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辰治の初仕事

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 辰治はオークション会場にいた。これから絵画のオークションが始まるのだ。辰治は手元の分厚いカタログを睨みつけていた。このカタログに今回の出品作品がすべて載っているからだ。

 辰治が付け焼き刃で勉強した有名な画家の作品もあれば、これから才能が認められるであろう若い画家の絵が掲載されていた。

 辰治の主人であるエグモントは辰治に絵画の勉強を受けさせてくれた。ケチ、ではなく倹約家のエグモントが辰治に金と時間をかけてくれたからには、しっかりと恩返しをしなければいけない。

 辰治の前には菊次郎がエグモントの片腕として働いていた。エグモントは西洋絵画や美術品、宝飾品のには明るいが、東洋の絵画、骨董は専門外だ。エグモントの足りない部分を、これからは辰治がになわなければいけないのだ。

 今回の注目作品は小磯良平の女性の油彩画だ。小作品だが、美しい女性がみずみずしいタッチで描かれている。次に猪熊弦一郎の油彩画。鮮やかな色彩が目を引く。

 この二点を落札できればしてこいというエグモントのお達しだ。有名な画家の絵ならば投資目的で購入してもいいからだ。

 辰治は緊張しながらオークションが開始されるのを待った。座席に座っている購入希望者もいれば、モニターや電話が置かれている場所もある。現場に来られない人たちのためにスタッフが代理でオークションに参加しているようだ。

 辰治の番号札は十三番だった。購入希望の作品が出品されれば、この札を上げて入札していくのだ。ついに小磯良平の油彩画が取り上げられる。目の前には実物の絵画が置かれた。有名な画家の作品のため、一斉に札が上がる。

 辰治も札を上げる。落札希望者が値段を言っていく。あれよあれよという間に価格はどんどんつり上がっていく。オークショニアがダンッとハンマーを叩く。すでに誰かに落札されてしまったようだ。

 これはのんびりしていられない。時間との勝負だ。辰治は次の猪熊弦一郎の作品こそは競り落とそうと意気込んだ。だが、アワアワしている間にまたもや誰かに競り落とされてしまった。

 辰治はがっくりとうなだれた。オークションというものは素早くスマートに行わなくてはいけないらしい。だが飛び交う金額が震えるほど高額なので、背筋が寒くなって声が出なくなってしまったのだ。

 辰治は計算が苦手だ。暴力団の下っぱ時代、取り立てに行って、よく値段を間違えて帰って来ては兄貴分にぶん殴られていた。その時の記憶がよみがえってくる。

 くよくよしてはいられない。辰治はエグモントからもう一つ用事をいいつけられていた。それはこれから売れるであろう新しい画家の作品を見定めて買う事だ。

 若い画家の作品は、オークションが始まる前に目を通して、数人の画家に目をつけておいた。どの画家が数年後に売れるかなんて、辰治には見当もつかない。これは長い年月をかけた大ばくちなのだ。

 数年から数十年経って、辰治の買った絵画が高値をつけなければ、エグモントに大目玉を食らう予定だ。

 辰治は苦心さんたんの末、十八点の絵画を競り落としてきた。エグモントの屋敷に戻り、購入した絵画を主人に見せたが、反応はいまいちだ。この絵の良し悪しはエグモントにも判断がつかないのだろう。

 エグモントはニヤリと笑って辰治に言った。

「この絵の数十年後の価値が楽しみだ。なにせ私たちには膨大な時間があるのだからな」

 辰治は背中に冷や汗をかきながらうなずいた。

 
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