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菊次郎

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 辰治は山にある大木のてっぺんの方の幹に腰かけていた。ここからだと街の明かりがよく見えた。まるで花火のように輝いていた。

 辰治はぼんやりと景色を見ながら菊次郎の事を考えていた。

 辰治は暴食団の下っぱになっても、いせいがいいだけの腰抜けだった。人を殺す度胸なんてこれっぽっちも持ち合わせていなかった。だから常に大声を出して、いばっていた。

 だが組同時の抗争で腹を刺され死にかけて、吸血鬼になった。主人のエグモントは、辰治に詳しく吸血鬼の事を教えなかったため、最初の吸血衝動が起きた時は恐ろしかった。人間の血が欲しくて狂ってしまいそうだった。

 ふらふらと夜の街を歩いていたら、男と肩がぶつかった。辰治はそのまま歩いて行こうとしたら、男に肩を掴まれて怒鳴られた。

「テメェ!どこに目ぇつけてんだ!」

 男は辰治の胸ぐらを掴んでこぶしを固めた。だがふと動きを止めてニヤついて言った。

「何だお前、松山組の下っぱじゃねぇか。死んでなかったのか」

 辰治と肩がぶつかった相手は、辰治が吸血鬼になる原因になった、抗争相手の組の者だった。つまりかつての敵だった男だ。

 辰治は我慢できずに男の首に噛みついた。ギャアッと男が悲鳴をあげて辰治を引きはがそうとする。だが辰治は男のくびに首に食らいついたまま離れなかった。

 のどをつたう血液の、何と甘美な事だろうか。辰治は夢中になって血を飲んだ。やがて辰治を掴んでいた腕がだらりとした。辰治はハッとして男から離れると、男はバタリと倒れてしまった。

 おそるおそる男の胸に手を当ててみると、鼓動が聞こえなかった。男は辰治に血を吸われて、失血死してしまったのだ。

 辰治は自分のしでかしてしまった事の重大さに恐れおののき、悲鳴をあげた。それ以来辰治は山に潜んでいた。

 だが一週間が経ち、また次の吸血衝動がおとずれた。辰治はふらふらと操られたように人間のいる夜の街までやって来てしまった。

 辰治はこんだくする意識の中で決めていた事があった。それはできるだけ悪人の血を吸うという事だ。良い人間の血を吸って、また失血死させてしまってはいけない。

 辰治は悪人を探し歩いた。そこでおあつらえ向きの男を見つけた。男はガラが悪く、サラリーマンをおどして金をせびっていた。サラリーマンはガタガタ震えている。

 辰治はガラの悪い男にわざとぶつかると、男は叫んで言った。

「おい!どこに目ぇつけているんだ!」

 サラリーマンは、好機を得たりと逃げて行った。辰治はニヤリと笑ってガラの悪い男の首にかじりついた。男はギャアッと叫び声をあげた。辰治は夢中で血を吸った。

 しばらくすると辰治の肩をポンポンとたたく者がいた。辰治はハッとして振り向くと、そこには笑顔の老人が立っていた。老人はおだやかな声で言った。

「それくらいにしておきなさい。その人間が死んでしまう」

 辰治が男を離すと、男はだらりとくずおれた。辰治は思わずヒィッと叫んだ。老人は動かない男の胸に手を置いてから、辰治に向き直って言った。

「大丈夫。この男は死なない」

 辰治は頭が混乱した。この老人は一体誰なのだろうか。
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