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辰治の日常

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 辰治は三日に一度の吸血を行なっているので、基本腹は空かない。だがたまに恋しくなるのだ。人間だった頃の食事が。

 辰治は仕事をして金を稼ぐ事ができないので、無一文だ。人間の食事が食べたい時は、まず淋しそうで人生に疲れている人間を探す。

 夕方の繁華街をうろつけばそんな人間は沢山歩いている。目の前に下を向いて歩いているサラリーマンがいた。五十歳くらいだろうか、スーツはくたびれていて顔色も悪い。

 辰治はこの男に決めた。辰治は男に向かって駆け寄って言った。

「先輩!先輩じゃないっすか?!お久しぶりです!」

 もちろん相手のサラリーマンはけげんな顔をする。辰治とは初対面だからだ。辰治はサラリーマンの目を見て、暗示をかける。

 俺はお前が可愛がっていた元後輩。サラリーマンの顔は途端に笑顔になって言った。

「辰治じゃねぇか!この野郎、ちっとも連絡よこさないで」
「へへ、すみません」
「まぁ、いいや。どうせ腹空いてんだろ?」
「はい!ごちそうになります!」
「たくっ!調子いいんだからよぉ」

 辰治はサラリーマンと一緒に牛丼屋に入った。サラリーマンは辰治に遠慮せずに食え言ってくれるので、牛肉の大盛りに生卵をつけた。

 サラリーマンは牛皿をつまみにビールを飲んで話していた。話しの内容は、会社の上司のグチ、家族が冷たい事への悲哀だった。

 辰治は牛丼を噛み締めながら、うんうんとあいずちをうっていた。サラリーマンは次第に陽気になり、家へ帰って行った。

 辰治は手を振ってサラリーマンを見送った。人間は、心の中にたまっている事を他人に話すだけでも気持ちが楽になるものだ。食事をおごってもらったのだ、これくらいはサービスだ。

 腹もくちたのでねぐらに帰ろうとすると、嫌な事に主人であるエグモントからの呼び出しがあった。

 辰治は舌打ちして足を早めた。
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