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ジュリア

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 ジュリアは泣いていた。涙があふれて仕方なかった。いつもジュリアに優しい響が怒っていからだ。響はいつもジュリアのワガママを、仕方ないなと言って聞いてくれた。

 その響が初めてジュリアに怒りをぶつけたのだ。ジュリアは響を守るため、響の魂にきずなの糸を結びつけていた。だから響の怒りを心に直接受けて、とても痛くて苦しかったのだ。

 ジュリアは走って走って、いつも響と訓練をする山まで走って来てしまった。響はジュリアに言ってくれたのだ。自分もジュリアを守れる存在になりたいと。眷属の響が純血の吸血鬼のジュリアより強くなれるわけがないのに。だがジュリアは響の気持ちが嬉しかった。

 ジュリアは響を徹底的に鍛えたが、響はあまり強くなる事はできなかった。ジュリアが響を殴るたびに、響はボロボロになっていった。響がジュリアとの特訓で向上した事といえば、回復能力だけだった。

 森の中でジュリアはうずくまり、胸をおさえた。響の怒りの感情を受けた胸がズキズキと痛くてしょうがなかったからだ。ジュリアは泣きながら怒った。

「響の、響のばかぁ。私は響の事が大好きなのに、この世で一番大切なのに、何でひどい事言うのよぉ」

 ジュリアは小さな子供のようにわんわん泣き続けた。しばらくして、まぶたが腫れて鼻水で呼吸が苦しくなった頃、ようやくジュリアは泣き止んだ。

 ジュリアはその場に座り込んでぼんやりと考え事をしていた。思考はいつしか幼い頃の記憶を呼び覚ましていた。

 ジュリアは純血の父親と元人間の吸血鬼の母親の一人娘として生を受けた。両親はジュリアの事をそれは可愛がってくれた。あの時が一番幸せだった。だがしばらくして最愛の母親が死んでしまったのだ。

 何故不死身の吸血鬼である母親が死んでしまったのか、幼いジュリアは覚えていなかった。もう数千年も前の昔だ。記憶もかなりあいまいだ。母親の死により、優しかった父親はジュリアをかえりみる事がなくなった。

 ジュリアは元人間の吸血鬼の乳母に育てられた。彼女は陰気な女性で、ジュリアは好きにはなれなかった。吸血鬼の乳母も、必要以上の事はせず、淡々とジュリアの世話をした。

 ジュリアは乳母と二人で薄暗い古城で暮らした。父親が恋しくて、いつも父親を呼んだ。だが父親はジュリアに会いに来てくれる事はなかった。ジュリアは父親が恋しくて数百年泣き、自分をないがしろにする父親を数百年憎んで怒った。そして父親に対して何の感情も無くなった。

 ジュリアは愛する母親を失い、父親の愛情を失ったひとりぼっちの吸血鬼だった。ジュリアが大人になった頃、乳母はどこかに消えてしまった。きっとジュリアが大人になるまでの乳母の契約だったのだろう。ジュリアは乳母がいなくなっても寂しいとは思わなかった。

 ジュリアは吸血鬼なので、三ヶ月に一回吸血衝動が起きた。この時は村におりて人間の血を吸わなくてはいけない。ジュリアはそれがおっくうでならなかった。

 ジュリアが一人で暮らし始めて数百年が経った頃、人間たちが騒がしくなり始めた。おりしも人間たちはキリスト教を信仰する者が増え始め、ジュリアのような自然界の理りから外れた存在は異端なモノとして排除するようになっていた。

 人間たちは、森の奥深くにある古城には吸血鬼が住むといって恐れた。ジュリアは吸血行為を行う事が難しくなった。

 仕方なくジュリアは古城を後にして、旅に出る事にした。
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