ひよっこ召喚師モフモフの霊獣に溺愛される

バネッサとアレックス

　バネッサは暗くなった街中を歩いていた。妹のクララがまだ家に帰ってこないのだ。若い娘がこんな遅くまで外をほっつき歩いているなんて。バネッサはひどく怒っていた。

　クララを見つけたら、キツくしかってやろう。そうこうするうちに、バネッサは歩いているクララの後ろ姿を見つけた。クララはバネッサに気づかないようで、家の角を曲がって行ってしまった。バネッサは小走りでクララを追いかけたが、クララの姿はこつぜんと消えてしまった。

　そこでバネッサは急に不安になり、クララの名を大声で呼んで歩いた。しばらく歩くと町を出て森の中に入ってしまった。なおも歩くと、月明かりに何かが照らし出されていた。それは大きな木箱だった。

　バネッサはゴクリとツバを飲み込んで、木箱に近づいた。この木箱を開けたくない。中身を見たくない。バネッサは、頭ではそう思っているのに、身体はフラフラと動いて木箱のフタを開けようとする。

　ギギッと木のきしむ音がしてフタが開くと、その中には探し求めていたクララがいた。目を固くつむって、肌は青白かった。一目でクララが生きていない事がわかった。バネッサはかなぎり声の悲鳴をあげた。

　バネッサは全身びっしょりと寝汗をかいて飛び起きた。いつもの夢だ。クララがいなくなり、馬車に乗った男の木箱の中身を見てから、バネッサは毎日のようにクララの死ぬ夢を見ていた。

　トントンと控えめなノックの音がする。おそらく冒険者のアレックスだろう。バネッサがハイと返事をすると、アレックスの陽気な声が聞こえてきた。

「朝だぜ、バネッサ」

　バネッサは重だるい身体を起こして、身支度をしてから酒場に降りて来た。店のキッチンからは食べ物のいい匂いがした。どうやらアレックスが朝食を作ってくれたようだ。

　トマトベースの野菜スープに、ショートパスタが入っている。バネッサは食欲があまりなかったが、アレックスのスープはとても美味しくて完食してしまった。

　バネッサとアレックスは遅い朝食を終えて、とりとめのない会話をしていると、アレックスの肩に乗ったコツメカワウソがキューキューと鳴いた。すると穏やかだったアレックスの顔がきびしくなって言った。

「出発だ。バネッサ」

　バネッサはゴクリとツバを飲み込んでからうなずいた。

　バネッサは領主の屋敷に行くのに乗り合い馬車をつかまえようとしたが、アレックスがそれを止めた。アレックスはコツメカワウソにお願いをする。

「ドロップ。俺たちを領主の屋敷まで連れて行ってくれるか？」

　コツメカワウソはまるでアレックスの言葉がわかるようにキューキューと鳴いてから、アレックスの肩から飛び降りた。そしてムクムクと大きくなった。バネッサは突然の事にキャッと驚きの声をあげた。

　アレックスはコツメカワウソに飛び乗って、バネッサに手を差し出した。バネッサがアレックスの手を掴むと、強い力でコツメカワウソの背に乗せられた。アレックスは、バネッサが落ちないようにと断ってから、バネッサの腰に手を回した。すると、巨大なコツメカワウソがもうぜんと走り出した。バネッサは悲鳴をあげた。

　バネッサはアレックスの声にぐったりとしながら目を開けた。気づくと目の前に領主の屋敷があった。乗り合い馬車で半日かけて行く領主の屋敷に、バネッサはあっという間についてしまったのだ。

　バネッサはアレックスにこれからどうするのかと聞いた。アレックスは屋敷内に入ったフィンの連絡を待つと答えた。

　バネッサたちは領主の屋敷が見渡せる林で待機した。バネッサは手持ちぶさたで、ジッと屋敷を見ているアレックスの横顔を見た。アレックスに最初に会った時、美青年のバレットと美少年のフィンに挟まれてあまり目立たなかったが、アレックスも整った顔立ちをしていた。

　昨夜常連客におかしな事を言われたため、変に意識し始めてしまった。アレックスは身長も高いし、何より優しい。悪くないかもしれない。バネッサは思い切ってアレックスに聞いてみた。

「ねぇ、アレックス。恋人はいるの？」

　アレックスは驚いたようにバネッサに振り向いてから、悲しげに微笑んで答えた。

「ああ。故郷に女房がいる」
「・・・。そっか、じゃあ奥さんさびしいね。アレックスが冒険者になっていつもいないんだもの」

　アレックスはバネッサから視線を空に移して言った。

「いいや。ララァは俺といつも一緒なんだ」

　バネッサはガックリした、始まる前から終わっていた。アレックスの妻がうらやましかった。

　しばらくすると、アレックスの肩に乗っているコツメカワウソがキューキューと鳴いた。すると穏やかだったアレックスの顔がきびしくなって言った。

「フィンから伝言が来た。バネッサ、必ずクララを助けるからこの場で待っていてくれ」

　アレックスはそう言うと、あっと言う間に屋敷に走って行ってしまった。