思ったのだ。ダニエラは教養がありとても親切な女性だ。そんな彼女が贈り主に対しての感謝の言葉をのべなかった事に違和感を感じたのだ。

「そうね。これからはプリシラとタップにも配達に行ってもらうものね。お客さまの事を言いふらすわけではないけれど」

 マージは少し困った顔をしながら話してくれた。事の起こりは、マージ運送会社を始めた当初、トビーが城下町で大々的に宣伝をした事から始まる。

 トビーは得意の飛行魔法で、城下町中を飛び回り、派手に会社の宣伝をした。そこで声をかけてくれたのが、お得意さまだ。

 とても身なりの良い男性だった。トビーはその男性の依頼を受け、毎週決まった日に花を一輪ダニエラに届ける事にした。

 依頼料は毎月まとめて徴収する事に決めて、トビーが裕福な男性の屋敷に集金に行くと、法外な額の依頼料を受け取って来た。マージはこれに驚いて、慌ててトビーを連れて男の屋敷に出向いた。

 驚いた事に、裕福な男は貴族だったのだ。一月に数回花を届けるだけで、このような額を受け取れないというマージに、貴族の男は頼むから続けてほしいと哀願した。

 しぶしぶマージがうなずくと、貴族は喜んで新たな取り決めをした。それのほとんどは、トビーの安全に関する事で、天候の悪い日や、風の強い日は無理に花の配達はしない事。その代わり、花を贈れなかった週は、次の週に二輪の花を贈る事。

 そしてこの契約は、貴族が死ぬか、ダニエラが死ぬまで続ける事とした。

 マージは貴族とダニエラの関係を愛人関係なのだと推測していたが、プリシラはそうは思えなかった。ダニエラの暮らしはとても質素だったからだ。

 ダニエラは裁縫が得意で、村の人から受ける裁縫仕事で生計を立てていた。トビーに食べさせる菓子は手作りで、とても貴族の愛人で、贅沢をしているとは思えなかった。

 プリシラは晴れない疑問を抱きながら、トビーと交代でダニエラの家に花を届けに行った。いつしかプリシラは、ダニエラという女性が大好きになっていた。
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