ひよっこ召喚師モフモフの霊獣に溺愛される

フレイヤの願い

　フレイヤは目の前の情景を理解する事ができなかった。突然現れた、リリーの元同級生グッチがまがまがしほどの強力な魔力をたずさえていたからだ。人間が魔物と契約した末路は、死だ。

　フレイヤは覚悟を決めた。グッチを倒さなければいけない。フィンとブランは、いち早く行動を開始した。フィンとブランはグッチの攻撃を防ぎながら着実に距離を縮めていった。フレイヤの横のリリーは、かたずを飲んで事の成り行きを見守っていた。フレイヤはこの時少しちゅうちょした。リリーに残酷な場面を目撃させたくなかった。きっとこれから、フィンとブランがグッチの命を取る場面を。

　だが、突然予想だにしない事態が起きた。フィンが、グッチの身体中に生えている沢山の針に刺されて倒れたのだ。リリーはかなぎり声でフィンの名前を叫んだ。霊獣のブランは、倒れたフィンをぼう然と見つめて身じろぎひとつしなかった。このままではフィンが死んでしまう。フレイヤは叫んだ。

『ブラン！私の魔法を使うの！』

　ブランはフレイヤの声にビクリと身体を震わせてから、魔法具の火魔法を使った。フィンの身体はこつぜんと消えた。ブランが隠しの魔法を使ったのだ。これでフィンの現状は維持できる。だが早くこの状況を打開しなければフィンを助ける事もできない。

　フレイヤは下唇を噛んだ。グッチは魔物の魔力を使いこなしていた。フィンとブランに隙を見せて、確実にフィンを倒したのだ。次はリリーが狙われる。ブランはフィンの命を守るため、人間になり拘束魔法具の首輪を身につけた。

　全身針だらけのおぞましい姿のグッチは、ゆっくりとリリーに近づく。フレイヤはリリーを守るように背中にかばった。グッチはニヤニヤと笑いながらフレイヤに言った。

「火の精霊よ、拘束魔法具を付けろ。そうすればリリーを傷つける事はしない」

　フレイヤはグッチを無言でにらんだ。グッチは言葉を続けた。

「俺の魔力を目の当たりにしただろう？俺はすぐさまリリーを殺す事ができる。だがフレイヤ、お前がこの魔法具をつければリリーを傷つけないと約束しよう」
『本当に？』

　グッチはフンッと鼻を鳴らして、フレイヤを小馬鹿にしたように笑って、手にしていた首輪をフレイヤの目の前に放った。フレイヤは、かんまんな動きで首輪を拾って首につけようとした。そんなフレイヤにリリーが叫ぶ。

「ダメよフレイヤ！」

　フレイヤはリリーに振り向いて笑って言った。

『リリー、わかって？今は貴女とフィンの安全を最優先にしなければいけないの』

　フレイヤが魔法具を身につけると、自身の中にある魔法か封じられたのがわかった。グッチはいやらしい笑みを貼りつけたままリリーに言った。

「リリー、ここに来い」

　リリーはこわばった顔のままグッチの前に立って言った。

「グッチ、貴方は化け物よ！魔物と契約したからじゃないわ。貴方は子供の頃から化け物だった。フィンを殴っていた時の貴方の顔、ニヤニヤと笑って本当に化け物のようだった」

　リリーの言葉に、グッチの顔がみにくくゆがんだ。グッチはリリーの頬を思いっきりはたいた。リリーの身体は横に吹っ飛んだ。フレイヤはたまらずリリーの名前を叫んだ。グッチは倒れたリリーのそ場までやってくると、リリーの頬をつかんで上を向かせた。

「リリー、これからは俺の花嫁になるんだ。大人しくしているんだぞ？」

　リリーはグッチに叩かれた頬を真っ赤にさせながらニヤリと笑うと、口から何かをプッと吐き出した。それはグッチの頬に当たった。リリーは叩かれて出血した血を口内に溜めて、グッチに吹きかけたのだ。グッチの顔は怒りに染まり、リリーの胸ぐらをつかんで持ち上げた。

　フレイヤは悲鳴をあげた。

『ダメよ、リリー！』

　リリーは不敵な笑みを浮かべながらグッチに言った。

「ええ、なってやるわよ。貴方のお嫁さんに。だけどただいるだけ、貴方の言う事なんて一つだって聞くものですか！たとえ殴られたって貴方の思い通りになんてならない！」

　リリーの言葉に、グッチの顔はゆがんだ。グッチはリリーの胸ぐらをつかんだまま、リリーの顔をはたいた。パシンッと乾いた音と共に、リリーの鼻から鼻血が吹き出した。フレイヤはうわ言のように言った。

『やめて、やめてグッチ。約束したじゃない？リリーの事は傷つけないって！』

　グッチはフレイヤにさげすむような視線を向けて言った。

「愚かな火の精霊よ。お前はなんてバカなのだ。俺が約束を守るとでも思ったのか？リリーとブランを手に入れたら、お前とフィンはなぶり殺しにするに決まってるだろう」

　グッチの残忍な言葉に、フレイヤはがく然とした。フレイヤは何故グッチの言葉を信じてしまったのだろう。グッチはもう人間ではない、魔物なのだ。もしリリーに気にくわない事があれば、すぐに殺してしまうだろう。それなのにフレイヤは自らの魔力を封じてしまった。自分はなんておろかなんだろう。

　うなだれているフレイヤをよそに、リリーが大声で叫んだ。

「私の契約精霊はバカなんかじゃないわ！美しくて心優しい精霊よ！グッチ、さっきの言葉を取り消しなさい！」

　リリーはグッチに自分の生命を握られていながら、まったくのちゅうちょもなくグッチをののしった。リリーを止めなくては、フレイヤは叫んだ。

『リリー！もう黙って！』

　グッチはリリーの胸ぐらをつかんだまま、まったく感情のこもらない声で言った。

「リリー、お前の叫び声は聞くにたえない。もういい、死ね」

　フレイヤは、グッチの動作をぼう然と見ていた。グッチはつかんでいたリリーの胸ぐらを放した、そして身体中の針を一気にリリーに刺そうとした。フレイヤは走った。早くリリーを守らなければ。フレイヤは数百年生きる精霊だ。魔力を封じられたとしても身体能力はすぐれている。

　フレイヤは素早くリリーを抱きしめた。背中に激しい痛みを感じる。リリーが大きな瞳でフレイヤを見た。リリーが泣き声をあげる。

「フレイヤ？いや、フレイヤ死んじゃいや！」

　フレイヤは愛しい契約者のリリーに微笑みかけて言った。

『大丈夫よリリー。私はこんな事では死なないわ。リリー、よく聞いて？ブランの魔法を使って？私とリリーを包むの』

　リリーは目を大きく開いてから、胸元のペダントに触れた。すると地面から植物のツタが沢山生えだし、フレイヤとリリーを包み込んだ。