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事件

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 次の日も響はジュリアより先に目を覚まし、彼女の食事を作った。この日はチャーハンにした。ハムとたまごと玉ねぎのシンプルなチャーハンだが、味は中々だった。自分の分はどんぶりに入れてそのままかっこみ、ジュリアの分はお茶わんに入れて別な皿に盛って、お店のチャーハンのようにする。サランラップをかけて冷蔵庫にいれておく。

 響がバイトにでかける頃に、ジュリアは眠そうに起きてきた。響は寝てていいのにと彼女に言うが、ジュリアはいってらっしゃいを言うのだと頬をふくらませた。その表情が可愛らしくて、響は思わず笑ってしまった。

 コンビニの仕事をしていると、先輩の関田が出勤し、何事もなくヒマな時間が過ぎた。五時になり、響が帰ろうとすると、関田に呼び止められた。自分の仕事が終わるまで待つようにと。

 響はこうなる事を予想していた。美少女のジュリアを見せびらかす形になったのだ。響を下に見ている関田からすれば面白くないだろう。

 響は従業員室で関田を待ち、朝のパートの女性が出勤してからコンビニを出た。関田は黙って響をうながした。

 関田が響を連れて来た場所はコンビニに近い工事現場だった。ここは、ビルの建設中に折り合いがつかなくなり、そのまま放置されていた。夜は非行少年たちのたまり場だが、早朝は誰もいなかった。関田は響に振り向いて言った。

「単刀直入に言う。お前は彼女と別れろ」
「なんで関田さんにそんな事言われなければいけないんですか?」

 関田は、細い目をらさに細くして言った。

「考えてもみろ。あんな美人はお前にはふさわしくない。そうだ、彼女を俺に紹介しろ!」

 関田はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべて言った。関田は目が細くわし鼻の、あまり整っているとはいえない顔立ちだった。それなのに、自分が告白すればジュリアが振り向くと思っているようだ。

 響はウンザリしながら関田に言った。

「関田さん何を言われようと、俺はジュリアとは別れません」
「バカな奴だ。痛い目に合わないとわからないようだな?」

 関田は響にファイティングポーズを取った。響はため息をついた。響はコンビニの仕事を始めた当初、ずっと関田に嫌がらせを受けていた。荷物を運んでいる最中に背中を押されて転ばされたり、従業員室に閉じ込められたりと。これは関田が新人バイトに必ずやる事で、新人バイトはすぐに辞めてしまう。

 響は関田に嫌がらせされても、徹底的に無視をした。関田は響が自分に服従したと思ったのか、それ以来いやがらせは止んだ。仕事をすべて響に押し付け、自分はサボるようになった。

 関田は、響が自分を恐れていると思っているらしい。自分が響をおどかせば、言う事を聞くと考えているようだ。あまりの滑稽な思考回路にヘドが出そうだった。

 関田が響に殴りかかって来た。響は関田の一撃を軽く避けると、関田の背中をけって、うつ伏せに倒した。関田が起きあがろうとするのを、足で踏んで立ち上がれないようにした。関田が吠えた。

「おい!どけよ!高卒が!」

 関田は三流大学を何度も留年し、未だに卒業できていないというのに、高卒資格しかない響をいつもバカにしていた。

 響は腹の奥がドロリと熱くなった。これはいらだちだ。関田という人間のクズにバカにされて腹を立てているのだ。

 響は関田の右手を取ると、後ろに引っ張った。ギャァと関田が悲鳴をあげる。聞くに堪えない汚い声だった。関田は苦し紛れに叫んだ。

「テメェ!俺にこんな事してただで済むと思っているのか?!警察呼ぶぞ!」
「へぇ、出頭でもするんですか?関田さん。俺、知ってるんですよ?関田さんがレジから金盗んでいるの。オーナーだって気づいてます。このまま警察に行きましょうか」

 関田は静かになった。響はこれまで抑え込んでいた、関田に対する感情があふれ出した。関田という男は、ごう慢で残忍でなまけ者な人間のクズだった。こんな人間がいれば、また別な場所でいじめを受ける人が出るかもしれない。それならば、響がここで手を下した方が世の中のためではないのか。

 響は関田の引っ張っている右手に力をいれた。ゴクッという音がして、肩の関節がはずれた。関田はギャァと叫び声をあげる。響は関田の手をさらに引っ張った。このまま引っ張っれば、関田の右手はもげて、大量出血をするだろう。もしかすると死んでしまうかもしれない。

 そう考えているのに、響は関田の手を引っ張るのをやめなかった。ぶちぶちと嫌な音がしている。筋肉や腱が切れる音だろうか。

 突然、響の手に白い手が重なった。響が顔をあげると、そこにはジュリアがいた。ジュリアは微笑んで言った。

「響、手を離して」
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