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エグモントの過去2

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 しばらく経った頃、エグモントは自身の領地の森の散策をしていた。鳥たちは美しい声をおしげもなく披露していた。エグモントはその中にもっとも美しい声を耳にした。それは人間の声だった。

 エグモントは不思議に思い、声のする方に足を進めた。そこには人間の娘がいた。美しい娘だった。娘はエグモントが突然現れた事に驚いたようだったが、次の瞬間は花が咲いたように微笑んで言った。

「お久しぶりです。伯爵さま」

 その娘は、エリーゼだった。エグモントはしどろもどろになりながらエリーゼに言った。

「大きくなったな」
「はい、もう十六ですもの」
「そうか、」

 それきり会話は終わってしまった。エグモントは苦し紛れに口を開いた。

「エリーゼ、先ほど歌を歌っていたな?」
「はい」
「もう一度、歌ってはくれまいか?」

 エリーゼは微笑んでうなずいた。エグモントはエリーゼの美しい歌に魅了された。エグモントはまたここに来て歌を歌ってくれと願った。エリーゼはしょうだくしてくれた。

 それからというものエグモントはエリーゼと会う事が楽しくて仕方なかった。しばらくして自分はエリーゼに恋をしている事に気づいた。

 高貴な吸血鬼である自分が、食料である人間に恋をするなどあってはならないと否定したが、胸の高鳴りはひどくなる一方だった。

 あまりの胸苦しさにエグモントはついにエリーゼに白状した。お前が好きだ、と。エリーゼは微笑んで答えた。私も同じ気持ちです、と。

 エリーゼはエグモントの事を好いてくれていたのだ。エグモントはその場で片ひざをついて彼女に求婚した。エリーゼは微笑んでうなずいてくれた。

 エグモントは自分は吸血鬼であって人間ではない事。エグモントとエリーゼが共に暮らすには、エリーゼが吸血鬼にならなければいけない事を伝えた。エリーゼは了承してくれた。

 その時のエグモントは世界一の幸せ者だった。だから考えが思いいたらなかったのだ。人間が吸血鬼になるとはどういう事か。

 エリーゼの両親は、エグモントとエリーゼの結婚をとても喜んでくれた。エグモントとエリーゼはとても幸せに暮らした。エリーゼは吸血鬼になり、三ヶ月にいっぺん人間の血を吸わなければいけなかった。

 エグモントが側に付き添い、問題なく吸血する事ができた。エグモントは思った。この幸せが永遠に続くのだと。

 最初にエリーゼの異変に気づいたのは、彼女の父親の死がきっかけだった。最愛の父親を失い、エリーゼはふさぎこんでしまった。エグモントは必死に彼女を慰めた。エリーゼは少しづつ元気を取り戻すかに見えた。

 だがその直後、エリーゼの母親が夫の介護疲れから床にふせってしまい、その後亡くなってしまったのだ。

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