ひよっこ召喚師モフモフの霊獣に溺愛される

フレイヤの愛

　フレイヤがしばらくしてようやく落ち着くと、校長はフレイヤたちを校長室に案内した。校長室は落ち着いた木の家具で統一されていた。校長は年代物の机の引き出しから古ぼけた手紙を取り出してフレイヤに渡した。フレイヤはブルブルと震えながら手紙を持っていた。フレイヤのとなりにいたリリーが気を利かせ聞いてくれた。

「フレイヤ、よければ私が読もうか？」

　リリーの申し出に、フレイヤは力なくうなずいた。フレイヤは人間の文字が読めなかったからだ。一体この手紙に何が書かれているのだろうか。もしかしたらイヴァンの恨み言が書かれているかもしれない。フレイヤは、自分を裏切ったイヴァンにもう一度会いに行こうとは思わなかったのだ。フレイヤはイヴァンを見捨てて逃げたのだ。

　フレイヤの脳裏に元召喚士ゴルと、再度彼と契約した霊獣ウルラが浮かんだ。彼らは一度契約を解除しながら、もう一度契約をしたのだ。霊獣ウルラは、元召喚士ゴルが清い心を取り戻すまでひたすら待っていたのだ。

　フレイヤはか細く息を吐くと、リリーに手紙を読んでくれるよう頼んだ。例え、元契約者のイヴァンの恨み言が書いてあったとしても、甘んじて受け入れようと思った。リリーは注意深く二百年以上前の手紙を開封した。そして手紙の内容を黙読してからフレイヤの目をジッと見つめた。フレイヤに読んでよいかとたずねているのだ。フレイヤはゴクリとツバを飲み込んでからうなずいた。リリーもうなずいてから綺麗な声で読みだした。

「フレイヤ。君にこの手紙を読んでもらえる事を強く願う。おそらく私は生きている間に君に会う事は叶わないだろう。フレイヤ、どうか私の事を気に病まないでくれ。すべて私が悪いのだ。浅はかにも、君の強大な魔力を自分のモノのように操ろうとした私が悪いのだ。私が愚かだったのだ。

フレイヤ。言い訳になってしまうかもしれないが、人間はとても弱い生き物なのだ。どんなに精霊の深い愛情を受けていても、よこしまな心が芽生えてしまう事もあるのだ。だから、私が君にしてあげられる唯一の事をしようと思う。私は召喚士の学校を作る。そして、未来の召喚士にいかに精霊や霊獣が召喚士の事を愛してくれているのかを教えていきたいと思う。そして、召喚士は精霊や霊獣と契約する心構えと責任を教えてやりたいのだ。フレイヤ、君の心の傷が癒えて、もう一度人間と契約したいと思えた時に、その人間が決して君を裏切らないように。

フレイヤ。君を裏切って、君が私の元を去って、初めて取り返しのつかない事をしたと気づいた。君からしたら私の気持ちなどはもう必要ないかもしれない。だが、この手紙に私の心をしたためておこう。フレイヤ、君を心から愛している。例え私の肉体は滅びるとも、私の気持ちは永遠に残るだろう。

フレイヤ、どうかずっと幸せでいてくれ」

　リリーの綺麗な声が手紙を読み終えた。フレイヤはその場に立っていられなかった。涙が後から後から目からこぼれ落ちるのだ。リリーはイヴァンの手紙をていねいに折りたたみ封筒に戻すと、フレイヤの腕を引っ張った。フレイヤは崩れるようにリリーの足元にしゃがみ込んでしまった。リリーは優しくフレイヤを抱きしめてくれた。そしてフレイヤの燃えるような紅い髪を撫でてくれた。フレイヤはリリーの胸に顔をすりつけて号泣した。

　フレイヤの涙がようやく落ち着いた頃、リリーがフレイヤに話し出した。

「ねぇフレイヤ。その左手のの薬指にしている指輪は、イヴァンが貴女に贈ってくれたモノなの？」

　フレイヤはウンウンとうなずいた。リリーは優しくフレイヤの頭をひと撫でしてから穏やかに言った。

「ねぇフレイヤ。人間の世界ではね、左手の薬指に贈る指輪は永遠の愛を誓うのよ？パパもママに贈ったんだって。今はママの左手の薬指にはまったまま棺に入っているの。だからねフレイヤ、イヴァンはね、最初から最後まで、ずっとフレイヤの事が大好きだったのよ？」

　フレイヤはリリーの胸に顔を顔をすりつけながらうなずいた。フレイヤがようやく落ち着いた頃、校長がフレイヤの側にやって来てためらいがちに言った。

「フレイヤ、お主に会えてわしは嬉しい。わしはイヴァン先生との約束を果たせたのだ。イヴァン先生はいつも言っていた。フレイヤは気高く美しい精霊だと。若い頃のイヴァン先生は、お主を傷つけたが、私に教鞭をとってくれたイヴァン先生はとても立派な方じゃった。私が今もポプラと共にいられるのは先生のおかげなんじゃ」

　校長の言葉に、彼の肩に乗っていたリスザルの霊獣は嬉しそうに言った。

『そうだぞ、アントンはずっといい奴なんだぞ？』

　アントンと呼ばれた校長は嬉しそうにリスザルの霊獣ポプラを撫でた。フレイヤとイヴァンは契約を解除して、そのまま別れ別れになってしまった。だがイヴァンが教師になり、その後の召喚士を育ててくれたのだ。フレイヤはその事がとても嬉しかった。