あやかし学園

狐太郎の誕生

　それは異常で屈辱的なものだった。首に刃物を突きつけられたオルガと、幼い狼牙の目の前で、蘭玉は下衆な人間に凌辱された。

　怒りと悲しみと羞恥の入り混じる中、自身の上に乗っている人間の老人ののどぶえを食い破ってやりたかった。

　だかそうすれば、蘭玉の命よりも大切な親友と、その子供が殺されるのだ。蘭玉は、血がにじむほどくちびるを噛みしめながら耐え続けた。

　その行為は、蘭玉が人間の子供を身ごもるまで続いた。やがて蘭玉は妊娠し、腹が大きくなってきた。

　蘭玉は人間の子供を産んだら、すぐさまオルガと狼牙とともに明神家を出ようと考えていた。だが十月十日経ち、我が子の産ぶ声を聞き、蘭玉の考えは百八十度変わってしまった。

　蘭玉の腹から生まれた我が子は、激しく泣き叫んでいた。生きたい、生きたい。言葉を話さぬ我が子は、必死に母に訴えていたのだ。

　蘭玉は生まれたばかりの我が子に、狂おしいほどの愛情を感じた。蘭玉は我が子を守るため、明神家に残る事にした。

　正勝は蘭玉の提案を喜び、婚姻の契約を持ちかけた。あやかしと人間との婚姻の契約は、人間の寿命を伸ばす事ができる。正勝は百歳の老人なので、後百年は生きられるようになるだろう。

　だが婚姻の契約が反故にされれば、蘭玉の寿命は半分になってしまう。蘭玉は愛する我が子の父親の寿命を伸ばすため、婚姻の契約を了承した。

　蘭玉はオルガと狼牙には、明神家を出て自由になってもらおうも思っていた。しかしオルガと狼牙は、蘭玉と生まれた子供の狐太郎と一緒にいてくれると約束してくれた。

　蘭玉は人間ばかりの中で、オルガの申し出はとても心強かった。だが陰陽師たちは、蘭玉とオルガの妖力を恐れて、封印の首輪をつけさせた。この首輪をつけると、蘭玉とオルガは、実力の十分の一の妖力も発揮できなかった。

　幼い狼牙だけは封印の首輪をつける事をまぬがれた。狼牙は幼くて、妖力が弱いので、首輪をつけられると弱って動けなくなってしまうのだ。

　狐太郎の授乳期は、蘭玉とオルガ、狼牙との穏やかな日々が続いた。人間との間の子供である狐太郎の成長はすさまじく、あっと言う間に幼児にまで成長してしまった。

　乳を飲む必要性がなくなると、蘭玉と狐太郎は引き離されてしまった。唯一、狼牙だけは狐太郎と一緒にいる事を許された。蘭玉は腕の中で眠っている狐太郎を抱きしめ、泣きながら狼牙に言った。

「狼牙！お願い！狐太郎を守って？！ずっと狐太郎の側にいてあげて？！」

　蘭玉の目に涙を浮かべながらの願いを、狼牙はジッと聞いてから答えた。

「ラン。俺、コタ守る。ずっと一緒」
「あ、ありがとう」

　オルガは狼牙を抱き上げて頬ずりしながら言った。

「おお、よく言った！それでこそアタシの息子だ！狐太郎を頼んだぞ？！」
「おお！母ちゃん！わかったぞ！」

　そこで蘭玉ははたと気づいた。狼牙が狐太郎と一緒にいるという事は、オルガと狼牙も引き離されるという事にほかならなかった。