あやかし学園

封印の解除

　狐太郎がゆっくりと目を開くと、そこには目から鼻から口から水分を流した狼牙の顔があった。狼牙は百年前と変わらず小さいままだった。

「コタァ！コタァ！うわぁぁん！」

　狼牙は狐太郎の首にしがみつき、わんわんと泣き出した。狐太郎は狼牙の頭を撫でながら言った。

「何だ、狼牙。お前全然成長してないなぁ」
「狐太郎」

　狐太郎が声に顔をあげると、そこには母の蘭玉とオルガがいた。狐太郎は微笑んで言った。

「母さん、オルガ」

　だが後ろにいた人々の姿を見て狐太郎は驚愕の声をあげた。母たちの後ろには、狐太郎のクラスメートが立っていた。狐太郎が封印される前と同じ姿の子供のままで。狐太郎は全てを察して母に叫んだ。

「母さん！何で俺の封印を解いたんだ！」

　母の蘭玉は、息子の剣幕に一瞬驚いた顔をしてから、寂しそうに微笑んで答えた。

「大丈夫よ？狐太郎。お父さんが死んだの。もう貴方が百年も封印されている事はないのよ？」
「！。母さん、お父さんを殺したの？！」
「いいえ。お父さんとの婚姻の契約を解除したの」

　狐太郎は激しいショックを受けた。婚姻の契約の解除。すなわち蘭玉の寿命が半分になってしまったという事だ。狐太郎は激しい怒りが込み上げて、母に叫んだ。

「何やってんだよ！母さん！これじゃあ俺のやってきた事が全部無駄になっちゃったじゃないか！友達まで傷つけて。俺は、母さんに長生きしてほしかったんだ。俺よりも」

　狐太郎はそれまで抱え込んできたものが一気に溢れだすのを感じた。

「俺は、俺なんかが生まれたせいで、母さんとオルガと、狼牙は苦しんでいる。俺は、皆の重荷になんかなりたくないんだ」

　それは狐太郎の心の叫びだった。狐太郎は父正勝の器になるためにこの世に生まれた。狐太郎を生かすために、母とオルガと狼牙はずっと苦しんできた。狐太郎は母たちにうとまれるのがずっと怖かったのだ。

　お前さえいなければ。と思われたら、狐太郎はそれだけで死んでしまいたいほど苦しかった。だから自分を封印した。

　狐太郎の剣幕にオロオロしていた蘭玉は、優しい声で言った。

「ごめんね？狐太郎。狐太郎が私たちの事を思ってやってくれた事はよくわかるわ？だけどね？母さんは狐太郎が元気で幸せでいてくれなければ、母さんも幸せにはなれないの」

　狐太郎は不思議そうに蘭玉を見つめた。蘭玉はうなずいてから言葉を続けた。

「母さんはね、それまで人間はとても愚かな生き物だと思っていたわ。寿命は百年も持たなくて、すぐに死んでしまう。でもね、人間たちは、限られた時間を必死に生きている。人を愛し、子供を愛する。共にいられる時間は短いけれど、その時抱いた思いはずっと続くんじゃないかって思ったの。だから母さんは、百年間、狐太郎が封印されているよりも、狐太郎と同じ時間を一緒に過ごしたいの。狐太郎と過ごせるわずかな時間が、私の何百年の年月よりも大切なの」
「・・・、母さん」

　蘭玉はゆっくりと狐太郎を抱きしめた。狐太郎は久しぶりに母に抱きしめられた。暖かい、優しい匂いがした。母は狐太郎を抱きしめながら小さな声で言った。

「狐太郎、これだけは覚えていてね？母さんの息子に生まれてきてくれて、本当にありがとう」

　狐太郎は母に抱きついて、小さな子供のように泣いた。