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エグモントの悲しみ2

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 エグモントはぼんやりと記憶を現在に戻した。自分はエリーゼの代わりをずっと探していたのだ。自分と一生共にいてくれる伴侶を。だがようやく見つけた純血の吸血鬼ジュリアには、もう伴侶がいたのだ。驚いた事に、ジュリアの伴侶は一度人間として死に、生まれ変わってジュリアと再会したのいうのだ。にわかには信じられなかった。

 だがうらやましいとは思った。エリーゼももう一度生まれ変わってくれるだろうか。そしてもう一度エグモントを愛してくれるだろうか。そこまで考えて、エグモントは考える事をやめた。

 もし生まれ変わったエリーゼに出会えたとして、もう一度彼女を吸血鬼にして、永遠に共に生きたいとは思えなかった。またエリーゼに死なれてしまったら、もうエグモントは二度と立ちなおれないだろう。

 しばふに転がっているエグモントの頭上で声がした。

「ご主人さま。だいぶ身体が再生しましたね?」

 エグモントが見上げると、憎たらしい己れの眷属である辰治だった。エグモントは顔をしかめて言った。

「何をしに来た。とどめでもさしに来たのか?」
「違いますよ。姐さんが言ってました。ご主人さまの身体の中に姐さんの指が入っている以上、姐さんたちには手出しできないって」

 辰治はそう言うと、毛布でエグモントを包み、背中に背負って歩き出した。エグモントはいぶかしんで聞いた。

「辰治、どこに行くのだ?」
「ご主人さまの家に決まっているでしょ?このまま転がっているわけにいかないじゃないですか」
「・・・。辰治はジュリアの眷属だ。ジュリアの所に行けばいい」
「嫌ですよ。姐さんと響は生まれ変わってまで一緒になった夫婦じゃないですか。そんな新婚夫婦のところにいられるわけないでしょう。姐さんが安全で幸せなら、俺は用無しです。もう一人のご主人さまのお世話をするのが道理です」
「私を剣で斬ったくせにか?」
「そりゃせきねんの恨みってやつですよ」
「・・・。辰治、お前ずいぶんズケズケ物を言うようになったな」
「はい。ご主人さまがあまり怖くなくなったので。俺は昔ご主人さまの事がすごく怖かった。だけど今のご主人さまは、人妻に手を出して返り討ちにあった間男じゃないですか。カッコ悪くて情けないです。だからもう遠慮も何もしません。ご主人さまが悪い事したら命がけでいさめます」
「何だと!?主人に逆らうのか!」
「はい。悪いと思った事は悪いと言います。それがおやっさんとの約束だからです」
「?。菊次郎の?」
「はい。おやっさんは俺に言ったんです。自分がいなくなったら、ご主人さまの事を頼むと」
「・・・。菊次郎は何故そんな事を辰治に頼んだのだ?」
「決まってるじゃないすか、おやっさんはご主人さまの事が心配だったんですよ」
「心配?」
「ええ。俺たち元人間の吸血鬼は、いくら不死身といえどもケガをしたりすれば死ぬ。つまり死ぬ事が許されているんです。だけど、ご主人さまは純血の吸血鬼。死ぬ事すらできません。だからおやっさんは、俺に自分の思いを託したんです」
「思い?」
「ええ。人間は時が来れば死にます。身体も残りません。だけど思いはずっと残ります。その思いは、人が受け継ぐ事もできます。だから俺はおやっさんの思いを継いで、ご主人さまを守ります。そして、ご主人さまが適当に吸血鬼にした奴の中から、まともな奴がいれば、俺の思いをそいつに託します。きっとそいつがご主人さまを守ってくれるでしょう」

 エグモントは何と言っていいかわからなくて、フンと大きく鼻を鳴らした。辰治の背中は温かった。だがエグモントは、身体よりも心の奥が少しあたたくなったような気がした。

 それは昔エリーゼと共に暮らした時に感じたあたたかさと似ていた。


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