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フィンとザラ

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 フィンはブランと一緒に人外語図書館までおもむいた。だが門の前まで来ると、フィンはしゃがみこんでブランの顔を見ながら言った。

「ねぇブラン。これからザラと二人で話すから、ブランはここで待っていてくれる?」

 ブランは顔をしかめて答えた。

『嫌だわよ。アタシも一緒に行くわ。もし怒ったザラがフィンを傷つけようとしたらどうするんだわよ?』
 
 心配顔のブランに、フィンは微笑んで大丈夫だと答えた。

 フィンが一人で人外語図書館に入って行くと、朝早いのにザラはもう出勤していた。彼の顔色はとても悪かった。フィンはザラに何と切り出せばいいのかわからずためらっていると、ザラに場所を変えようと言われた。

 フィンはザラと連れ立って、図書館の裏にやって来た。フィンがサクマに連れてこられた場所だ。ザラが何の感情のこもらない表情で言った。

「館長から聞いたよ。フィンは召喚士で、冒険者の依頼でこの図書館に来ていたんだってね」

 フィンは黙ってうなずいた。ザラはフィンから顔をそらして、下を向きながら、震える声で言った。

「面白かったかい?僕の事をだまして。僕は君の事を同じ召喚士になれなかった仲間だと思っていた。だが君は美しい白猫の霊獣と契約した召喚士だった。君の目にうつる僕はさぞこっけいだっただろうな」

 フィンは息を飲んだ。ザラは心の底から傷ついているのだ。フィンはゆっくりと答えた。

「ザラ、嘘をついていてごめんなさい。貴方をだまして面白がってなんかいなかった。だけどザラにそう思われたら、僕は返す言葉がないよ。だから、ザラ。貴方の気のすむようにしてくれ。僕は何も手を出さない」
「そんな事言って、君に危険がおよべばすぐに霊獣が助けに来るんだろ?」
「いいや。ブランには来ないでと言ってある」
「あはは。フィン、君はどこまでも僕をバカにするんだね?僕が何もできないとたかをくくっているんだろう?」

 ザラは引きつったような笑顔を浮かべていた。ザラはポケットからナイフを取り出した。フィンは覚悟を決めて目を閉じた。依頼だったからといえ、フィンがザラを傷つけた事に変わりはない。フィンはザラに誠意をしめさなくてはならないのだ。

 フィンは息を飲んで、ザラの刃が自分に襲いかかるのを待った。だがフィンに刃が刺さる事はなく、ザラのギャッという悲鳴が聞こえた。慌ててフィンが目を開くと、そこには植物拘束魔法で身体を拘束されたザラと、フィンを守るように立ちはだかるブランの後ろ姿があった。

「ブラン!」

 フィンは思わず叫んだ。ブランは振り向かずにフィンたちに言った。

『アンタたち人間が、アタシたち霊獣をどう考えようと、語ろうと勝手だわよ!だけど、だけどね!アタシは契約者のフィンの事が大好きなの!アタシがナイフで刺されるよりも、フィンがナイフで刺される方が、アタシは痛いの!苦しいの!』

 フィンはブランにごめんなさいと言った。ブランの声が涙声だったからだ。フィンはザラに誠意をしめそうとやっきになって、ブランをとても心配させてしまったようだ。

 フィンはブランの背中を優しくなでながら、お願いした。

「ブラン、お願い。ザラを離して?」
『嫌だわよ。コイツはまたフィンを傷つけようとするのさ』
「ううん。大丈夫だよブラン。もうザラはそんな事しないよ?」

 フィンがザラを見ると、その顔は焦燥しきっていた。ブランは植物拘束魔法を解いてくれた。フィンはザラの側によると、彼の手を取り立ち上がらせた。フィンは改めてザラに言った。

「ザラ、貴方を傷つけて本当にごめんなさい」
「・・・。僕は、なんて事をしてしまったんだろう。フィンは霊獣と契約できるような人間だ。僕をだまして笑うような奴じゃないってわかっていたのに。フィン、この事を館長に伝えてくれ。僕は騎士団に出頭するよ」
「えっ!ザラ。騎士団に何しに行くの?」
「僕はフィンを殺しかけた。未遂とはいえ殺人をおかそうとしたんだ」
「ちょっと待ってザラ。僕は元気なんだから、そんな理由で騎士団に出頭してもむこうも困るよ」
「それならフィンが僕をさばいてくれないか?」
「あれ?なんか立場が逆転したなぁ。それならザラ。僕と友達になってくれませんか?」
「・・・。フィン、君はバカなのか?」
『フィンはバカじゃないだわよ!』

 ザラの言葉にブランが怒って言った。ザラは足元のブランに視線を向けて言った。

「すまない、美しい白猫の霊獣よ。そういう意味ではないんだ」

 ザラはブランから視線をフィンに戻して言った。

「フィン、僕は君を殺そうとしたんだよ?何故友達になんてなろうと思うんだい?」
「?。だってザラは僕に親切だったじゃないか?」
「それはフィンが僕よりも仕事のできない奴だったからだよ。フィンと僕が一緒にいれば、僕はフィンと比較され、評価されるからね」
「そうかもしれない。だけど僕はザラの言葉にとても感謝しているんだ。ザラは僕に、練習すれば字が上手くなると言ってくれたでしょ?僕は字が汚い事がずっとコンプレックスだったんだ。僕は読み書きをちゃんと習った事がなくて、召喚士養成学校ではとても苦労したんだ。黒板に書かれた文字を書き写すのがやっとで、その後に先生や同級生に教えてもらわなければ書いている内容もわからなかった。だから字が上手で優秀なザラに、練習すればきっと上手くなるよと言われて、僕はとても嬉しかったんだよ」
「そんな小さな事で、フィンは僕を許そうというのかい?」
「小さな事じゃないと思うよ?人に影響を与える言葉って、その人のためを思って言った言葉でも、その人が求めている言葉でなかったら響かないと思う。だけどどんなささいな言葉でも、その人が求めている言葉なら救われる人もいるんじゃないかな?」

 ザラは驚いた顔でフィンを見つめてから、泣きそうな顔で言った。

「ありがとう、フィン。僕は司書の仕事を辞めるよ。未練がましく霊獣や精霊にかかわらないで生きていくよ」
「どうしてザラ!ザラは霊獣と精霊の本を書くんでしょ?僕、ザラの書いた本を読んでみたいよ」
「僕は召喚士になれなかった人間だ。そんな奴が霊獣と精霊の本を書こうとするなんておこがましい」
「ならザラ。僕の事を書いて?」
「えっ?!フィンの事」

 ザラはびっくりした表情で言った。フィンはうなずいて答えた。

「うん。僕は字が汚いし、文章だって書けない。だけど、ザラならきっと素晴らしい本を書けるよ」

 ザラは困ったような顔をして立ち尽くしていた。フィンはザラに穏やかな声で言った。

「ねぇザラ、聞いてほしいんだ。僕の知り合いにね、召喚士だったんだけど、悪い気持ちが芽生えて、契約霊獣に契約解除されてしまった人がいたんだ」

 ザラは黙って聞いていた。フィンは言葉を続ける。

「その人はとても後悔して、生き方を変えたんだ。霊獣を助けるために人生をささげた。そうしたら、もう一度同じ霊獣と再契約できたんだ」
「その召喚士はそうだったかもしれない。だが僕は最初の召喚にも応じてもらえなかった」
「違うよ、ザラ。そうじゃないんだ。人間はね、とっても弱い生き物なんだ。すぐに悪い心にとらわれてしまう。だけど、だけどね。人間は気持ち一つで良い心になる事だってできるんだよ?」

 フィンはザラの手を取って、ギュッと握りしめて言った。

「僕、旅先からザラに手紙を書くよ。だからザラ、僕とブランの話を書いて?」

 ザラはゆっくりとうなずいた。フィンの足元のブランがザラに言った。

『ちょっと、アンタ。アタシの言い分もちゃんと書くのさ。アタシたち霊獣はね?契約した人間を絶対見捨てたりなんかしない!』

 ブランの言葉に、ザラはウンウンとうなずいた。その目には涙が浮かんでいた。


 
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