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バレットの気持ち

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 その朝バレットは、あたたかなまどろみの中で目を覚ました。温かさの原因をぼんやりと考えて目を開くと、目の前にフィンの顔があった。頭の上が温かいのは白猫のブランがいるためだろう。どうやら昨夜フィンはバレットのベッドに押し込まれたらしい。おおかたアレックスが自分のベッドが狭くなるのを嫌がっての行動だろう。フィンはベッドのはじで小さく丸まって眠っていた。

 バレットは、フィンの寝顔をまじまじと見つめて、なぜかフィンのおでこにキスをしたいと思った。バレットが小さい頃、養父のゾラが毎晩やってくれていたのだ。バレットはゾラに引き取られてから、夜中に悪夢に飛び起きる事があった。夢の中で死んでいった孤児院の仲間が、バレットをさいなむのだ。バレットだけズルい、美味しいご飯と温かなベッドを一人じめして。かつての仲間は恐ろしい顔でバレットを非難する。バレットは泣きながら謝るのだ。

 バレットはゾラに揺り起こされて悪夢から覚めるのが常だった。ゾラは、びっしょりと汗をかいて震えるバレットの背中を優しくさすってくれた。そして、よく効くおまじないだといって、バレットのおでこにキスをしてこう言うのだ。

「あんずるなバレット、お前の怖い夢はわしが全部吸い取ってしまったぞ?だから安心してお休み」

 ゾラのおまじないはバレットにとっててきめんだった。バレットは眠る前にゾラにおまじないをねだった。

 バレットは、スースーと幸せそうに寝息をたてるフィンのつるんとしたおでこに、チュッとキスをした。すると、それまで寝ていたフィンが、パチリと大きな瞳を見開いて驚いた声で言った。

「バレット、今の何?」
「えっと、いい夢を見るためのおまじない」
「・・・、もう朝だけど」
「・・・、そうだな」

 バレットとフィンが気まずくなっていると、目が覚めたアレックスが大声で言った。

「おい、お前たち起きろ!朝だぞ!」


 フィンたちは宿屋の一階で朝食を取ると、依頼のあった集合場所を目指した。

 その日の夜は山で野宿をする事にした。フィンの日課である剣の修行を終えてから、フィンたちは焚き火を囲んでいた。アレックスは、魚を捕るためこの場にはいなかった。何故かバレットの契約霊獣黒ヒョウのパンターが、バレットのかたわらにいた。フィンはかねてよりバレットとパンターの仲を心配していたが、どうやら円満なようだ。フィンは以前から疑問に思っていた事をパンターに聞いた。

「ねぇパンター。パンターはバレットと契約する時、何を対価にしたの?」
『対価なんてねぇよ?元々霊獣と人間の契約に対価なんて必要ないんだ』

 パンターの爆弾発言に、フィンは驚きの声をあげた。

「えっ!?そうなの?」
『ああ。霊獣や精霊の契約時の対価なんて、人間側が勝手に言ってくれる事だからな。俺たち霊獣は、気に入った人間なら何の対価も無くても契約したいしな』

 フィンが驚きを隠せないでいると、バレットが口を挟んだ。

「なぁフィン、対価って何だ?」
「僕たち召喚士は精霊や霊獣と契約する時に対価を提示するんだ。僕のブランに対する対価は、毎日ブランの事を綺麗って言う事なんだ」
「何だそりゃあ」

 ブランは嬉しそうにフィンにすり寄った。バレットは呆れたように言った。

「何だ対価なんてどうでもいいんだな?」

 バレットの言葉にパンターはニヤニヤ顔で言った。

『ならバレット、俺への対価はハグでもいいぞ?』
「えっ、毛が付くから嫌」
『バレット、お前いつも泥だらけなのに何言ってるんだ』

 フィンはバレットとパンターのかけあいにクスクス笑った。バレットはふと思い出したようにパンターに言った。

「なぁパンター。俺は召喚士じゃないけどお前と契約できたろ?ならアレックスも霊獣と契約できるか?」
『まあな、アレックスという人間は心が綺麗だからな。アレックスを気に入った霊獣がいれば、フィンが手助けしてくれれば可能だと思うぞ?』

 フィンもかたわらのブランに聞いた。

「ブランもアレックスの事好きだよね?」
『ええ、アレックスはとてもあたたかい心の人間だわね』

 ブランの返事を聞いてからフィンはバレットに聞いた。

「ねぇバレット。何でバレットはアレックスに霊獣と契約して欲しいの?」
「・・・。アレックスはなぁ、すっげぇバカが付くほどのお人好しなんだよ!あのバカ、敵が子供なら剣を振るえなくて自分が刺されちまうような奴なんだよ」
「・・・、バレットはアレックスの事が大切なんだね?」
「大切?・・・、わからない。俺は、じいちゃんとレオリオとシンシアが死んでから、胸に穴が空いちまったんだ。その穴は、いつもジクジクと痛くて、すごく寒いんだ。だから、アレックスが死んでしまったら、この穴が増えるのかなと思って」

 バレットの言葉を聞いたフィンは、胸が苦しくなった。バレットはアレックスが自分にとって大切な人だという事に気づいていないのだ。フィンはバレットの目を見て、しっかりした声で言った。

「ねぇ、バレット。バレットの胸に空いた穴は誰にもふさぐ事はできないと思う。だってその穴は、バレットがゾラさんたちを大切に思っているあかしだから。でもその穴に風が当たらないようにする事はできるよ?」

 フィンはそう言うと、バレットのひざの上に乗っかって、バレットの首に抱きついた。

「ねぇバレット。僕とアレックスが、バレットの穴の風よけになるよ?」

 バレットはおずおずとフィンの背中に手を回して言った。

「あったかい」

 フィンは泣きたい気持ちになってバレットの首にギュウギュウしがみついた。すると、声がした。

「何やってるんだお前たち」

 フィンが首をひねって振り向くと、そこには川魚を持ったアレックスが立っていた。フィンはアレックスに説明した。

「バレットが寒いっていうから温めてあげてるの」
「ふぅん」

 アレックスは納得していない様子だったが、頬を引きつらせてそれ以上聞いてはこなかった。

 アレックスは川魚のハラワタをていねいに取って、木の枝にさし塩を振って焼いてくれた。焼いた川魚はとても美味しかった。夜になり、バレットとアレックスが交代で見張りをしてくれる事になり、フィンとブランは先に休ませてもらう事になった。フィンはバレットにおずおずと言った。

「ねぇバレット。おまじない、して?」

 バレットは優しく微笑んでフィンのおでこにおやすみのキスをしてくれた。フィンは面映ゆい気持ちになって笑った。ふとアレックスを見ると、何とも不思議な顔をしていた。フィンはあたたかい気持ちになって毛布にくるまり、ブランと眠りについた。

 



 
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