【完結】初恋の人の弟。

とりひな

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谷上雅弥の消失(裏)

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 梨子が兄貴に告白しているのを聞いてしまってからの俺の行動は早かった。大学は同じなのでどうすることもできないが、会わないようにするには容易い。バイトを増やし、それ以外の日は大学付近に住む友人宅に入り浸る。友人宅で間借りしつつ、一人暮らしのための物件を探した。たまに実家には帰っているが必要なものを取りに帰るだけだ。会う努力をしないだけでこれだけ梨子に会わなくなる。それでもニアミスしそうになることはある。つい癖で大学内の梨子の行きそうな場所に足が向いてしまった時だ。無意識の習慣というものは怖いものだ。そこにちょうど梨子が来たりするものだから俺は慌てて踵を返すなんてことが幾度かあったので、俺は梨子が通りそうな場所を徹底的に避けるようになった。その甲斐あって鉢合わせすることは一切なくなった。

「お前幼馴染ちゃんと喧嘩でもしてんの?」

 煙草をふかしながらそう問いかけてくるのは三島ひろし、居候させてくれている友人だ。

「なんで」
「最近お前らの仲良く小競り合いしてるとこ見てないから寂しいなと思って」
「喧嘩じゃない。俺もアイツもタイミング合わないだけだって」

 半分嘘である。タイミングはわざとずらしている。

「ふーん?」

 廣はニヤニヤ笑っている。おそらくなんとなくは気付いているのだろう。

「大体いつまでも幼馴染だからって一緒にいるのもおかしいだろ、子供じゃあるまいし」
「今更ぁ?」

 ツッコミはごもっともである。だが俺はスルーを決め込んだ。

「幼馴染ちゃん構わないなら合コンするか?お前狙いの子結構いるから喜ぶぞ、ありさとかユキとか」
「小川と関口ねぇ」

 小川ありさと関口ユキは同じ学部で廣や俺と遊びに出かけるメンバーでもある。二人にはよく名前で呼べとか言われているが遊びつつも距離を取ってきた。小川は甘めの口調でボディタッチが多く男子ウケがよさそうなゆるふわ女子で、関口はサバサバしていて男前なところがある女子ウケのいいさっぱりしたカッコイイ系ベリーショート女子だ。小川には飲みの時によくしな垂れかかられたりするので気があるのかとは思ったが、関口はどうだろうか。話しやすくて喋っていると結構楽しいのでよく話はするがそれだけだ。

「恋愛とかしばらくいらない」

 これが本音だ。俺が溜息混じりに言えば廣はやっぱり梨子と何かあったかと詮索してきたので唇をつまんでやった。ほとんど居候させてもらって感謝はしているが、それとこれとは話が別だ。こいつにならいつか気持ちの整理がつけば話してもいいかとは思っているけれども。
 梨子を避け始めて半月が過ぎた。バイトを終えて大学から徒歩圏内にある勇気の家へ向かっていると、先日まで工事をしていた建物が覆いを外されていた。以前は『竹井荘』という古びたアパートが建っていたが、すっかり建物が綺麗に生まれ変わっていた。今回もまたアパートのようで『メゾン・ド・モマン』とある。どうして急に外国風の名前になったんだ。建物の壁面には『空室あり。新規入居者募集』という看板がかかっていた。詳細は隣家の竹井さんに訊けばいいらしい。立地的に言えば大学もバイト先にも近くて便利、あとは金銭面の問題だ。ひとまず住宅情報を検索してみたが引っ掛からなかったのでやはり直接聴かないと詳細はわからないようだ。
 ひとまず話だけでもと思い隣家の呼び鈴を押すと、老婦人が出てくる。家賃など契約について話を聞きたいと言うと、どうぞお茶でもと俺を家に上げてくれた。居間に入ると家主がにこやかに出迎えてくれて、茶菓子とお茶をいただきつつ家賃などの条件面の話を聞く。
 このアパートは今時珍しく管理会社を通さない大家さんスタイルらしい。ネット検索しても引っかからないはずだ。老夫婦は質素に生活しているようだがどこかの会社のお偉いさんだったそうで、アパート管理は趣味でやっているのだとか。DIYやら若者の世話をするのが楽しいと言う。そんなわけで特に儲ける気持ちもなく、家賃設定はお安めとのこと。俺にとっては非常にありがたい。俺は新居をこのアパートに決めた。
 賃貸契約に必要な書類を集め、親には自立の為だなどともっともらしい理由で以って説得する。見事親の承諾を得た俺は実家を巣立つこととなった。あの日から一ヶ月後のことだった。
 一人で生活するということはなかなかに面倒事が多い。一人暮らしをしてみて改めて親のありがたみが分かった。日頃家事をこなしてくれている母さんには感謝しかない。今度実家に帰ったらせめて風呂掃除くらいはしよう。
 一人暮らしをすることは梨子には言わなかった。家族にはバラさないように『俺から話すから』と言って口止めをしておいたので、しばらくは梨子に知られることはないだろう。

 まあ別に俺がいなくても?アイツはあの後愛しの兄貴と思いを遂げただろうし?どうでもいいんだろうけどな!!!

 兄貴は元々女遊びをするタイプだったけれど俺がずっと梨子を好きだったことを知っているし、梨子は以前までは守備範囲外だったので手を出されることはなかった。でも今梨子は成年だし、何より兄貴が会っていた頃よりもずっと女らしさが増している。おそらく兄貴の守備範囲内に入ってしまった。兄貴が梨子を久々に見て発した言葉がそれを物語っている。だから婚約者がいたところで手を出しかねない。梨子は梨子で思い出に抱いて欲しいとか言ってたからおそらく……。
 口から重い溜息が漏れる。嫉妬の炎で胸の内が焦げつきそうだ。兄貴がクズでも梨子が兄貴がいいというのだから仕方がない。でも目の前でその光景が繰り広げられるのは勘弁してほしい。だから逃げ出した。
 俺はベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。するとスマホが短い音を鳴らした。身を起こしてもそもそと鞄を漁りスマホを取り出す。廣からのメッセージだ。

『ありさが俺の好きな子と合コンできるようにしてくれるらしいんだけどさ、お前の参加が必須条件なんだよ~!頼む!チャンスなんだ!参加してくれ~な?な???参加してくれるだけでいいから!お願い!!』

「……」

 つい先日断ったのに。思わず眉根に皺が寄る。既読スルーを決めて画面を落とすと、ポコンポコンポコンポコンと連続で着信音が鳴った。非常にうるさい。仕方なくメッセージを確認すれば、泣き顔と土下座のスタンプが延々と入っていた。そして画面確認中にもひたすら送られてくる。俺が受諾するまで送り続ける気なのだろう、恐怖でしかない。受けた恩もあることだし協力するしかないかと思いつつ嘆息する。

『わかったよ。参加するだけだからな』
 
 渋々了承の旨を打ち込むことで友からのスタンプ攻撃はようやく終わりを告げたのだった。
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