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 響はふうっと安どのため息を吐いた。どうやら辰治の命は取り止めたようだ。辰治はゆっくりと起き上がり、不思議そうに穴のふさがった腹を撫でている。

 響は安心したと同時に、エグモントに対して激しい怒りがわいて叫んだ。

「おい!お前!辰治はお前の眷属だろう?!何故殺そうとした?!」

 エグモントは微笑んだまま、響など眼中にないようで、ただジッとジュリアを見つめていた。エグモントが口を開いた。

「ジュリア。貴女は美しく心優しい。また次の機会に会いましょう」

 そう言ってエグモントは消えてしまった。ジュリアは吐き捨てるように言った。

「二度と私の前に現れるな。次は容赦しないわよ」

 響たちの脅威であったエグモントが去った。辰治はふらつきながらも立ち上がって言った。

「はぁ、ひどい目にあったなぁ」
「ひどい目どろこじゃないぞ!エグモントって吸血鬼は最低な奴だ!」

 辰治があまりにものんびりしているので、響は怒りがわいて叫んだ。いきどおる響を、ジュリアが手で制して言った。

「それは違うわ響。あのエグモントって奴は、私が辰治を助けるとふんであんな事をしたのよ」
「何でそんな事する必要があるんだよ?」
「辰治に私の血を飲ませるためよ」

 ジュリアは視線を響から辰治に移して言った。

「辰治、あんた血を飲んだ吸血鬼の位置を把握する事ができるわね?」

 辰治はくたびれたような笑顔を浮かべて答えた。

「はい、姐さん。俺たち眷属はご主人の機嫌が悪い時に遭遇したら、とばっちりで殺されるかもしれねぇから、吸血鬼になって最初に覚えるのが、ご主人の位置を探る事だ」

 ジュリアは顔をしかめて、何よ姐さんってと言ってから答えた。

「ええ、つまり辰治は私がどこにいるのかもわかってしまう。私の居場所を逐一エグモントに報告する事ができる」

 辰治はさも心外だというように、芝居がかった身振りで言った。

「そんな事しやしませんよ、姐さん。俺はご主人に殺されかけて、姐さんに命を救われたんです。一生ついていきます」
「けっこうよ。辰治、いい事?私たちの周りをうろついていたら、追い払うからね?!」

 辰治は苦笑してから、うやうやしく片膝をついて黙礼して言った。

「はい、姐さん。おおせのままに」

 そう言って辰治は姿を消した。響は辰治の消えた場所をぼんやり見ていた。

 はっと我に返ってジュリアにたずねた。

「ジュリア、辰治はジュリアの眷属になるの?」
「ええ、そうなるわね」

 響は考えこんでから言った。

「辰治もエグモントなんかの眷属をやめて、ジュリアの眷属になった方が幸せだね」
「違うわよ。辰治はエグモントの手先のまま。いわばスパイなの。だから響、辰治には気をつけて。いいわね?」

 不安そうなジュリアに、響はあいまいにうなずいた。
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