あやかし学園

盛平

文字の大きさ
上 下
52 / 91

さわらび童子のひとり言

しおりを挟む
 さわらび童子はホッとため息をついた。思っていたよりも、一年生の引率は簡単そうだった。一年の男子生徒は皆いい子で、さわらび童子の言葉を良く聞いてくれる。一番心配していた獣人の狼牙は、さわらび童子になついてくれたようだ。

 さわらび童子は今、人間と妖狐の子供である狐太郎に抱っこされて展望台の通路を歩いている。獣人の狼牙は、サトリの半妖の悟と、河童の半妖の河太郎に手をつながれて、ご機嫌そうだった。

 狼牙があやかし学園に来た頃は、狐太郎にべったりくっついて離れなかった。狐太郎と狼牙の担任になる雪女の雪奈は、狼牙は甘えん坊だと苦笑したが、さわらび童子はそうは思わなかった。

 狼牙は狐太郎に危害を加える者を警戒しているのだ。狼牙は命がけで、狐太郎を守っているのだと思った。

 あやかし学園で過ごすうちに、狼牙の気持ちは変化していった。狼牙はあやかし学園の人々を信頼し始め、狐太郎に親切にしてくれる人たちだと認めてくれたのだ。

 さわらび童子はチラリと狐太郎を見上げた。狐太郎は小さく笑った。狐太郎は狼牙の心境の変化を喜んでいるのだ。

 狐太郎は、あやかし学園に入学当初から、何か心に抱えている事があるように思えた。さわらび童子がいくら質問しても、彼は決して胸の内を打ち明ける事はなかった。

 狼牙はしばらくは悟と河太郎にかまわれてご機嫌だったが、ふと狐太郎とさわらび童子をふりむいて、近寄って来た。

「抱っこ!」

 狼牙がおもむろに狐太郎に言った。さわらび童子は、自分を狐太郎が抱っこしているから、狼牙が嫉妬したのだと思った。狐太郎もさわらび童子と同じ考えを持ったらしく、優しげに狼牙に聞いた。

「何だ?狼牙。お前も抱っこして欲しいのか?」
「違う!俺が、こうちょう抱っこ!」

 どうやら狼牙は自分を抱っこしたいようだ。狐太郎は苦笑して、さわらび童子を狼牙に渡した。さわらび童子は少々緊張した。獣人の狼牙は、こぶしで石を砕くほどの怪力の持ち主だ。

 さわらび童子を抱きつぶすなど、造作もない事だった。しかし狼牙は、さわらび童子を優しく抱きあげた。狼牙は強力なチカラを持っていると同時に、とても優しい心を持っているのだ。

 狼牙はさわらび童子を抱き上げて、ご機嫌そうに展望台の通路を歩き出した。狐太郎たちは微笑ましそうに、さわらび童子たちを見ていた。

 その時、ある事が起きた。ちょうど狼牙がエレベーターに差しかかった時、ウィングタワーから降りようとする客の一団が、エレベーターに乗り込んでいた。

 狼牙は突然、叫ぶように言った。

「あ、えべれーたー!」

 狼牙はさわらび童子をかかえたままエレベーターに乗り込んでしまった。エレベーターはグングン下降し、一階に到着してしまった。

 狼牙はさわらび童子をかかえたまま、ものすごい速さで走り出した。狼牙はしばらく走ってから、突然立ち止まり、キョロキョロし出していった。

「コタ?コタ?どこ?」

 狼牙は狐太郎が側にいない事に、ようやく気づいたようで、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。

「コタァ!コタァ!うわぁん!」
「これこれ、泣くでない狼牙。よし、これをやろう」

 さわらび童子はオーバーオールのポケットから布袋を取り出した。布袋の中には、イモ飴が入っている。さわらび童子は狼牙の口の中にイモ飴を入れてやった。

「甘い!」

 どうやら狼牙は機嫌をなおしてくれてようだ。イモ飴は、さわらび童子の手作りだ。さつまいもを裏ごしして、はちみつを混ぜて固めて、片栗粉をまぶした昔ながらのお菓子だ。最近の子供は贅沢になってしまい、イモ飴ごときでは喜ばなくなってしまったが、幸いな事に狼牙はイモ飴が好きらしい。

 狼牙はもっともっととさわらび童子にせがむ。さわらび童子は狼牙の口にイモ飴を入れながら考えた。早くウィングタワーの子供たちのところに戻らなければ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

処理中です...